botanin5
2024-11-14 02:55:10
41522文字
Public 薬さに♀(小説)
 

そして好きを知る

ハッピーエンド
・獅子王→女審神者の表現があります。
・軽めですが、戦闘の描写があります。





獅子王と一緒に遅い夕飯をとり、ゆっくりと時間をかけてお風呂に浸かった。ほう、と息を吐いて考える。
来週の花火大会、薬研はあの女の子と行くのだろうか。政府による慰労イベントで、その日はこの地域にある本丸はどこも休日のはずだ。それはもちろんこの本丸も同じで、そろそろみんなに知らせなくてはならないと思っていた。
薬研が誘ってくれるかもしれないって、少し、いや、かなり、期待していたのに。

女の勘が告げる。薬研はあの子と花火大会へ一緒に行く約束をしたんだ。

はぁ。
もやもやを吐き出したくて長く息を吐いてみたが、軽くなったようには思えなかった。

お風呂を上がってとぼとぼ歩く。自室がある廊下へ出る角を曲がって、真っ先に目に入ったのは、障子の前に座り込む、寝間着姿の薬研だった。

「遅かったな」
なんで、いるの」
「大将が、顔見せなかったから」

どうやら、根に持っているらしい。頭の上から体が冷えていくような感覚に陥る。

「なぁ、なにかあったのか?」

優しく、優しく問われた。
なにか、あったのか?
あったよ。薬研の優しい声が、あの女の子へと向けた声と重なって、イライラした。

「別に。なにもない」
無いようには、見えねぇな」
「薬研に話すことは、何もない」

驚いたように、薬研が目を見開く。こんな態度をとったのは、初めてだった。

「俺が原因か」
「っ、ちがう。私もう寝たい」
「まて、たいしょ」
「放して!!!」

掴まれた腕を振り払って、自分の部屋に飛び込む。たん!と障子を閉めて、そのままずるずると座り込んだ。
障子の向こうにいる薬研は狼狽えているようで、いつもより少し声が高い。

「なぁ、大将。俺が何かしたんなら謝る。開けてくれねぇか」
「やだ。おねがい。今はどっかいって」

しばらく薬研の気配がしていたが、こちらが何も言わずにいると、諦めてゆっくりと立ち去った。いなくなってから、行ってしまった、と実感して、突き放したのは自分なのに、どうにも悔しくなって、膝を抱えて声を殺して泣いた。
心臓が握りつぶされたみたいに痛くて、苦しかった。


次の日から、近侍を加州にした。薬研が部屋に来る前に食堂へ行って、さっさと朝ごはんをかきこんで、執務室へと向かう。薬研の隣じゃないご飯は、なんだか味がしなかった。昼食は執務室へ運んでもらった。日課を行うために部屋から出る時、薬研に会わないように気を配った。夕食は、時間を遅らせて一人でとった。お風呂に入って自室に戻り眠る。


こんな生活を三日ほど続けたところ、薬研の堪忍袋の緒がぶち切れてしまったらしい。


図書室に一人で入った時だった。仕事ではなく、夜の時間を潰すために何かいい本がないか探しに来たのだ。あれから上手く眠れなくなってしまって、本を読んでいつの間にか眠ってしまえば考え事をしないで朝を迎えられると思った。

奥の棚にたどり着いたところで、たん、と戸が閉まる音が聞こえて視界が暗くなった。
ここは窓がないので昼間でも電気を点けて利用している。入るときに電気を点けたはずだ。おかしいな。周りがよく見えなくて動けずにいると、誰かが近づいてくる気配がした。

「誰かいるの?ごめん、電気点けてくれないかな」

返事がない。
え!?うそ、無視!?うちの本丸には主を無視するような子はいないと思ってたのに!そこまで考えて、気づく。
もしかして、やげ――

ばん!
本棚沿いに移動しようとしたら、目の前に腕が現れた。暗い部屋に浮かぶ、ぼんやりと白い袖。薬研の白衣に違いなかった。くるりと反対に逃げようとしたら、肩に袖が触れた。なるほど、こちら側にも腕が。囲まれてるわこれ。諦めて正面を向く。部屋が暗い上に薬研は顔を伏せているようで、良く見えなかった。薬研の顔が持ち上がる。ぼんやりと白い。

「あいにく俺は夜目が利くんでな。電気はいらねぇんだ」

思ったよりずっと近くで聞こえる声に、身体が震える。どうしよう。逃げたい。でも、薬研の声、久しぶりだ。うれしい。ちょっとだけ。そんなことを考えていると、薬研の顔が近づいてくるのが分かった。私の左頬に、薬研の滑らかな頬がぴと、とくっつく。

寂しかったんだぜ、たーいしょ」
「ひっ」

耳に息がかかるような距離で、いつもより少し低い声で、ねっとりとそんなことを言われて、足がくずおれるかと思った。隙あらば逃げようと思っていたのに、そんな気はすっかり削がれてしまった。薬研が顔を離したためほっと小さく息をつく。腕は相変わらず、檻のように私の動きを封じていた。心臓がどきん、どきん、と音を立てている。薬研に聞こえていないことを祈った。

「なぁ。教えてくれ。大将、なんで怒ってるんだ?あれからずっと考えてたんだが、ちっとも検討つかねぇ」

ずっと考えててくれたのか。私のこと。嬉しい気持ちと同時に、あの女の子のいたずらっぽい笑顔と、明るい声が蘇る。今、薬研の顔が見えなくて良かったと思った。きっと、顔を見てしまったら、あの時みたいに良くない態度をとってしまうに違いない。

「私のこと、考えてくれてたの?あんなに避けちゃったのに」
「目の前で直接「避けてた」って言われるのは、あんまりいい気分じゃねぇな。当たり前だろ。いつでも考えてる。うちの大事な大将だからな」

そっか。「大将」だから。木槌でこん、とつっかえていたものを落とされた気がした。薬研は、大将としての私をとても大切にしてくれているんだ。私が「大将」でいる限り、薬研の目は私を映し続ける。もう、もうそれでいいじゃないか。

自分の中にある、薬研への『好き』について考える。きっと、これは、今度こそ。
本物の恋だったのに。
ゆっくりと息を吐いて、ゆっくりと吸い込む。薄い薬の匂いは、あの雨の日と同じだ。

この『好き』は、忘れよう。
いままでみたいに、次の『好き』を探せばいい。ちらっと獅子王の顔が浮かぶ。『好き』に、なれるかもしれない。
きっとこれは、とても酷くて、ずるい考え。

ありがとう」
「うん?」
「ちょっとね、疲れてたんだと思う。八つ当たりしちゃった」
……

じっと薬研がこちらを見つめているような気がした。薬研には私の姿が見えているということを思い出し、笑顔を作る。今は、上手く笑えている自信があった。

そうか」
「うん。もう避けたりしないよ。ごめんね?」
「だめだ。許さねぇ」
「え」

私を囲っていた腕が降りて背中に回る。ぐっと薬研に寄りかかるように抱きしめられる。

「三日分」

どうやら、薬研が満足するまで離してくれそうになかった。仕方ない。耐えろ私。大人しく黙る。自分の腕を薬研の背中に回すことはしなかった。薬研の髪が耳に触れているのを感じて、さすがに今は顔が見えないだろう、と涙が出ないよう眉間に力を入れる。

浅ましくもどきどきと音を立てる心臓を、呪った。