ハコニワのノア-乙女ゲーの世界に転生したけどなんだか様子が変です-

らいのあです


05:私の悪夢を食べて


小さい頃から眠ると、必ずと言って悪い夢を見ていた。

みんなが私を責め立てる夢。
これは私が昔に見た夢だ。

「お前はいない子」
「邪魔だからどっか行って」
「どうして生まれてきてしまったの?」

無力な私に縋る宛など与えられておらず、止まらない罵声から涙をこぼしながら逃げ続けていた。
何故私はこれほどまでに世界から拒まれなければいけないのか?
どんな悪いことしたのか、どれが悪いことだったのか。
わからない。だから、恐ろしくて堪らない。
走って走って、息が切れて。最後には耳を塞いで蹲る。
なにも見えない、聞こえない。こうすれば――これだけが逃避する方法。

「ねえ、きみ。どうしたの?」

ふわりと涼しい風が私の長い髪を撫でた。明るい世界を予感させる、優しい風。
けれど声の方へ顔をあげても周りは真っ暗だった。

「誰?どこにいるの?」
「目の前にいるよ。でも、ぼくにはきみがまっくろで見えないよ」

どうやら私は黒い繭の中にいるようだ、と夢の中とはなんとも不思議なものでふっと湧いた想像に対して簡単に理解を示してしまう。
繭の外の優しい少年の声は私に変わらず語り掛けた。

……泣いてたの?」
「わたし泣いてないよ。だから気にしないで」
「そんな悲しそうな声をしているのに?」

上ずった声で強がる私を彼は訝しむ。
優しくされることに慣れない私は、気にかけられることすら躊躇うようになっていた。

……こわい夢の中にいるの。でも、どこに行ってもずっとこわいのが追いかけてくるから」
「そうなんだ」
「いっしょにいると、こわいのが来ちゃうよ。あなたもわたしなんかほっといてどっか行った方がいい」
「うーん……

私が突き放そうと言葉を連ねると困った様子は見せるが彼は一歩も動こうとしない。
誰かもわからないけれど私なんかと一緒にいてはいけない。
どこにいても、皆「うちの親が言ってた。■■とは遊んじゃいけないんだって。」と不吉そうに扱い誰も仲間には入れてくれない。恐らく私の母が他の親にそう言いふらすことで引き離したのだろう。
私は確かに母から生まれた子供のはずなのに。それなのに私を娘だと信じてくれないのか。
早く、早く消えてしまいたい。いらないなら消えてしまえばいい。それだけだから。

「ぼくも一緒にいる!」
「え……?」
「こわいのが来たらふたりでやっつけちゃえばいいんだ!」
「そんなの、できっこないよ……
「ぼくを信じて!ひとりじゃどうしようもないことも、ふたりでやればきっとできるようになるから」

私の手を握る。少年の手から光を感じた。
溢れるような強い光が。

「信じていいの?」
「うん!」

……ありがとう」

目が覚めるまで、温かい光が寄り添ってくれていた。
きっと夢の中の創造物だけれど。
その夢のことは今もずっと覚えている。
でも、どうして急に思い出したんだろう?

「う……

「望愛!」
「あ……え、ら、來人君だ……夢じゃなかったようです……
「当たり前だろ」

目が覚めると、意識を失う前に見た景色のままだった。そのことに起きて早々がっくりしてしまう。
続いて襲ってきた衝撃は、來人君が私の手をまだしっかりと握っていること。

「ひえ!?手!手ーーっ!」
「ん?ああ」

驚きのあまりぶんぶん手を振ってしまったが全く動じる様子はない。

「具合はどうだ?」
「は、はい!一回寝たらすっかり元気ですっけど!」
「熱が下がったか確認していいか」
「お、おおおおお、おでこぴたとかは駄目です駄目ですっ!体温計とかないんですか!?」
「ない」
「で、では確実にありそうな保健室へ行きましょう!」
「元気なのはわかったけど落ち着いてほしいな……
「は、はいすみません……

寝起きに構わず暴れる私を制止する。

「も、もしかして倒れてる間ずっと看ててくれたんですか……?そうでしたらご迷惑おかけしました……
「俺が勝手にいただけだから気にするな。熱のこともあるが、寝てる間ずっと悪夢を見てるようだったから心配だったし……
……夢はいつものことなので」
「いつも見てるのか?あんな苦しそうに……
「で、でも!最近まで減ってた方なんですよ!……今日は多分、あの子がいないから」
「あの子って?」
「私の大事なぬいちゃんです……
「ぬい……??」
「はい!ぬいちゃん!私が真心こめて手縫いで作ったちいさなぬいぐるみなんですけど、私が死んじゃったから……
……ひょっとして近くに落ちてたあの鞄かな」
「え?」
「いや。なんでもない。ぬいぐるみか。それがあればいいなら適当に持って来れるが」
「だ、だめです!愛情を込めたぬいぐるみじゃないと悪夢は食べてもらえないんです!そういうおまじないなので……
……おまじない――な。しかし、別の世界にあるなら持ってこれないだろう?」
「はい。新しく作るしかないですね。できればあまりしたくないですが……作り直したって別の子ですから」
…………。」

らいぬには沢山愛情を注いでいた。作る時も、作った後もずっと。
ネットにくらいしか友達がいなかった私にとって、らいぬは現実での心の支え。
元はと言えば目の前のこの人がモデルではあるのだが一緒にいる内にらいぬは子供のような、友達のような。別の存在に変わっていった。
物言わぬ人形で、そんな人形でごっこ遊びしてる痛い女なのだ思われたとしても。
私にはらいぬのいない生活が考えられない程一部だった。
残して行ったことが悔いで仕方ない。

「少し、用事を思い出した。お前は部屋で暫くゆっくりしていてくれ。勝手に部屋の外に出ていったりしないでくれよ。まだお前も世界も不安定なんだからな」
「え、ええ。わかりました。」
「夜が明ける頃には戻ってくる。寂しい思いをさせてしまうが一時的だから……
「大丈夫です。慣れてますから」

來人君は私の返答に一層悲し気な表情で返す。離れるのが惜しい、と言いたげに。

「私、ちゃんと來人君のこと待ってますよ。ここで。だから、そんな悲しい顔しないで行ってきてください。帰ってきたら今度はちゃんとお話し、しましょう」
「うん。じゃあ……行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」

玄関まで彼を見送る。
すると、外に出た彼は「何か」を操作すると目の前に現れた青い輪郭の黒い穴の中へと消えていった。
彼が入っていくのを確認したかのように穴も閉じられる。

「わ、わあ……?ほんとに私と一緒にいる來人君って何者……?」

「アイヲハコブ」は能力もののファンタジー作品などという訳ではないのに。
世界が壊れた所為で世界観も壊れてしまった可能性があるな……