ハコニワのノア-乙女ゲーの世界に転生したけどなんだか様子が変です-

らいのあです


01:はじまり


死んじゃったんだろうか。
長い長い暗闇の中。誰かの手のひらの上にいたような気がする。
何も見えない、聞こえない。でも……その手のひらが暖かいと感じたのは何故だろう。

「う…………

やっと声が出せたとともに視界が明るくなっていった。
目覚めたのは、病院などではなく見知らぬ場所。そして私ただ一人の静かな空間。

「え……え??ここ、どこ?」

ゆっくりと体を起こした。体は重たく動かしづらい。
確か、事故に遭ったよね。体は?
自分の状態を確認すると、どこか見覚えのある真っ赤な制服を着ている。
普通の制服とは違って白いベルトと星型のボタンで留められていたりちょっと変だ。
それより、どこにも包帯はおろか怪我をしている様子がない。

「ど、どういうこと?私轢かれたはずだよね?」

近くの壁に憑りつけられた丁度いい姿見で顔を見てみることにした。

…………あれ?なんで、鏡に「主人公」が映ってるの?」

鏡を見ると、とっても可愛らしい白い髪の少女が動揺した顔で立っている。
私はこの少女を知っている。
―――私が好きだった作品『アイヲハコブ』という女性向け恋愛ゲームの主人公だ。

「これ、モニターとか?」

さらに近づいて見ると彼女も同じように近づくし、コンコンと軽くノックするフリも同様にする。

「嘘でしょ?そんなまさか?ありえない、ありえない……嘘だと言って……

全く同じように動き、表情を変える彼女に段々と嫌な確信を得た。

「私、『アイヲハコブ』の主人公になってるーーーっ!?」

産声のように私は部屋の中心で嘆き叫んだ。
ははは……まさか、「オタク」の私が二次元でよくあるセリフを叫ぶことになるとは……

「で、でも……前世の記憶あるし、自分の名前言えるんだよね……「姫宮望愛」……うん。これが私の名前……も、もしや異世界転生ってやつ??げ、現実ですか?本当にあるんですかあれって……?嘘嘘……『アイヲハコブ』の主人公なんて一番なりたくないんだけど!」

『アイヲハコブ』についてもう少し詳しく説明しよう!
先程言った通り、女性向けの恋愛ゲームだ。つまりこの可愛い女の子は恋をすることになる。
学園を舞台に、プレイヤーは特定の男の子を攻略してエンディングを迎えるのがクリアの目的だ。
主人公は自我の薄いぼんやりした恋も愛も良く知らない、そんな高校生の少女。
彼女は男の子達と出会い、少しずつ「愛」を知り、自分の望む「愛」とは何かを最後に見つけるのだ。
そして私は、彼女と男の子の「絡み」にニヤニヤするオタクサイドの者であった。
そう……私は、傍観者だったはずなのだ……

「いやだああああああああああああ私が恋愛したい訳じゃないし私が入っちゃった所為であの大人しくて可愛い主人公ちゃんが消えたんですが!?人格乗っ取り!?無理無理無理無理許せん!どうにかして私の魂を消してあの主人公ちゃんを戻してくれ!どうしたらいいんだ!?死ぬしかない……!いやでも死んだら主人公ちゃんの体が傷つく……ど、どうしよう……

頭を抱え涙を流して心の内を全部口にした。

「お願い神様~!私の魂をこの体から抜いて~~~~っ!!」

またしても私は嘆き叫んだ。
静まり返った部屋で、誰からも応答などなかった。

……いや0.00000000000001%の確率で『アイヲハコブ』じゃない可能性がある!確かここは主人公が住んでる女子寮だったな!主人公ちゃんは特殊な出自を持ってるから寮にいるんだよね……ちょっと外から私がゲームで見た奴と同じかどうか確認しよう!この部屋はほぼ一緒だけど……

ぐるぐる混乱しながら私は部屋を出た。
しかし、外は私の想像とは違う世界が広がっていた。

……へ?」

暗く錆びついた世界。まるで中と外で別の世界のようだ。
色を失いひび割れ汚れた壁や柱、空間には砂埃が舞っている。
これでは廃墟ではないか。
私は知ってるはずの風景とはあまりにも様変わりした様子に頭痛がし始めた。
先程からずっと混乱し続けているのにさらに情報が雪崩れ込んでくる。

「なにもかもどうなってるの!?誰か、誰か!説明してよ……ねえ!!」

私は逃げるように走った。
誰でもいい。神様でもいいから。
私がどうしてここにいるのか世界はどうしてこんなに錆びついているのか教えてほしい。
なんとなく死ぬ前も走ってたな、なんて思った。
外に出ても雨でも降りそうな暗雲が空を覆い人の形は見えないばかり。
段々孤独感すら私を責め始めた。不安でいっぱいだ。元々心は強い方ではないし。
寮から一直線に走っていくと、ゲームの舞台である学園があるはずだ。
――当然知っている姿で私を迎えてはくれなかったが。

「そんな……ゲームで見た、あの綺麗で華やかな場所は……?」

ここは、どこ?
『アイヲハコブ』の世界のようで、知っているものではない謎の世界。

「うう…………

ぽつんと濡れた地面、今度は雨じゃない。自分の涙だ。
私は、開きっぱなしであろう校門を抜けて舞台の中を歩いた。相変わらず人気はない。
校内の時計は全て綺麗に12時のまま止まっていて、正確な時刻を知ることはできなさそうだ。

