【失笑の歌と蒼い月】

自陣Ibパロ/まとめ読み版



見た目だけはポップで爽やかな印象の階層だったが、一つ扉を抜ければ雰囲気がガラリと変わる。熟れたリンゴのような赤を貴重にした、悍ましさを感じる通路。両端に扉は無く、電車の吊り具のようなものがずらりと並んでいる。


「こっちだよ」


異様な雰囲気に気圧されつつ、先に進んでいく。男はこちらを気遣っているのか、適度に言葉を投げてくる。ここはそれなりに長い通路らしく、一つ話題が終わってもまた会話を続けられる。


「上の階はどうだった?」

「こわいヤツもおったけどでも、ええ〈作品〉もいっぱいおったで。オレの手伝いしてくれたし」

「この階層の〈作品〉もね、いい〈作品〉ばっかりだよ。とっても優しくて、一緒にいて楽しい子なんだ」

「う、う〜ん……オレ、たぶん撃たれたんやけど

「あー、オレが別の子と遊んでて、音楽流してなかったからだ。ごめんね、タイミングが悪くて。彼もいい〈作品〉だよ。ちょっと暴走しがちだけど、ル別の子と仲良しなんだ」

「もしかして、あの子供?」

「子供? ……ああ、違う違う。オレが言ってるのは、青い青年だよ。うん、きっと会ってないんだね。子供みたいな子は、ちょっぴり気難しいけど、とっても頭がいいんだ」

「まぁ、それは……何となく分かるわ」

「ここまでは、一人で来たの?」

「おん。美術館にはヒーロー……あーっと、友達と来てん。やから友達と帰りたいんや」

「帰りたいの? 逃げたいじゃなくて?」

……? どっちも一緒とちゃうんか?」

……そうかな? そうかも?」


なんて話をしながら、通路の先まで辿り着く。黒い霧が蔓延している。霧に阻まれている上、明かりが少ないため非常に暗く先が見えない。


「ここから先、暗い。だからこれ、使って」


そう言って男が取り出したのは、古びたカンテラである。手慣れた様子でマッチも出して、カンテラに火をつける。燃料は既に入っていたらしく、オレンジ色の柔らかい明かりが灯る。しかし部屋全体を照らすには小さな炎であり、足元を照らすことしかできない。


「カンテラ、一つしかない。だからこれ、キミにあげる。あ、マッチも、ほら」

「ええんか?」

「勿論。でもここからは、キミ一人。オレは進めない。帰れそう?」


力強く頷けば、心配そうな顔がパッと明るくなる。本当にこちらを想ってくれているのがよく伝わってきて、カンジは嬉しさで思わず微笑む。カンテラを受け取り、何度か上げ下げをする。重さはそれなりにあるが、その分頑丈そうである。


「ここまでありがとーな」


感謝を告げれば、素直に「どういたしまして」と返される。久しぶりにマトモな返答を貰えたという感覚で、妙に胸がくすぐったくなる。


「友達と一緒に帰れるといいね」


彼が首を傾げた拍子に、前髪がさらりと靡く。隙間から見えた片側の瞳は、桃色の可愛らしい色をしている。背を向けて暗闇に歩き出してしばらくして、彼のキラリと黄金色に輝く。どこか懐かしそうな視線を、カンジが見ることはなかった。