【失笑の歌と蒼い月】

自陣Ibパロ/まとめ読み版



【四章】



階段を降り、踊り場を一つ過ぎ、また階段を降りた先。そこには、アンティークな雰囲気を漂わせる空間が広がっている。神聖さすら感じる場所だが、ある要素が全てを台無しにしている。


「うわ


カンジは思わず声を漏らし、顔を引き攣らせる。古めかしい歴史を感じる額縁に入っているのは、顔の塗りつぶされた人間が描かれている絵。しかも絵の中に一人ではなく、一枚の絵にびっしりと寄せ集められている。潰された目がこちらを睨んでいるような錯覚に、無意識に身震いする。集合体恐怖症なら発狂して当然だろうなと、現実逃避しようとカンジはぼんやり考える。


「大丈夫か、カンジ」

「いや、大丈夫。でもまぁ……やばいな、ここ」


石の裏で蠢く虫の集合体を見たような気持ち悪さを与えるそれは、壁だけでなく天井にも疎らに飾られている。床に敷かれた赤いカーペットだけが、不気味さを緩和してくれる。
不安を駆り立てられたカンジは、ポツリと友人を心配する言葉を紡ぐ。


「ヒーローは何処におるんやろ

……ヒーロー?」

「あ、話とらんかったな。ヒーローってのは、美術館に一緒に来た同期や。優しくてカッコええヤツでな〜!」


緊張を紛らわせるためにも、カンジはヒロの話をソウゲツに語る。優しく人想いで少し頑固者、けれど英雄のようにいつも人助けをする。そんな風に友人を自慢しながら歩いていれば、ふとカンジは一つの気付きを得る。


「(これもしかして、全部おんなじ人?)」


頭部も掠れるほどに塗り潰された人物の絵だが、どうにも特徴と印象が似ている。極彩色に塗りたくられた下には、よくよく見れば鮮やかな金色ばかりがある気がする。大きさや服装はそれぞれ違うが、体格も近いように見える。


「カンジ、誰かいる」

「へ?」


そんな思考も、ソウゲツの声で途切れる。慌ててソウゲツの視線を追えば、たしかにそこには人がいる。直感でその人物は〈作品〉で無いことを見破るものの、ただの人間でもなさそうだとカンジは思う。椅子に座り書物をしていたらしいその人物は、こちらを見ても特に驚いたような顔をしない。


「キミたちは上から来たのかい? なら、外から来た人間か」


その人間は、まるでショーウィンドウに飾られる作品のように閉じ込められている。その壁はガラスになっており、その向こう側には簡易的な部屋がある。レトロな色合いの本棚、柔らかそうなベッド、丸いテーブルと可愛いサイズのチェア、それに何かのキャラクターが描かれた大きなポスター。見る限りでは、どうやら私室のような造りになっているらしい。


「見ての通り、ボクはここから動けなくてね。危険じゃないからこうしているけど」

「動けやんの? え、出れたりとか……

「上階と違ってこの階は安全だから、出ようとは思わなくてね。住心地も悪くないし」


その人間は至って冷静に、突然現れた自分たちを警戒することもなく会話を続ける。何か致命的にズレているような気がしてならないカンジだが、それを問う前にその人間が問いを投げる。


「ねぇ、キミたち。茶髪で長身の男を知ってたりする?」

「! ヒーローのこと知っとんの!?」

「やっぱりね。彼ならそっちの扉から奥に進んでいったよ。それ以外は知らない。彼も誰かと来たみたいだったから、探してるなら早くいってやりなよ」


ようやく手に入った友人の情報に、カンジは表情を明るくさせる。無事かどうかも分からなかった状況に差し込んだ希望に、沈んでいた気持ちが一気に浮上する。


「教えてくれてありがとーな! ソウゲツ、はよ行こ!」


壁や天井の絵画を見ないようにしながら、カンジはソウゲツの手を引く。転ばないように心配するソウゲツの声、しかしそれは何処か固い。新しい人物に緊張しているのだろうと、カンジは特に気にせず進む。出られるかはともかく、彼がいれば大きく安心できる。きっとヒロも、自分を探して迷っているはずである。カンジは扉を開き、先へ向かった。