botanin5
2024-11-14 02:55:10
41522文字
Public 薬さに♀(小説)
 

そして好きを知る

ハッピーエンド
・獅子王→女審神者の表現があります。
・軽めですが、戦闘の描写があります。

自分にとって『好き』とは難しいものだった。


家族や友達は、大切で、一緒にいたら心地の良い存在。改めて『好き』と考えたことは無かった。
初めて異性のことを『好き』かもしれないと思ったのは中学生の時。同じクラスの男の子だった。毎日眺めて、話しかけて、彼の行動全てに一喜一憂して、好きだという気持ちを前面に出していたと記憶している。しかし、その気持ちは流行りのドラマに出ていたかっこいいアイドルの登場によって終わりを告げた。終わった、というよりは気持ちを向ける対象が移った、と言う方が正しいかもしれない。「あんなに好きだったのに、もういいの?」と友達に言われたが、同じクラスの彼を見ても、もう何のわくわくも、ドキドキも現れなかった。

高校に上がり、再びクラスの男の子のことを『好き』だと思った。毎日眺めて、話しかけて、彼の行動全てに一喜一憂して、好きだという気持ちを前面に出していた。かっこいいアイドルのことは、もうどうでもよくなっていた。ところで、一緒にアイドルを追いかけていた友達には彼氏がいる。『好き』な人が二人もいるの?と聞けば、彼氏への『好き』とアイドルへの『好き』は違うのだという。大切にしたい『好き』は、彼氏への『好き』なんだ、とも。『好き』の対象を同時にいくつも持てることに驚いた。その時になって、ふと気づく。


あれ?私の『好き』って、正しい『好き』なのか?


同じクラスの男の子を思い浮かべる。かっこいい。しかし、その隣に並ぶ自分を想像することは、到底できなかった。友達に「彼とキスしたいと思う?」と聞かれた。キス。きす。きっすそりゃ、できるならしたい。かっこいいし。「じゃあ、学年1の美女と彼がキスしてたら、どう思う?」あの美女と。とても絵になっている気がする。写真に撮って収めておきたい。そう友達に告げると呆れた顔で「それって、恋愛の『好き』じゃないと思う。あんたは彼の『ファン』なだけじゃないかな」と言われてしまった。同級生の男の子へ積極的に話しかけることを控え、しばらく観察だけにとどめていると、彼にはかわいい彼女ができた。少し複雑だったけれど、幸せそうな二人を見ることは嫌ではなかった。友達に「嫉妬しないの?」と尋ねられた。そりゃあ、妬けちゃう。少しの間とはいえ、追いかけていた存在なのだから。「別れてほしい?彼に自分のこと見てほしいと思う?」矢継ぎ早に問われて考えてみたが、別段そうは思わなかった。
『好き!』と伝える事が楽しかっただけで、相手に自分のことを好きになって欲しいなどと思った事が無かったのだ。


それからずっと、自分の中で湧き上がる『好き』という感情の種類は分からないままだ。







高校を卒業して審神者となった初日、初期刀として選んだ加州清光と顔を合わせて簡単な自己紹介を済ませ、満開の桜を楽しみながら本丸の中を探検した。初対面の相手と話をすることは苦手ではなく、加州も終始楽しそうに笑っていて、すぐに打ち解けることが出来たように思う。夜には二人で互いのことをたくさん話して、いつの間にか眠ってしまい、気が付けば朝になっていた。

次の日には初めての鍛刀、出陣、手入れをこなし、その日のうちに加州を含め八振の刀剣男士がこの本丸にやってきてくれた。人数が多くなりすぎてしまう前に色々と試して、部隊や内番の体制を会議で決めてしまおうということになり、全員で話し合いながら手探りで日課を行った。一週間も経てば生活にも慣れて、また新たに五振の刀剣男士を迎え入れた。

そんな事情も相まって、加州以外の刀と一対一でじっくり話をする時間を特別に作ることはしなかった。




刀剣男士という仲間の内の一人ではなく、薬研藤四郎という存在を心に留めるようになったのは、一緒に馬当番をした時からだったと思う。ひと月経つと、審神者としての仕事を自分のペースで進めることが出来るようになり、時間を持て余すようになっていた。自分だけがだらだらと過ごすことに気が引けて、近侍の加州にその旨を伝えると

