山城まつり
2025-06-02 22:09:16
41939文字
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suicidal/leniency Karte01:聖戦の幕開け

スーリニKarte01、サイト掲載の前にちらりと載せて みます
めちゃくちゃ長いんですけどほぼ書き直してまして、頑張ってるので読んでくださると うれしい すみません、煩悩です
以前より恐らく、手術シーンが大幅に分かりやすくなっていると思います!みんな大好き冠動脈バイパス術、よければ楽しんでいってくださいませ!!!!!!!(狂気)


10節 聖戦の幕開け



────それから、およそ2週間が経過した。
ドロシーはあの後〈スアサイダル症候群〉の寛解の診断を受けて退院し、定期通院と父親の見舞いのために、現在は週に一度病院を訪れるようになっていた。父親のレオも順調に回復しており、もう暫くしたら退院できるだろうと見込まれている。
世界は変わらず「平和」をそのテープレコードで再生し続けており、忙しさを抜きにすれば変わりない毎日が紡がれている。

……変わった点があるとすれば、それはルミエールだ。
彼はあれ以来、吻合・縫合の猛練習を繰り返すようになった。デスクに透明なテープで貼り付けられた結び目だらけの糸は、既に[[rb:暖簾>のれんをこしらえている。「休んでるか?」と毎日のように同期の専攻医に労われる。勿論、休んでいる。けれどそんな休みも投げ打たなければ、患者を「救う」事が出来ないのではないかと意気込んで、彼は糸を結ぶ。

────そんな意気込みを消沈させるように、ある日から突然デスクの上に資料が増えた。病院長とクレマリーが用意した〈スアサイダル症候群〉の関連の資料だった。心臓血管外科をはじめ、呼吸器外科、一般外科、脳神経外科など様々な専門分野の腫瘍の切除方法が掲載された論文達────それら全てに目を通し頭に入れろと、彼女が無慈悲に告げたのはそんな「仕事」だった。
そういえば、どうして僕が〈スアサイダル症候群〉の専門に……
ふと過ぎった謎。だがそう嘆いても、目の前に積まれた山脈は減る事はない。ルミエールは溜息を吐きながら、眩暈がするほどの資料に目を落とすのだった。

それも全て、「平和な日常」なのだろう。
陽射しが柔らかに、彼等の営みを見下ろしていた。


そんなある日。
その日、ルミエールは薬剤師に通達する資料を携えて院内薬局を訪れていた。
〈スアサイダル症候群〉は精神疾患の面が強い感染症だ。精神状態を安定させる向不安薬が症状の悪化に対して効果がある────そんな結果が病院長から発表された。従って、薬剤師にも「〈スアサイダル症候群〉の予備軍である患者には精神疾患の診断が下っていなくとも向精神薬が処方されるケースがある」……という事を伝える必要があり、院内薬局に赴いたという訳だ。
説明はつつがなく行われた。薬学界の精鋭が集まったヴェルティ国立中央病院の薬剤師達は理解が早い……そう他愛無い事を思案し、薬剤部全体への通達を頼んで薬局を後にするルミエール。
────そこで、通院していたドロシーと偶然すれ違った。

「────あ、ルミエール先生!」
「ドロシーさん……!お久しぶりですね、経過はいかがですか?」
「お久しぶりです!いい感じですよ、もう死にたいとは思いません」
「それは良かったです……!お父様の方も順調に回復していますしね……!」
「先生方のおかげです。……あ、そうだ────先生、実は就職先が決まりそうなんです!」
「え、本当ですか!」

ドロシーはロザージュを辞職し、再就職活動を始めていた。上司にあれこれと言われて辞職を引き止められたようだが、「いえ、辞めます」と貫き通して無事辞職できたという。彼女の表情には、治療前の翳りは存在しない。春の空をそのまま映したような清々しさを覚える笑顔で、彼女は嬉々として言葉を紡ぐ。

「実は、ライブの音響としての仕事に決まりそうで……
「音楽系に興味があったんですか?」
「はい、ロザージュの就職も音楽系の雑誌を書きたかったからなんです。もう既に面接があったんですけど、第一印象はかなりいい会社でした」
「でも……働いてみないと分からないですよね……
「合わなかったら辞めるまでです。『私達は殺されるために仕事をするんじゃない』んですから」

そう言ってドロシーは力強く笑った。
ルミエールも「ですね」と微笑んだ。

彼女はこれからも、力強く生きるだろう。
「逃げる」事も生きていく中では大切────そう学べた彼女なら、これから先の人生でまた試練が与えられたとしても、乗り越えていける……そう、ルミエールは信じている。

そろそろ桜が咲き始めてきましたね、とドロシーは言った。
ルミエールは院内薬局の待合室に設えられている横長の窓から外を眺める。薄桃色の花弁が、綻び始めていた。

────そんな桜を、医局の窓からクレマリーも眺めていた。

……始まったか。人類と死神の生存を賭けた聖戦が」

そう、独りぽつりと溢す。
その声は、春の風に揉み消されて……誰にも届く事なく消えていった。