山城まつり
2025-06-02 22:09:16
41939文字
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suicidal/leniency Karte01:聖戦の幕開け

スーリニKarte01、サイト掲載の前にちらりと載せて みます
めちゃくちゃ長いんですけどほぼ書き直してまして、頑張ってるので読んでくださると うれしい すみません、煩悩です
以前より恐らく、手術シーンが大幅に分かりやすくなっていると思います!みんな大好き冠動脈バイパス術、よければ楽しんでいってくださいませ!!!!!!!(狂気)


1節 出逢い



────〝死の国〟

この国……国家ヴェルティがそう呼ばれるようになったのは、ここ最近の事だ。
本国における死者は年間200万人に達し────そのうち自殺者が、昨年ついに5万人を超えた。住まう者が次々に彼岸に誘われる、文字通りの死の国。
経済は大打撃を食らい、人口は急速に減少し……ヴェルティは今、衰退の一途を辿って破滅の危機に瀕している。

何故急に死者、それも自殺者が増えているのか。
国民の精神力が急激に低下したとでも云うのだろうか。
社会的な問題が急に増えたわけでも、貧困に悩まされているわけでもなく、では一体何故……

………今日もまた、死者が出た、自殺未遂事件が発生したなどという不穏なニュースが医局の壁に備え付けられたテレビから聞こえてくる。卒業や花粉シーズン到来、などという平穏な日常はそこでは綴られておらず、メンタルヘルスの専門家があれやこれやと議論を交わしている。窓の外の陽気と裏腹に、どこまでも暗い世界の現状……。それを横目で見て、烏の濡れ羽色の黒髪を後ろで一つに束ね、胸に青い宝石のブローチを身につけた白衣の青年……ルミエール・シュヴァリエは溜息を吐いた。

いけない、勤務中に溜息なんて溢している暇は無いな……。そう思って一つ深呼吸。顔を上げてデスクの上の資料に目を落とし────。

────その刹那、右隣のデスクにどさりとリュックサックが落とされた。

……何事?
ルミエールはその音に驚いて、横のデスクに目を遣る。そこには音の原因である黒いリュックサックと………長い白髪にルビーの瞳を持ち、赤いドレスのような衣服を身に纏った女性の姿があった。
彼女は小脇に抱えていた白衣をばさりと羽織る。その白衣は此処、ヴェルティ国立中央病院の職員である事を示すものだ。袖と裾の縁が黒色で、右腕に二本のベルトがあり、左腕にジュエルで造られた病院のロゴがあしらわれている。勿論ルミエールも同じ白衣を身に纏っている────違う点を一つ上げるとするなら、目の前の彼女の白衣の方が少し裾が長い、という事か。

リュックサックを開き、デスクの上にペンケースやファイル、医学書などをおもむろに置く彼女。……新しく入ってきた医師だろうか。医師らしき女性は、一通り机の上に最低限必要なものを置くと、ひとつ呼吸をしてルミエールの方に向き直った。鋭い眼光に射抜かれてびくり、と体が震える。整った顔立ちは温度を感じさせない無表情を貼り付けていて、そこには底知れない不気味さがあった。彼女はルミエールを頭の先から爪先まで眺めると、柔らかな唇を開く。絶対零度の顔色の中で、その唇だけが確かに温度を孕んでいた。

……お前がルミエールか」
「え……あ、そうですけど……。あの……誰、ですか?」
「クレマリー。クレマリー・ルーヴィルだ。出身はリューデン。専門は精神科と総合外科。よろしく頼む」
「え?よろしく頼むって
「心配するな、院長には全て許可を取ってある。ルミエール・シュヴァリエ……お前は今日から私の上司だ。そういうわけでルミエール、これからの事だが────」
「ちょッ、ちょ、ちょっと待ってください!」

思わず言葉を遮る。
何故僕の名前を?何故僕が上司に?意味が分からない!
揶揄われているのではないか、そんな疑心が顔を覗かせるが、目の前の彼女────クレマリー・ルーヴィルというらしき女性の眼差しは嘘を語っているとは思えない真剣さを秘めていた。ルミエールは困惑のままに口を開く。

「クレマリーさん……でしたっけ、あの、僕が上司ってどういう……!だ、だって僕、この前研修が終わったばかりなんですよ……!?」
「それがどうした?私は今日来たばかりだぞ、私よりはお前の方が先輩だろう」
「そ……それは、そうですけど……
「大丈夫だ、手術の事や病気の事は一通り頭に入れてある……手は焼かないだろう。お前はただ、私と一緒に〝使命〟を果たしてくれたらいい」
「〝使命〟……?」
「嗚呼……〝使命〟というのは────」

クレマリーがそう言いかけた刹那、ルミエールのデスクに備え付けられた内線電話が鳴り響く。彼女は「説明するまでもなかったな」とぼやき、ルミエールは慌てて電話を取った。コール音が3回鳴ったところで取った電話の向こうで、病院長のバリトンの声が聞こえてくる。

……は、はいっ、ルミエールです……院長先生!───え?手術を?今から───クレマリーさんと!?そんなの何かの間違いでは───そ、そんな……!だって僕───」

……病院長から回ってきた内線電話は、今から第一手術室で処置を行うからクレマリーと向かうように。看護師はオペナースを二人つけるから執刀を頼むぞ────そういう内容だった。

どうして研修が終わったばかりの僕が!?
どうして今日来たばかりのクレマリーさんと!?
そんなの絶対に無理───!

