山城まつり
2025-06-02 22:09:16
41939文字
Public
 

suicidal/leniency Karte01:聖戦の幕開け

スーリニKarte01、サイト掲載の前にちらりと載せて みます
めちゃくちゃ長いんですけどほぼ書き直してまして、頑張ってるので読んでくださると うれしい すみません、煩悩です
以前より恐らく、手術シーンが大幅に分かりやすくなっていると思います!みんな大好き冠動脈バイパス術、よければ楽しんでいってくださいませ!!!!!!!(狂気)


4節 凶行の背景



手術から数日が経過した。
春の気配を運ぶ風が硝子がらす窓をかたかたと鳴らしている。柔らかい日差しは木々を照らし、木漏れ日が静かに草原を撫でていた。アイボリーの街並みの遥か上空に細い雲が泳いでおり、まだ冷たさを孕んだ世界に、市内放送のチャイムが木霊した。時刻が正午を回っている事に、そこで初めて気付かされた。
ルミエールは陽気に温められた医局のデスクに腰掛け、先日オペを行った患者────ドロシーの電子カルテを見ながら思案を巡らせる。

ドロシー・アルベール。
彼女は秋入学した短期大学を卒業後、昨年の11月から株式会社ロザージュに就職した新入社員、との事だった。株式会社ロザージュ……その企業は耳にした事がある。確か、ファッションや芸能など様々なジャンルの雑誌を出版していた会社の筈だ。福利厚生はしっかりしていると謳っているようだが、「全ては最高の雑誌を作る為」というスローガンを掲げるロザージュは仕事に厳しく、残業は当たり前でほぼ住み込みの状態で仕事をしている社員もいる……などという噂も聞いた事がある。
その会社に対してのストレスと疲労から薬のオーバードーズとリストカットを行い、彼女は自殺を図った────事の成り行きはどうやらそういう事らしい。

「────ブラック企業、ですね……ヴェルティでも最近問題視されています」

デスクトップに立ち上げた電子カルテから目を離さないまま、隣のデスクでスクリーンと睨めっこをしているクレマリーに話しかける。……此処、心臓外科の医局の筈なんだけどな……。そう思いながら、「総合外科医」を名乗る彼女はどの外科の部門に居てもいいのか、と思考を決着させる。細い指先は忙しなく動いており、彼女のパソコンに事務的な文字列が打ち込まれていた。彼女もまた、作業の手を止めずルミエールに言葉を返す。

「リューデンでも社会問題として医学会で取り上げられていたな。ヴェルティでの近年の自殺者を大まかに調べてみたが、仕事のストレスで亡くなった人も多いようだ……何処の国でも仕事が精神を病ませる原因になるケースは多いみたいだな」
「ですね……。それにしてもクレマリーさん、〈スアサイダル症候群〉だとよく分かりましたね。服を着ていたら腫瘍も見えませんでしたし……。この事例、僕だったら普通に『精神を病んだ』で済ませてしまいそうです」
「ヴェルティで〈スアサイダル症候群〉が流行している以上、自殺願望があって行動に移してしまった人は、病魔の感染を疑った方がいいだろうと思ってな」
「確かに……

クレマリーは軽やかなタイプで記入している文章を締めくくると、一度伸びをしてから次の資料に目を落とす。その所作に思わず目を遣ったルミエールを一度見遣り、続きを口にした。

……ご両親から借りたドロシーの学生時代の資料を見る限り、彼女は冷静な判断と行動が出来る人間だったらしい。ならば会社が合わないとなっても自殺を図るより辞職を選ぶと思わないか?……その判断を鈍らせ自死に導いたのが〈スアサイダル〉だ」
「も、もうそんなに調べたんですか……!?学生時代の事まで、普通はそんな事しませんよ……
「外科ではそうかもしれんな。患者の出生や学生時代の事を本人の許可を得て調べるのは精神科ではよくある事だ……カウンセリングの際に卒業アルバムや通知表を持ってきてもらう事もザラにある」
……あ、クレマリーさんって精神科も専門なんでしたっけ……?」
「一応な。まぁ、その話はおいおいするとして……。兎も角、〈スアサイダル〉は人の弱みに付け込み、心を蝕み……そして死に追いやる。死神────その通り名も的を射ている。ドロシーもその病魔に唆されたんだろう
……僕は、今回に限っては、〈スアサイダル〉は最後のひと押しをしただけなんじゃないかな、ってそんな気がしています
「ほう?死神を庇うのか?」

紅が僅かな興味を秘めながらルミエールを映した。彼女の眼睛がんせいがじっと此方を見つめている。
────庇うのか。その質問に対して、ルミエールは首を横に振る。けれど、心の奥底で、〝死神〟にも何か……ドロシーに対し、思うところがあった故に感染したのではないかという想いが渦巻いていた。

「断じて違います!でも……辞職できない理由が、あったのかなって……。それでどうも出来ずにいたところに、〈スアサイダル〉が手を差し伸べた、そんな感じがするんです。その手の差し伸べ方に問題がある、んですけど」
「成る程……。一理あるな」
「まぁ……あくまで僕の予想、に過ぎないんですけど」
「気になるなら確かめに行くか?」
「え────」
「ドロシー本人に話を聞いてくるか?と言っているんだ。患者のアフターケアも仕事だ───『手術だけが治療ではない』……そうだろう?」

そう言いながらクレマリーはノートパソコンを閉じ、積み重なった資料の中からドロシーのカルテと資料を取り出した。紙のカルテには赤ペンで書かれた手書きの文字がびっしりと走っている。付箋と文字だらけのそれは、クレマリーがいかに真剣にドロシーと向き合おうとしているかの証明だった。
……どうやら、ルミエールがNOと言っても一人で向かうつもりらしい。

そうだ、手術したからといって患者を〝救った〟事にはならないのだ。
彼女の心の闇を晴らす────それが〝救う〟という事。
ルミエールは意を決し、掌をぎゅっと握ると……「行きます」と答え、立ち上がった。