ハコニワのノア-乙女ゲーの世界に転生したけどなんだか様子が変です-

らいのあです


07:可能性も一歩から


死ぬことはここで償うことにならない。
だったら私にできることはなんだろうか。確実な手段がほしい。
私を消して、ゲームのように「最初から」やり直せればいいのに。
そうすれば世界が望む本当の「望愛」を返してあげられるから。
私は、私という存在は。不良品。

「早く消えちゃえばいいのに」

ベッドで無気力に転び、電球の消えた天井にぽつりと呟いた。

―――望愛、――望愛よ』
「誰……?」

來人君の声ではないことだけは確かだ。
ヘッドホンを装着しているかのように頭に鮮明に響く。
しかし、声の特徴は幻のようにつかめない。男っぽいとか女っぽいとか、そういうものでもなくて。
言葉として聞こえて声だとわかっているのに、その声の特徴を伝えることが困難だった。

『望愛。貴方に一つだけ力を与えます』
「もしかして……神様、ですか?力とは、どんなものでしょうか」
――先程望んだとおり。「はじめからこの世界の物語を始められる」こと。この世界に於いてのみ使えるたった一つの時間をも操作できる強い力です。使えば、世界も人も皆白紙へ戻ります。今ならこの力が正常に作動することでしょう。私がすることもできますが、貴方には是非と使用を委ねます』
「どうして?私に任せなくても、すぐにやってもらっていいんですよ」
『いいえ。今の貴方は自分を事件の中心に置き性急な結論を出したまでです。貴方が戻ったおかげで、この世界の崩落はある程度治まっています。來人が何故、貴方からその不要なはずの記憶を除かなかったか。この世界がどんな世界なのか。見て、聞いて、考えてみても良いのではないでしょうか。』
「神様なら白紙に戻してほしいんじゃないですか……?あなたこそ、私を許さないべきでしょう?」
――何故、私が貴方を許さない「べき」なのでしょうか』
「だって私の所為ですし……
『今一度、考えるのです。望愛。來人が残した「貴方」という人物を私は見ています。可能性は幾重にも重なっています。貴方が掴むべき糸を自身で見つけ、掴んでみるのです。その力は取っておきなさい。決断は今、急くものではないのですから―――……
…………。あれ?神様?神様……!」

この世界の神であろう声はすぅっと空気に溶け、消えてしまった。
私には世界を白紙にする力がある……今すぐにでも使ってしまいたいけど。

「今の私に、どんな可能性があるっていうんだろう」

淀んだ空を見て晴れない心の側に手を当てた。
するとお腹の方からぐうぅ……と空腹のアラームが鳴った。

「そういえば……昨日結局食べなかったな」

倒れたり緊張ばかりしていて、バスケットの中のごはんを食べ損ねてしまった。
常温で放置してたならものによっては食べれなくなっているんじゃないだろうか……
折りたためるローテーブルの上に置かれたままのバスケットの蓋を開いた。

「へ!?つ、つめたっ!冷蔵庫の中みたいな冷気が……!?」

魔法だとしか言えない。中には氷もなにも詰められたわけでもないのに、ひんやりと保存された食パンの耳はそのままの半分こされたサンドイッチがいくつか入っていた。
具材はどれも野菜で構成されている。

「そういえばご飯とか皆ここの人達はどうしてるんだろ……?気になるけど、來人君とは気まずくなってしまったし……

先程の彼を思い出して、胸が痛む。自分から突き放したというのに。
…………。私は彼に殺された。そんな事実にまだ現実味はない。
驚きや怖くはあるが、それに対して謝罪を求めたいだとか怒りたいとかなかった。
彼の手で私は死んじゃったのか、ってそのくらい。
痛みを覚えてる。恐怖を覚えてる。でも、憎しみはしない。
私はらいぬと一緒にいたかったしもっと同志達と話したりしたかったけど。
あまり、未練がなかった。
オタ活が気を紛らわせていただけで心の底ではどうにか死にたかったからかもしれない。
私が望愛の魂を持つ人でなければそのまま深く眠れただろう。それは少し、残念だ。
サンドイッチを一口食べる。レタスにトマトにチーズ。シンプルだけどやっぱり美味しいな。
これ、やっぱりというか絶対そうなんだけど。來人君の手作りだよね……

