山城まつり
2025-06-02 22:09:16
41939文字
Public
 

suicidal/leniency Karte01:聖戦の幕開け

スーリニKarte01、サイト掲載の前にちらりと載せて みます
めちゃくちゃ長いんですけどほぼ書き直してまして、頑張ってるので読んでくださると うれしい すみません、煩悩です
以前より恐らく、手術シーンが大幅に分かりやすくなっていると思います!みんな大好き冠動脈バイパス術、よければ楽しんでいってくださいませ!!!!!!!(狂気)


6節 急患



どうして緊急科医でない自分達が緊急の患者を?
救済への祈りを宿した白き心に落とされたインクの染みを消せぬまま、ルミエールはクレマリーと共に救命救急センターへ赴く。
そして、そこに到着して初めて────その疑問の答えを知る。

危険域に突入したバイタルがレッドアラームを叫んでいる。看護師や救命救急医が治療用具を手にして駆け回り、病床には血塗れの患者が横たわっていて。……その人数は二十人を超えている。救命救急医の人員不足────それがドロシーの父親の手術でルミエール達が呼び出された理由なのだろう。
クレマリーは多くの重症患者を見ても取り乱す事なく、そこで指令を出している医師のもとへ歩み寄ると「少しいいか」と声を掛ける。リーダーの男性医師は額に流れる汗を腕で拭うと二人を見遣り、見定めるように全身を視線で追った。クレマリーはそれに臆する様子を見せずに情報を要求する。

「クレマリー・ルーヴィルだ。オペの指示を受けて患者を引き取りに来た────それで一体、これはどういう状況だ?」
「あぁ、君達が……。助かるよ、今此処にいる患者の処置で手一杯で、新たに手術をする余裕が無い。工事現場で足場が崩落する事故が起きてね。二十名以上が高所から落下した……それで今はこういう状況なんだ……協力を感謝するよ」
「それは災難だな……同じ病院の医師だ、手はいつでも貸そう。それで……私達が行うオペの患者についてだが……
「そうだな、すまない」

男性医師がデスクトップのパソコンのスリープモードを解除する。凛々しい指がキーボードの上を滑り、ひとつのカルテを呼び出した。

……レオ・アルベールさん、六十三歳。疾患は心筋梗塞……以前に左前下行枝ひだりぜんかこうしのカテーテル治療を受けているが、再狭窄さいきょうさくが起き、それが悪化して再び心筋梗塞に。それから今回新たに右冠動脈後下行枝みぎかんどうみゃくこうかこうしも詰まっている」
「成る程……やるとするならバイパス術、だな」
「そういう事だ。……呼んでおいて今更だが、クレマリー先生は心臓血管外科医で?」
「呼ばれておいて今更だが、専門ではないな。私は総合外科医だ……。一応心臓手術の経験もあるがな」
「そ、それで大丈夫なのか……?」
「心臓外科医が居ないと不安か?それなら丁度いい……此処にもう一人居るからな。なぁルミエール、お前の専門は?」

突然話を振られ、ルミエールはびくりと体を跳ねさせる。彼はえっと……といくつか言葉を選んで、「心臓血管外科です……一応……後期研修中、ですけど」と恐る恐る言葉を紡いだ。クレマリーは救命医の顔を見て口角を持ち上げ、「一応専門の者は居る。心配は無用だ」と告げる。

ルミエールは心臓血管外科を専門に選んでいる。
あの時、雨の降る日……心筋梗塞で倒れた父を救ってくれたのは、言葉を掛けてくれたのは、心臓外科の先生だった。心臓外科医を志すようになったのに、それ以上の理由など必要ないだろう。
……だが、まだ彼は初期研修が終わったばかりの新人だ。心臓手術の執刀経験も少ない。縫合ですら緊張するくらいだ。彼女にああは言ったものの、執刀医となって自分が先導する心臓手術など、とても考えられない────。

……脳内にドロシーの不安げな顔が浮かぶ。
彼女を救いたい、彼女の父親を救いたい。それならば────不安だ、などと言っている場合では無いのだ。自信は無いが、自分だって何も出来ないわけではない。一人の医師として、出来る事はきっとある。そのために今まで努力してきたのだから。

深く息を吸い込み、意識を落ち着かせてから顔を上げると、クレマリーが無言で手招きをしていた。それに従って彼女の傍────モニターが繋げられたデスクトップパソコンの近くに向かう。パソコンの液晶に、患者であるレオの胸部の胸部レントゲン写真と心臓エコーの動画が映し出された。
ルミエールは息を詰めるようにして、その映像に見入る。白と灰の濃淡で構成された画像の中に、血流の途絶えた影がはっきりと浮かび上がっていた。

……本当ですね。左前下行枝と右冠動脈後下行枝が詰まってます……
「六十を超えているんだ、恐らく高コレステロールとそれによる動脈硬化が原因だろうな。これだけ心筋梗塞を繰り返していると────」

はた、とそこで言葉が区切れる。
ルミエールはクレマリーの顔を覗き込んだ。彼女はじっとレントゲン画像と心臓エコーの動画を凝視し、画面を睨みつけながらその場に縫い付けられていた。右手が顎に触れ、親指が軽く唇に押し当てられる。彼女の頭脳が回転している。彼女にしか分からない真実を、読み解いている。

……クレマリーさん?」

不安げに呼びかけると、彼女はゆっくりと瞼を下ろし、それから開く。紅の瞳が、真っ直ぐにルミエールを映していた。

……いや、すまない。そうだな……今回は人工心肺を使ってオペをしよう」
「今時はオフポンプでやる方が多いと聞きましたけど……?」

問いかけると、彼女の唇に微かな、そして悪戯な笑みが浮かぶ。

「なんだルミエール、オフポンプでやりたいのか?難度はぐんと上がるが」
「い、いえ……っ!そういうわけでは……!」
「はは、向上心があっていいと思うがな────それでは先生、患者をオペ室に運ぶぞ。情報の提供と検査、感謝する」

そう言って、クレマリーは軽やかにレオの乗るストレッチャーの柵を握り、滑らかに押し出した。その勢いに引っ張られるようにして、ルミエールも慌てて後を追う。

室内に鳴り響くレッドアラームは、今も止む気配を見せなかった。紅く点滅するランプの下、命の分岐点へと走る白衣の背中。

────彼等を見送った救命医が眉を顰めながら苦笑し、ぼそりと呟く。

……騒がしい奴等だな」

僅かな期待と、吹き込んだ新たな風への希望を込めて。
そう言い残して、再び自らの持ち場へと戻っていった。