…………誰か……誰か、いませんか?」

「土足厳禁」の看板も見えず、そのまま廊下を歩き回る。
ほんとに、私しかこの世界にいないの?俯いて涙をこぼしながらとぼとぼ歩く。
すると。

「えっ!わ、わっ!?」

曲がり角で、誰かの足が見えた。吃驚した私は後ろに倒れ、しりもちをつく。

「いたた……っ」
―――大丈夫か?」
「は、はい……?え?人……
……

この世界ではじめての人の声。男のものだった。
優しく手を伸ばす相手の方を見上げる。
ぶかぶかの黒いフードを被っており、涙で滲んでいる所為かよく顔が見えない。
私はせっかく差し出してくれた手で、起き上がろうとすると、相手の方がぐっと引っ張ってきた。

「やっと…………来たか――望愛。ずっと待ってたんだぞ」
「え、え、えっと」

フードの男の顔が眼前に迫る程近づけられた。赤と青のオッドアイが悲し気に揺れている。

「もうお前をどこへも行かせない。これからは俺達、ずっと一緒だ」
「ま、まままっまままま待ってください!何の話ですか……っ!」

まさに今抱きしめられかねないところだったが私はぐっと押しのけた。
一方的に話しかけられても意味が全くわからないのに。

「あ…………すまない。お前に会えたことについ興奮してしまって。勝手だったな、謝るよ」
「あ、へ、はい……いえ、まあ……はい……?」

少し恥ずかしそうにフードの先を引っ張り表情を隠した。
……あれ、気の所為だろうか?この人の声、不思議と聞き馴染みがあるような。

「あ、あの……!私病気でずっと眠ってたみたいで……ついでにき、記憶喪失といえばいいでしょうか……。今この世界で何が起きてるかとか全然わからないんです……。いきなりですみませんが、教えていただけませんか?」
「うん。勿論いいよ。」
「あ、ありがとうございます!は!えっと。私は姫宮望愛と言います!い、一応自己紹介しておきます」
「名前くらい知ってるから別にいいけど。……なんて。してもらったんだし俺もした方がいいな」

相手はぱさっとフードを脱いで見せると光を失い、褪せたような長く伸びた金の髪が露になる。
モブにしてはメイン級に美しいビジュアルである。それと、どこか疲れたような目をしているような。

――俺の名は、彩ノ川來人。もっとも、今の姿は名に相応しいものじゃないけど」

…………………………
「どうした?」
「もう一度、お名前聞いていいですか?」
「彩ノ川來人」
「ら…………

「來人くーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!??!」

嘘。噓だ!?私の知ってる彼と全く違う。
だって、だって……目の前にいるこの來人君は『アイヲハコブ』の來人君と見た目が全く違うのだ。
私の知ってる來人君は、ゲームではパッケージに抜擢される一番メインの攻略対象だ。
王道な王子様キャラ、というイメージでシナリオについてファンからは「良く言えばピュアで可愛い物語、悪く言えば普通で他に比べて面白味に欠ける物語」なんて言われている。私は彼と主人公のそんな純粋で甘い組み合わせが大好きで、彼自体も可愛くて大好きだった。
人前では優等生でかっこかわいい王子様として周りから慕われ日々頑張っているが、二人きりになると寂しがりだったり甘えん坊なところが露出しちゃったりする。
一人称が僕なのもちょっとまだ子供なんだなって感じて良いんだよね。そんな可愛い、私の推し……
グッズ供給のなかった影響でぬいぐるみを自作するに至り、らいぬと呼んで大事に大事にしながら寝る時も出かける時も毎日一緒に暮らしていましたとも。
って、まあオタクの語りをした訳ですが。つまりは目の前の彼はその彼とはまるで別人なのだ。
もはや別キャラにチェンジしてませんか……

「で、でも確かに声が一緒かも……そうだったのか……だからか……
「もしかして、見た目が違うのが気に食わない……?」
「ええ!?きにくわ……そんな失礼なこと思いませんし思えません!」
「だったら……俺に会えたの嬉しくない?」
「いやいやいやいやいや!た、ただ吃驚してるだけです!」
「どっちでもないってことか……
「あわわわわわ」

來人君は私の答えに不満げにしている。
ええ……生の推し、姿変わってるのにはまだついてけてないけど推しだと思うと愛おしい、かも……
愛おしいけど同じ空間にいるのが私なのが大変烏滸がましくはある。
主人公に早くこの体を返してあげたい。

「あ、そうだ……來人く……じゃなくて、來人さん!」
「さんじゃなくていいのに……
「はい!來人君!で、では!ご説明をお願いしてよろしいでしょうか!?」
「うん。じゃあ俺と校内でも歩きながらしようか」
「え。並…………すみませんが、100mくらい距離を取っても?」
「だめ。俺のすぐ隣以外許さない」
「ひいっ!すいませんっ!」

私達初対面のはずなのに來人君の好感度が異常なほど高く見えるのは気のせいだと思っていいだろうか。
ゲームでは最初からそんなグイグイ来る感じじゃなかった。だって、好感度が低いうちは主人公にまったく心を開いていないのだから。
この來人君はなんなんだろう……?ステータスとかそういうのが現実でも見えたら楽なのになぁ。