「おにぎりでも神々しいであろうに、サンドイッチなんてわざわざ切っていただいたりして……う、うわあ!來人君にこれ以上お世話になりたくない!私は私で生活できねば……!で、でも、食材とかどうすればいいのかわからないからやっぱり今たった一人話せる相手なのは來人君しかいなくて……うう、よ、よし!起きたら自分で世界を探検しよう……!」

そう決心して彼へ予告した通り3時間くらい眠る。
・・・・・
3時間後。

「よーし!夜になるまで探検、いくぞーっ!」

少しぼさぼさの髪のまま私は服を着替えて寮の外に飛び出した。
わあ、この服デートの時主人公が着てた服のひとつだ…………うう。

「学校の近くをぐるっと周ろう!もしかしたら何かあるかも…………!」

地図も持たぬ、不安な状態でゆっくり歩き回ろうとすると。

………そんな格好してどこへ行くんだお前」
「ひっ……!」

すぐ背後にいつの間にやら來人君が腕組みして立っていた。

「さ、散歩です……あ、あとサンドイッチ美味しかったです。後でバスケット返します……
「食べてくれたのか?」
「い、いただいておいて食べない訳にはいきません」
「ほんとはもっとしっかり作って食べさせてあげたかったんだけど、差し入れとなるとあれくらいがいいかと思って」
「あ、その。ごはんの材料ってどこにあるんですか……自分で、作りたくて」
「自分で……?」
「はい」
「自分で作っちゃうなら教えない」
「ど、どうしてですか!?自立!自立ですよ!寄生ではなく!」
「だって、俺が作ってあげたいから」
「グァ…………

少し照れた顔の破壊力がすごく、目に強烈な一撃をくらった。
今ので目がとろけてしまったかもしれぬ。何も見えない。
いや、目を瞑ってるだけだった。

「來人君の料理が私の胃に入るの、勿体なさすぎます!!」
「望愛の為に作るから俺は本望なんだけどな」
「料理はあちらに居た時から自分の分は自分でやってたのでできますのでどうか~……
……あ。じゃあ一緒に食べる時だけ用意してやる。俺が望愛のつくったやつ食べたいから」
「罪が重なるーーっ!」

だめだ。転生したばかりでルーキーすぎる私に対して彼はあまりにも有利。
見えないリードをつけられているような錯覚すらする。私は今、推しに飼われている。
負け犬には、遠吠えしかコマンドはない。

「散歩するならついて行こう。何かあったら困るしな」
(散歩なんて言い訳した所為で余計に、余計に……っ!)
「と言っても、面白い景色なんてないぞ。寂しいばかりで」
……色々、ここのこと知らなきゃなって思ったんです」

神様にも言われたから。

「決断は急ぐものじゃないんだって。少し、仕方ないので。歩いてみようと」
「そっか。じゃあ――俺と一緒に歩こう」

來人君は少し迷ったような顔をして、控えめに手を差し出す。

……手、取ってくれると嬉しいな」
「いや、ですって言ったら」
「無理やり手を繋いだりはしない」
「そうです、か」

恐る恐る震える手を伸ばした。
彼は突然掴む、ようなことはしなかった。
私に最後まで委ねてくれていた。
妙に汗ばんだ手の心地が気持ち悪くないかと心配でたまらない。

「いいんだな」
……どうせ頼れるの來人君しかいませんから」
「うん。ずっとそうだともっと嬉しいよ」

心底嬉しそうに笑う彼に、知っている彼の形が重なる。
変わらないものがあった。
だからか、胸が小さくどきっとした。
顔を向けてられなくなって明後日の方向に顔を背けた。

「このまま歩こうか。どこまでも。」
「そ、れは!た、たえられましぇん……っ!」
「はは。いつかは耐えられるようになってね」
「むりですぅぅ……!」

どちらかが手を離せば、すっと離れてしまうような加減のまま少しだけ歩いた。