botanin5
2024-11-14 02:55:10
41522文字
Public 薬さに♀(小説)
 

そして好きを知る

ハッピーエンド
・獅子王→女審神者の表現があります。
・軽めですが、戦闘の描写があります。





あのときの薬研は――

そろそろ仕事してくる、と広間を後にした審神者を見送って、一期一振はそっと目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのはまだ鮮明な記憶。


読書をしていた一期の自室へ駆け込んできたのは乱藤四郎だった。敵の襲撃を聞き、本体を掴んで与えられた持ち場へと急ぐ。自分の担当は、いくつかあるうちの手入れ部屋のひとつ。執務室の隣だった。

廊下を駆けていると、同じく持ち場へと向かう加州清光に遭遇した。少し顔色が悪い。

「どうしたのです、加州どの。顔色が良くない」
「あ、一期さん。俺、あのでかい音の後にすぐ本丸の中を走って主のこと探してたんだけど、居なくて。もしかして、あの音がした場所に、主が、」
「急いだ方がよさそうですな」

音がした場所。母屋に居なかった自分にその音は聞こえなかったが、加州に聞けばそれは今自分たちが向かっている方角のようだった。正確な場所はまだ分かっていない。

「主の部屋は?」
「音がしてすぐ、薬研が真っ先に向かったから、俺には分かんない。部屋に居てくれてたらいいんだけど

走りながら廊下を曲がると、続く奥に敵の後ろ姿があった。太刀が一体。見慣れた本丸に、見慣れた敵。かみ合わない状況に一瞬自分がどこに居るのか分からなくなる。走る足は止めずにそっと柄に手をそえた。ここは私が。加州にそっと目配せすると、彼は静かに頷いて身を低くした。敵がこちらに気づいて振り向く瞬間、加州は死角をすり抜けて廊下の先へと身を投げた。それを確認し、自分も膝を折って身をかがめる。敵太刀が刀を振り上げるのを狙って、自身を抜き、腕を振りぬいた。刀身に感じる重みから、敵を貫いたことを実感する。あまり人には言えないが、一期はこの手ごたえが嫌いではなかった。

「先を急ぎましょう」

倒れる敵を捨て置いて、一期と加州は廊下を駆ける。次の角で別れ、急いで持ち場へと向かう。刀のぶつかり合う音がそこかしこから聞こえてきた。どうやら敵は、この辺りに集中しているようだ。出遅れてしまったな。
目的の部屋がある廊下にたどり着いた一期が最初に目撃したのは、

もう形を成していない何かに向かって刀を振りおろし続ける薬研藤四郎の姿だった。

自分が良く知る、知っているはずである弟の異様な姿に圧倒されて一瞬足が止まる。だが、背後に敵の気配を感じてすぐに頭を切り替える。手早く切り伏せて薬研の元へと駆け寄り、再び振り上げられた腕をしっかりと掴んで無理矢理立たせる。

「薬研藤四郎!」
あ?いち兄?」

こちらを認識した薬研は、はっと目を見開くと手を振りほどいて後ろへと駆け出し、しゃがみ込んだ。

「っ、大将!聞こえるか、おい!」

主がここに!?驚いて駆け寄れば、ぐったりと目を閉じる主の姿があった。擦り傷が痛々しいが、大きな出血はしていない。この辺りには敵がまだいるかもしれない。障子が倒れて筒抜けになっている隣の部屋で、敵の大太刀と対峙している獅子王の姿が見えた。手を貸した方がよさそうだ。

