ハコニワのノア-乙女ゲーの世界に転生したけどなんだか様子が変です-

らいのあです


06:罪と罰


時空を超えてやってきたここは望愛の元いた世界。
眩しい太陽が世界中を照らしている。自分が住む場所は毎日曇ってばかりなのに。

……やるべきことをやろう」

「ぬいちゃん」というのは望愛の魂をこちらからあちらへ帰す時、彼女の近くに落ちていたあのポーチだろう。中に確かにぬいぐるみが入っていたような気がするから。
―――彼女が真相を知ったら俺のことを嫌いになってしまうだろうな。
『この世界の望愛を殺したのが俺だということ』を。
最愛の「ぬいちゃん」から引き離してしまったのは、俺の責任だ。
けれどこちらとしても時間は待ってはくれない。彼女を連れ帰るには、魂を抜き出す必要があったのだ。
俺の住む世界に必要な最後のピースは『彼女の魂』。
形だけ生み出された抜け殻の体を完成させるには必要だった。
彼女を殺すことに躊躇いが無かった訳じゃない。
俺という異常な存在がやってきたことを知らせる奇妙にも晴天を無視する雨が降る中――アスファルトに出来上がった彼女の赤い血の海を永遠に忘れることはないだろう。
原因となった車は、俺が意図的に操り動かしたのだ。中に人などはいない。犠牲になったのはその適当に目をつけた車と彼女だけ。魂が浮かびあがったところを拾い上げて連れ去ってやった。
今、冷静に思い出せば洗えど洗えど拭わぬ血のような罪の意識や彼女をついに手に入れたというたまらない快感で混沌と、頭の中を乱していた。小さく弱った魂を手にこれからのことばかり考えて。
まだ雨は降らない。けれど、時期にまたあの奇妙な雨は降るだろう。
だって、俺がやってきたのだから。アノマリーはどこにも歓迎されない。そういうものだ。
真っ黒で大きなフードを深く被ると人の中に紛れ込んでみせた。

(彼女のぬいぐるみはどこにあるだろう……?望愛の家に戻っているといいけど)

遺品として、家族の元に置いてあるかもしれない。
最近になってやっと別の世界へ時空移動の穴を開いて移動する方法を会得したばかりではじめて移動したのも例の事件の前日に試しでやってみた時だ。これでやっと3回目になるのだろうか。
だから彼女がこちらの世界でどうしていたのかはあまり詳しくない。
画面越しの彼女はいつもこちらを楽しそうに見つめていた。

「あのニュース知ってる?例の呪われたゲームの話――
「あれ、人が死んだんだってね」

すれ違った人の誰かが交わした話になんとなく引っかかった。
少し立ち止まって遠のく声に聞き耳を立てる。

「『アイヲハコブ』じゃなくて『シヲハコブ』だった訳ね」
「死亡した方も変だよねー。ファンだったって言うけど、あんなバグだらけでまともに進行できないってクソゲーのどこに魅力なんか――……

こちらでそんな風に言われているのか。
所詮はゲームの形をした世界を繋げる通信機じみたものだ。
役目を終えあのゲームはもう遊べなくなっているはずだ。
話の中の熱心なファンが死んだ、というのはやはり彼女を指しているのだろう。
そこに出てくる登場人物が彼女を殺して魂を取り込んだのだから確かに「呪いのゲーム」か。
『アイヲハコブ』はこの世界に呪いとして杭が打ちつけられてしまったようだ。
その根源は、勿論俺にある。

(…………)

ともかく。望愛の家を目指し歩く。彼女の家は住宅街にある2階建ての家だ。

(まず、ここにあるかどうかが重要だ……さて。)

ウィンドウを召喚すると自身が使える能力の一覧を表示する。
世界が違えば自分にできることは限られるようで先ほど使った空間の移動に加えて少ないことしかできない。その中から、透明になる力を使った。
アノマリー自体がゲームでいえば「バグ」に近い存在だからか透明になったりだの壁を通過したりだの皆当然のようにしている。下手な奴に渡ってはいけない力だと思う。今更だが。
透明になった俺は彼女が元暮らしていた家の中を息を潜めながら見回る。
彼女の部屋は二階だが……

