【失笑の歌と蒼い月】

自陣Ibパロ/まとめ読み版



再び倉庫の部屋から出て、カンジは力自慢の兄さんとやらがいる部屋の扉をノックする。しばらくして、「入っていいぞ」という男の声が扉越しに聴こえる。
そうっと開ければ、そこには室内とは思えない光景が広がっている。明るい天井に土の床、生い茂る木々。その隙間から、これまた長身でガタイの良い男が現れる。左頬の縫い跡が痛々しいが、不思議と恐怖は感じない。彼はカンジを見て、少し驚いたように「誰だ?」声を漏らす。


「あの、ええと……オレ、迷子なんや。出口と友達探してて、この奥にある銅像を退かしてほしくて

「ああ、力仕事が必要なのか。オレのことは……あー、なるほど。アイツに聞いたんだな」


納得したように頷いて、彼はカンジの方へ歩み寄る。先程は植物で見えなかったが、手にはジョウロとカゴを持っている。カゴは真っ赤な木苺でいっぱいになっており、鮮やかな色がとても美味しそうである。


「今は少し忙しいが、退かすだけの時間はある」

「忙しとこすんません、頼みます」

「いや、構わない。久しぶりに〈作品〉以外と話せたしな」


そう言って、無表情のまま男は道具を片付け外へ出る。カンジも男を追い、銅像の方へ向かう。先程カンジではビクともしなかった銅像を、男は赤子を抱えるかのように軽く持ち上げる。そのまま移動させ、どの扉の邪魔にならない位置に下ろす。


「これでいいか?」

「あ、ありがとう……ホンマにスゴい力持ちやな

……まぁ、オレの数少ない長所だからな。ああ、そうだ。これも持っていけ」


男は小袋をカンジに渡し、「じゃあな」と言って元居た部屋に戻る。カンジは何となく声をかけられず、無言でそれを見送る。貰ったナイロン素材の小袋には、木苺がいくつか入っている。甘美な物だろうが今すぐ食べる気は起きず、カンジはポシェットにそれを仕舞う。
銅像が退かされた場所には、跡が残っている。随分と長い間、ここに置かれていたのだろうか。


考えてるヒマは無いやろ」


カンジは考察を後にして、次の部屋に向かうことにする。化粧家いわく、その部屋には教師がいるらしい。授業中なら、生徒もいるだろう。大人数の前で話すのは得意だからどうにかなるはずだと、カンジは次の部屋に歩き出した。