「薬研、主をひとまずどこかに――
「まずいな、吐いてる」

言われてもう一度主に目をやると、なるほど襟元に吐瀉物が付着している。見回せば部屋の奥に嘔吐の後があった。

「まずいのかい?」
「ああ。頭を打ってるようだし、早く医者に見せた方がいい」
「ならば、すぐ移動を。主の部屋に行けばこんのすけを呼び出せる。行きなさい」

おう、と短く答えた薬研は主を抱えて部屋を飛び出した。それを見送って、ふ、と息を吐いて立ち上がる。獅子王は特に怪我をしていないようだが、大太刀が随分しぶといらしい。我らが主をあのような目に合わせた輩には、制裁を加えねばなるまい。
一期は、姿勢を正すと再び柄にとっそ手をかけ、ゆっくりと自身を引き抜いた。

「お覚悟を」







へし切長谷部は、自分の持ち場へやってきた運の無い虫ケラどもを一掃した後、周りが静かになるまでその場でじっと待機していた。騒ぎが収まったのは、それから三十分ほど経ってからだった。各々の持ち場を決めていたことで、早く事が済んだように思う。おそらく、敵を取りこぼすことなく殲滅させることができているはずだ。
決まりに従うならば、この後は情報交換のため広間に集まることになっている。身なりを整えて廊下に出ると、ふらふらと歩く薬研藤四郎を見つけた。珍しい。怪我でもしたのか。近寄って肩を掴んでこちらを向かせる。

「どうした。薬研藤四郎。お前がふらついているとはな。酒でも飲んだのかみっともない」
……長谷部か」

もちろん、こんな状況でこいつが酒など飲むわけがないと分かってはいたのだが。やはりいつもと異なる様子の薬研に眉をひそめる。何か、あったか。いつも毅然として振る舞う薬研の心をここまで乱すこと。そうだ。

「主はどうした」

俺の言葉に、薬研がぐっと顔を顰める。まさか。

「生きてる。だが頭を強く打ったようでな。こんのすけに頼んで、今は病院に向かってるはずだ。大将がいた執務室に遡行軍が現れちまった。俺がもっと早く執務室に着いていれば、大将に怪我なんざさせなかった!いや、そもそも、俺が、ちゃんと控えているべきだったんだ!近侍の、俺が!」
「落ち着け!」

薬研がここまで感情を露わにするところは初めて見た。一体どうしたというんだ、この男は。相対する自分が冷静になっていくのが分かる。そして、こういう時は、耳が普段だったら聞き逃すようなことをよく拾う。

「まて、薬研。貴様の持ち場は主の自室のはずでは?なぜ執務室へ向かったんだ」
なんで、だろうな」
「なに?」
「良いではありませんか。結果的に主の命を救うことに繋がったのですから」

長谷部どの。そう言って現れたのは一期一振だった。衣服には所々返り血が付いている。長谷部は、常に柔和な笑みを浮かべているこの男のことがあまり得意ではない。小さく息を吐くと、薬研に向き直る。

「そうだな。この場合、主の命を救ったという功績は大きい。ひとまず、広間へ向かうぞ。情報交換を―――
「いや、謹慎にしてくれ」
「なんだと?」

何を言っているんだこの男は。やはり、様子がおかしい。主が倒れたのがそんなに堪えたのか。もしやかなりの重傷なのか?だが、主が瀕死状態に陥るようなことがあれば、俺たちにも少なからず影響が出るだろう。その気配はない。
少し、時間を取った方がいいのかもしれない。

いいだろう。決まり事に例外を作れば、つけ入る隙が生まれて崩れていくものだ。薬研藤四郎。現在議長の役を受けもつ俺が処罰を下そう。貴様は明日の夕刻まで自室で謹慎だ」
「ん、」


何か言いたげな一期一振を残し、薬研は覚束ない足取りで歩いていった。広間には向かわず、自室に籠るようだ。仕方ない。主の状況についてはおそらく、こんのすけが知っているだろう。一期一振に目配せして、広間へと向かう。本当にもう敵が残っていないのか確認するための見回りを決めなければならないし、破壊された部屋の修理も必要だ。することはたくさんある。先ほどの苦しそうな薬研の顔がちらりと頭を掠めたが、本丸を立て直すために次々と巡る思考に紛れて、そっと消えていった。