―――ったく、めんどくさいわねぇ……死んでまで迷惑かけるなんて」
「全部ゴミ袋にいれて捨てちゃえばいいんじゃない?」
「あんなのに祟られたら溜まったもんじゃないでしょう」
「鳩子が私達のこと祟る訳ないじゃん、そんなことできないよあの子は」
「それもそうね。じゃあさっさと捨てちゃいましょ」

二人の女の声。母親と、姉だろうか。リビングで話しているようだ。

(鳩子――。望愛の前の名前だったな)
「ほんと、なんだったのかしらあの子」
「ねえ、お母さん。お母さんは鳩子の何が気に食わないの?ずっと気になってたんだけど」
……あの子を見てると不気味で仕方ないのよ。「そこ」にいるのが気持ち悪い。見てると気分が悪くなるから突き放してたの。お父さんもそうだったしあの子に関わる人皆が同じように嫌がってたわ。ほんと、なんなのかしらあの子」
「私も、確かに鳩子を見てると異様な違和感は感じてた。まさかみんなそうだったなんて」
「もういなくなったんだし気にする必要ないわよね。生まれた時から変だったのよあの子」

この世界では実の娘であろう、彼女に対して二人は愛情のひとつも感じられない会話をしている。

(まさか……これが望愛が俺とずっと距離を作りたがる原因、なんだろうか)

彼女がこちらでまともに愛情をも注がれないまま育ったというなら。非情に悲しい事実でしかない。
ただ偶然巻き込まれて、そして生まれる予定の場所を間違えてしまっただけで拒絶されながら生きていたのだろうか。
……これはアノマリーの話ではあるが異世界はそこにいるべきではない異物に対し、拒絶反応を示すことがある。例えば俺がこの世界になにかしら干渉すると天気雨が降るのもそうだ。異常な現象が発生する。
彼女がその魂の特性故にこの世界にとって「異物」となって歓迎されていなかったとすれば、彼女を取り巻く人間が「違和感」を抱くのも彼女がそこにいるのが異常だと、知るはずもないのに奇妙にも感じてしまっているからだろう。

――現場に落ちてたっていうあの子のカバンとかは全部処分してもらったけど……
……え」

不意に聞こえた話に戸惑った。
そうなると、目的のものはどこを探しても見つかるはずがない。
俺は――……彼女から命を奪ったうえに、彼女をこの世界で支えていたぬいぐるみも返してやれないのか。

(――このまま帰って、俺は彼女に素知らぬ顔を貫くべきだろうか?)
(己の罪をなかったのことのようにして?彼女が大切に、愛情を込めたものを失わせておいて?)
(住む世界の命運を笠に着て、打算的なエゴに偏っただけだったんじゃないだろうか)
(真実から彼女に嫌われてもそれは受け入れるべきことだ。彼女が俺に罰をくだすというなら、俺は甘んじて受けよう。どれだけの苦痛でも。)

(ごめんね、望愛。君の大事なものを返してあげられなくて)

俺は彼女の家から出ると、しとしとと晴れた空から降る冷たい雨が頬を涙のように伝った。
ゲートを開く為に自分の世界へと繋がる識別用の決められた特殊記号と数字を画面に打った。
これをひとつでも打ち間違えば別の世界へと至ってしまうこともある。
打ち終えるとともに、空間に穴が開いた。ここを潜ればもうすぐ彼女に会えるだろう。
俺は彼女のことを考えながらゲートを潜った。
真っ黒で不気味な中を歩いて行くとぱっと景色はいつもの寮の廊下に戻っていた。
もうとっくに明るくなっている。けれど、灰色の雲達が光を遮っている所為で依然どんよりとしている。
望愛の部屋のドアを叩くと、彼女がすぐに出てきてくれた。

