ハコニワのノア-乙女ゲーの世界に転生したけどなんだか様子が変です-

らいのあです


09:優しくない人


私は來人君に連れられて、そのまま被服室までやってきた。
鍵はされてないのか、ガラッとスライド式の扉が開かれた。

……
「どうしたんですか?」

來人君は私には壁のようにぴたりと立ち止まっている。

――あ?お坊ちゃんじゃねえか。俺の部屋に何の用だよ」

來人君以外の男の声が、中から聞こえてきた。
いや、私は聞いたことがある。

「ここはお前の所属する部活ではあるが部屋じゃないだろう」
「うるせえな。代理の部長様として俺が使ってやってんだよ。」

かなり口調の荒い男だ。会話の雰囲気から、あんまり仲は良くなさそうである。
來人君確か他の子達から距離を置かれているって言ってたけど……

……っつか、なんでそこから一歩も動かねえんだ?用があるなら勝手に入りゃいいだろ」

ちらっと私の方を見ると、小声で話しかけてくれる。

「後で持っていくから望愛は別のところで待ってて」
「へ。な、なにか私が会うと不都合があります……?」
……望愛に他の人と喋ってほしくない」
「わ、私の推しは來人君だけですって!推し変しませんからっ!」
「そういうことじゃなくて」
「こそこそ喋ってんじゃねえってのっ」

來人君が私の方によそ見してる内に、先程までの話し相手がこちらへと近づいてきていたようで來人君へと喋りながら蹴りかパンチか、一発入れられたようだ。私も巻き込まれて一緒に雪崩のように倒れる。

「いてて………はっ!?ヒギッィイイイィイ!?」

事故で押し倒すような構図になっていることにすぐさまカプ萌えオタクレーダーを介して気づいてしまい私は関節でもへし折られたのかという悲鳴をあげてしまう。推しカプがやったら超萌えるやつが私に!?無理無理無理無理!

「の、望愛。ごめん。どこか怪我とかしてないか……?」

そして至近距離の推しの顔が良すぎる。半分別人になったとか何とか言ってもやはりイケメンである事実は不変なんですよね。元の幼さのあるイメージとは確かに違うけれど。いやオッドアイきれ~機械的な赤と、自然的な青。アシンメトリーなのがまた良いな。ちょっと申し訳なさそうに垂れた眉も可愛い。くそ~~やはり推しはかわいい。私は彼のことが推しとして、滅茶苦茶好きで仕方ない。

――それ。例の女かよ?」

私が來人君の美貌に釘付けになっているとさらに横から例の彼が姿を見せた。
紫色の髪型に如何にも乱暴そうな顔つき。首にはチョーカーをつけおり、ジャージの上から制服を羽織っている。やはり。彼は――百衣零紫だったか。私の知る姿のまま。
『アイヲハコブ』のヤンキーキャラといえば彼だ。
ただまあ彼は典型的な『帰り道で偶然見つけた雨に濡れた猫に、自分の傘をかけて去っていく』タイプなんだけど。ちなみに同志が主催した人気ランキングでは確か彼が1位だった。私は全然ヤンキーキャラはタイプじゃなかったので当時は「私の推しは私の中でナンバーワンなんでいいんですけどね!!!!!!!」とか画面越しに言っていました。

「望愛に近づくな」
「今更誰も手出したいなんて思わねえだろ。こいつの所為で世界ボロボロなんだから」
「あれは事故だ。この子は何も悪くない」
「わりいけど、感情はそういう可哀想だとか理由で整理できるもんじゃねえんだよ。お坊ちゃんだってそいつに対してずっとそうだろ?会ってもねえくせにずーっと望愛、望愛ってきもちのわりぃ……
……本人の前でする話じゃないだろ」
「ふん。で?うちに何しにきたんだよ」
「あ、じ、実はわた、私……ぬいぐるみを作る材料を探しに……

高圧的な人を実際目の前にすると喉がきゅっと閉まるような、恐怖で上手に声が出せなくなった。
誰かに私を否定されることがトラウマになってしまっているのか零紫君が怖くて仕方なかった。
でも、來人君のようにどこまでも私に甘い人以外がいることにどこか少し安心している自分もいた。
それは私がそちらの方が当たり前だと身に浸透させられてしまっているからだろう。

「ぬいぐるみなんて作ってどうすんだよ」
「わ、私その……ぬいぐるみがないと寝る時必ず悪夢を見てしまうので、その為にも必要で……
「はあ。そう」
「あ、あの。目障りでしょうし、やっぱり、い、いいです、寮に戻ります……そ、存在しててすみません……すみません……
「望愛……。別の部屋で少し落ち着こう」

來人君は私が零紫君に対して怯え切っているのを見ると、私を支えるように立たせ別室への移動を優しく促してくれた。

「俺が悪者かよ」
「いくらお前にとってこの子が好かない相手なんだとしても怯えてる相手にその態度は良くないだろう」
「態度って、俺は常にこれなんだけど」
「これ以上の会話は不要だ。俺達はもう行く」
「ちっ別にテメエらなんかと喋りたくねえよ」