幾ら病院長の指示といえど、無理なものは無理だ。クレマリーが医師である以上、共に処置や手術をする事は許容せねばならないのかもしれない。だがそもそもルミエールは医師のひよっこ、専攻医────後期研修医なのだ!そんな自分が見知らぬ医師と二人で疾病と闘うなど、そんな無茶振り……

そう嘆こうとした時、クレマリーが彼の持つ電話を奪い取った。からからに乾いた唇から「あッ、」と中性的な悲鳴が漏れる。

「クレマリーだ、手術は〝例の件〟だな?看護師達には説明していいのか?────そうか、先程病院全体に連絡が回ったのか。流石院長、仕事が早くて助かるな。ひとつ質問だが、執刀医はルミエールで私は助手に回っていいのか?……成る程、私とルミエール二人でやるんだな……嗚呼、今すぐ向かう……
「く、クレマリーさん何言ってるんですか……!」

さらさらと川が流れるように、滞りなく会話が進む。受話器を置いたクレマリーは長く艶やかな髪を一つに束ね、白衣を脱いでドクタースクラブを左脇に抱えた。彼女の白い肌と髪に映える血のような紅いドレスは「ドレス」というより「コルセットワンピース」のような風合いで、深くスリットの入ったプリーツスカートの下に黒いスキニーパンツが覗いていた。彼女を見つめていたルミエールと、不意に視線が合う。彼女はそれに対して何も言うことなく、一言、「行くぞ」とだけ告げて硝子で造られた扉の方へ足を進めた。酷く混乱したルミエールは、それを隠す事も出来ずに彼女を呼び止める。

「ぼ、僕には無理です……ッ!まだ未熟者なんです、研修中なんです……ッ、そんな僕が、あなたの上司で、しかも手術の執刀医だなんて……!」
「ルミエール、患者を救う気はあるか?」
「え……?」
「苦しんでいる患者を、救う気はあるか?」

クレマリーはルミエールを振り返ると、冷静なトーンでそう告げる。その言葉にはやはり抑揚が無かったが、確かな優しさが感じられた。
「救う気はあるか」────その質問に対し、僅かな休符の末に唾を飲み込んで口を開く。

……勿論です。僕はそのために、医者になったんですから……
「なら大丈夫だ。絶対に救うという強い意志があれば、オペという勝負には絶対に勝てる。お前は一人で戦うんじゃない────私が居る」
「!」
「不安だからと人に頼ってばかりでは、一生上手くならないぞルミエール。お前と私でやるしかないんだ。患者は、私達に救われるのを待っている。さぁ、どうする?行くか?行かないか?」
………ッ」

紅玉の瞳が、ルミエールの姿を映し出している。宝石をそのまま埋め込んだような真紅の両眼には、一点の翳りも曇りも存在しない。そこにはただ、最善の未来へ向かう為の光があった。叡智があった。その強い眼光に気圧されて、ひゅ、と喉が小さく鳴る。ルミエールは彼女の瞳を見入ったまま、贈られた言葉を反芻した。

───苦しんでいる患者を救う気はあるか?
患者は、私達に救われるのを待っている───

………

不安がないかと言えば、嘘になる。
手術は、処置は、生きるか死ぬかを自分達医師が決める行為だ。
もし万が一失敗して、命を救えなかったら……そう思うと、手が震える。足がすくむ。喉がからからに渇いて動悸がする。だけど………

だけど、救えるのは自分達しか居ないのだ。
自分達が動かなければ患者は助からない。
自分達が動かなければ、最善の未来は訪れない。
何度だって繰り返そう。
救えるのは、自分達しか、居ないのだ。
怖いなどと言っている場合ではない。
何のために僕は学を積んできた?
何のために此処に勤めている?
何のために医師になった?
決まっている────患者を、救うためだ。

今そこに、救いを願う患者が居るのだろう。
苦しんでいる人が、居るのだろう。

だから────。

声を発するより、肺から息を吐き出すより、体が動く方が先だった。ルミエールはクレマリーの横を通り過ぎて廊下へ躍り出る。窓の外で、びゅうと風が唸った。弥生の晴天が、固めた決意を祝福している。

……行きます。やります、僕が……僕達でやりましょう」
「いい返事だ。やはりお前を上司に選んで正解だったな」

くすり、クレマリーは息を漏らして口角を持ち上げる。そこで初めて、ルミエールは彼女が無感情なのではなく、ただ感情を表に出す事が苦手なだけなのだと識った。白い天使のような医師は、黒い救世主のもとへ一歩を踏み出した。医局の灯りが、温かな空調の風が、これから命に向き合う彼らに激励を贈る。
機械的なLEDの灯りは、床に二人の影を落とす事を許さない。邪念を抱く事を許さない。クレマリーが「第一手術室は何処だ?」とマスクをしながら問い掛ける。それにルミエールは「此方です!」と応えて────急ぎ足で手術室に向かうのだった。