「ひゃっ!お、おはようございます!おかえりなさい來人君!」

彼女は相変わらず目線を上手に合わせてくれない。
まず彼女に返す言葉は、ただいまではないだろう。

……望愛……ごめん」
「え?え?」
「望愛の大切にしてたもの、返してあげられなかった」
「私の……?え、えっと……ぬいちゃんならあっちの世界にあるんですし仕方ないですよ!」
「違う、違うんだ。望愛が死んでしまったのは俺の所為なんだ……お前のことばっかり考えてたのに、でも結局自分の理想しか頭になかった。お前の事情を知らなかった」
「な、なにをいって……?」
「俺はお前を意図的に殺して、こちらへ連れてきた」
「來人君が私を、殺した――……?」
「お前の魂をこちらへ連れてくることばかり考えていた。その所為でお前と大切なものが二度と会えないようになってしまった」
…………。すみません、突然すぎて理解できないのもあるのですが。信じ、がたい、です。來人君はそんなことする人じゃないって、思ってて、だから……その……

また困惑させてしまった。だけど今度は、俺への疑心暗鬼で震えている。
目の前の人に殺されてここにやってきた、ということに彼女は少し後ずさっている。

……どうしてそんな話を急にするのか、どうしたらいいのかも私、わかりません。來人君……さっきいない間になにかあったのなら、聞かせてください。いずれ知らなきゃいけなかったことだったなら、どうせ考えないといけませんから」
「望愛……わかった……。」

俺は自分の能力や時空移動の話、さっきまでのことまで説明した。
その間望愛は困った顔をしつつずっと真剣に聞いてくれていた。

――そう、ですか。私と家族のことも知ってしまったんですね。」
「ああ……
「私。ずっと消えたいと思って暮らしていました。そんな日常の中で、來人君は私に幸せな時間を与えてくれた存在です。バグだらけでプレイしづらいゲームと酷評されていても、その中にあなたという人物がいたから。純粋な性格や頑張ろうとして本当は不器用なところが好きになって望愛――私ではなく。ゲームの主人公とあなたが幸せになるのを見守るのが好きでした。雑草とか木として、次の人生は誰かの幸せな人生を見守るだけの生涯が良いなって思ってました。でも……何もかも見当違いな方向に進むばかりで私は、私がわからなくなってしまいました。元を辿れば――來人君が私を殺さなきゃいけなくなったのも私の所為じゃないですか。」
「それは……!」
「違いませんよね。私がここに最初からいれば、どんな誰にも迷惑をかける必要はありませんでした。私はずっと沢山沢山迷惑をかけてばかりです……
「望愛!違う!望愛が責められる必要はないんだ!」
「少し、気持ちに整理がつきました。殺されて然るべきだったんですよ。私の罪に、來人君が罰を与えてくれたんです。これからもっともっと贖罪を続けます。ここで生きて、成るならば。」
「俺が望愛から聞きたい言葉は……そんなものじゃない……俺のしたことに沢山怒ってくれたらいい。大事なものと離れ離れにされたことにも、理不尽だとか罵ったらいいのに」
「ぬいちゃんのことは、とても大切ですよ。でも。私にささやかな幸せすらも見合わないんです。それにね。ぬいちゃんは來人君の姿をしているものだったんです。改めてわかりました……

「やっぱり「私」じゃ、駄目です」

ボタンのかけ違いはこんなにも間違いを生んでしまった。
世界も、人も、ガラガラと崩れ落ちていく。
ただ今の俺には空っぽな瞳で寂しく微笑む彼女を抱きしめる権利など、ない。
嗚呼――それでも俺は彼女が、好きだ。そうしてやりたいと思ってしまう程に。

「俺は、お前じゃないと駄目だ」
……

人形に戻ってしまったかのような彼女がいる。

「望愛が望まなくてもお前といたい。そしてお前に沢山好きって言いたい」
「私にはその資格がありません」
「俺がお前を勝手に好きなだけだ、資格なんて関係ない。」
……私はひとつも、受け取れませんから」
「それでいい。いっそのこと鬱陶しいとか嫌いになってくれてもいい」
……すみませんが、暫く眠らせてください。疲れてしまったので」
「わかった。おやすみ、望愛」
……

望愛は静かにドアを閉めた。心の扉と同じように。
そっ、と二人を隔てるドアに手を当てる。

「「お前に面と向かって好かれたい」だなんて、こっちこそ資格なかったのに浮かれてばっかりだったな……