私達が動こうとする前に、彼の方からその場を去って行ってしまった。

……行ってしまいました」
「まさかいるとは思わなかったな」
「零紫君が手芸部の部員なのは知ってましたけど……

ゲームでも零紫君のルートでは一緒に手芸部で活動したりするシーンもあった。
彼は態度は不器用だが、手先は器用な人物だった。
零紫君は同級生だ。そして今会った3人とも同じクラス。
作中でそれなりに絡むことは会ったけれど、來人君と零紫君は元々仲は良くなかったようだ。
先程「お坊ちゃん」と呼んでいたのも彼のことを馬鹿にしてのことだ。
零紫君が去った室内に入ってみると、隅の机に作りかけのものと何点かの完成品が置きっぱなしになっていた。

「あ!ねこの編みぐるみだ!かわいい……!」

完成品の方は手のひらサイズの2頭身の猫の編みぐるみだった。
作りかけのものはというと何か布に春を感じる花柄の刺繍をしている最中のようだ。

「って見てる場合じゃない。生地と道具!」
「これ、望愛の分の裁縫セット渡しておくよ」
「え!?私のですか……!?」
「あるよ。授業で使うからみんな持ってる」
「そ、そっか。」
「後は生地か。確かあっちに収納してる棚が……

來人君はそう言いながら部屋の奥側にある、赤い布カバーで隠れていた白いケース棚を見つけ出す。

「あ、これかな」
「零紫君が現状はその部長さんなんですよね?怒られる気がしてならないのですが……
「望愛にとっては大切なものを作らないといけないんだろう。なら大丈夫。百衣もそういう事情があるなら不用意に怒ったりしないよ」
「そ、そうでしょうか」

実際会って怖気づいてしまったのとさっきの口ぶりでは明らかに自分は嫌われている。
なのに許してくれるだろうか。あまり自信がない……

「怒られたら俺が誘導したんだって言えばいい。事実だろう」
「來人君を盾にするなんて私にはできませんよ!」
……望愛は優しいな。でも俺はお前に遠慮なく頼ってほしい」
「と、ともかく今回は私のおねだりの所為ですから!そそのかしたのは私です……!」
「いつもいつもが望愛の所為だなんてことないのに」

ケースから必要な色のものを拝借する。
これでらいぬを新たに作り直せる。ああ、らいぬも転生できたらよかったのに……

「ぬいぐるみって簡単に作れるの?」
「簡単、だとは人に寄っては言えないかもしれません。私がいた世界なら初心者向けにすぐ作れるキットとかあったんですけど。こちらにはありませんし、顔とか自分で縫って作らないと……
「そうなんだ。ところで……作るのってどっちの俺?」
「どっちとは…………あ、ああっ……!」

來人君は今2verあるんだった……。アイヲハコブverと今目の前にいるご本人ver!
確かにどちらを作れば……2体作るべき?いやしかし、アイヲハコブverしか想定してなかった。
あんまり布を消費するのも零紫君に申し訳ないし……

「と、とりあえず今回は予定通りに作ろうかな……
「そうだ。望愛が望んでくれるなら俺が毎日一緒に寝てあげるよ」
「結構です!」
「そんな……

推しに添い寝してもらうシチュエーションはNGである。
オタクなりに勿論、アイヲハコブ以外にだって好きなキャラクターは色々いましたとも。
でも!好きなキャラと同じ声のシチュエーションCDですら聞きやしなかったよ!耐えられないよ私!
それなのに來人君とかいうご本人に添い寝とか翌日までには昇天してる自信しかない。

「私が死んでいいなら添い寝OKですよ」
「死なないでほしい」
「じゃあダメです」

來人君は私に頼られないばかりか、添い寝も拒否されたからかしょんぼりしている。
しょんぼりしている來人君も可愛いな。今すぐスクリーンショット機能がほしい。
くそう。これがVRだったら…………。モブとしてカメラマンになりたかったな。
目的のものを手に入れたので私は自室で集中しないといけないからと、自室に戻ってきた。
來人君はというと日課である能力での異常がないかの探知をしに私を見送ると行ってしまった。
去り際に「仕事終わらせたら部屋に行っていい?」と甘えられたが、ご飯の時間になったら良いと返した。すまない來人君。私はぬいに誠心誠意入魂しないといけないのだ。
部屋に戻ってきて早速新品の裁縫セットを開いて針や待ち針と一式揃っているのを確認する。

「被服室の方がミシンとかあって手縫いより少し楽できたかなあ……?手縫いしかやったことはないけど」

手縫いの方が気持ちが一針ごとに籠るだろうからいいか。
作る前に完成形の設計とか下書きをしないと。
私は机に向かって新品のノートを開くとスケッチをはじめた。
――しかし、私。來人君以外の人達と上手くやっていけるんだろうか……
やっぱり予想通り零紫君のように私を快く思っていない人の方が多そうだ。
「今更戻ってきて、だから何?」と言われたら私からは何も言えない。
できることは、ただ謝ることだけ。謝って謝って……。例の力を使えば罪を償えるかもしれないけれど。

「はあ……。考えないといけないこと、まだまだこれから増えそう~……

魂の儀式(ただのぬい作成)をしていると時間は刻々と過ぎていった。