「なら、俺とお話だとダメなの?え~、じゃあ内番でも手伝ってきたら?俺は安定と手合せでもしてこよっかな」

と、背伸びをしてから部屋を出て行った。なるほどそうしよう!と内番表を確認し、今まで近くで見たことがなかった馬を触ってみたいという好奇心が疼いたため、ジャージに着替えて馬小屋へと向かった。

その日の当番は獅子王と薬研で、早くからこの本丸に来てくれていた二振だった。そういえば、会議では熱く語り合ったけれど、彼ら自身のことはまだよく知らない。こうして内番を手伝っていけば、みんなとじっくり話すことができるじゃないか。そう考えるとわくわくしてきて、なにやら楽しそうな声が聞こえてくる扉を思い切り開けた。

「盛り上がってるね!」
「あっははは、薬研その顔やめ、あ?あれ、どうしたんだよ主」
「くっそ、ベタベタだ
「手伝いに来たんだけど、薬研どうしたの?」

馬小屋の中に入ると、バケツを持って大笑いしている獅子王とブラシを片手に固まっている薬研がいた。獅子王の足元はバケツからこぼれた水で小さな水たまりができている。
二人に近寄って棒立ちになっている薬研を覗き込もうとすれば、さっとこちらを向いて、なぜだかじっとりと濡れたらしい顔で睨まれた。

「恨むぜ大将
「え!なに!?なんで!?」
「いやいや主は悪くないだろ~。八つ当たりすんなって薬研」

どうやら馬に顔を舐められたらしい。
あっはっは、と再び声を上げる獅子王に、落ち着かせてやるよ、とニヤリと笑った薬研がブラシを向ける。

獅子王の話しやすさについてはひとまず置いておくが、薬研のことはハッキリとした物言いと佇まいの凛々しさに近寄りがたい何かを感じていた。しかし、案外くだけた表情もするのかこれは良い発見だ。なんだか嬉しい、もう少し踏み込んでみようか。近くに引っかけてあった雑巾を手に取って再び薬研に声をかけてみる。

「それは大変だったね、あ、顔これで拭く?」
「おう、ありがとな大将。」

雑巾を受けとった薬研は眼鏡を外し、そのまま素直に顔を―――え、うそ、ちょっとまって

「それ雑巾だよ!!」
「っはは、冗談だ」

とっさに薬研の腕を掴めば、雑巾で顔拭くわけねぇだろ、大将は存外騙しやすいなと笑われてしまった。なんだか悔しい。でも、こんな風に人をからかったり、楽しそうに笑ったりするんだ。
……可愛いな。新しく生まれた気持ちは、春の柔らかい風と共に心地よく浸透していった。




かくして、薬研藤四郎は自分にとって他の刀剣男士よりもちょっとだけ浮き上がった存在になった。
もともと抱いていた印象と違ったという衝撃も作用していたのかもしれない。
自分から話しかけることが次第に増えていって、桜が青葉へ、そして紅葉へと変わる頃には、薬研の隣で朝ごはんを食べることが定番となっていた。

そんないつもの、ある日


「や・げ・ん・くん」
「食わねぇからな」
「まだ何も言ってない!」
「皿に残ってるモン見りゃ分かる」
「くっ

ちくしょう、今日も食べてもらうことに失敗した。私がにんじん嫌いということがバレてから、心なしかにんじんを使ったメニューが増えた気がする。おのれ光忠め昼寝しているのを見かけたら、眼帯パチンってしてやるんだからな!と心に決め、薬研に食べてもらう気満々で最後まで残してしまった強敵であるにんじんの煮物を睨む。三個。三個もいるぞにんじん。今日の反対隣は江雪さんだ。絶対に食べてくれない。むしろ「好き嫌いをしてはいけません」とお小言を頂いてしまうに違いない。
諦めるしかないか……泣く泣く一つ口に放り込み、息を止めて早く呑み込もうと噛んでいると、にゅっと横から箸が伸びて一番大きなにんじんを攫っていった。驚いて隣を見ると

「今日だけ、な」

と少し笑った薬研が囁いた。

彼はそのままにんじんを口に運び、ごちそうさまでした。と手を合わせると、もぐもぐしながら台所へ食器を片づけに行ってしまった。

なんだ今のなんだ今の!!
不意打ちを喰らった心臓が、隣の江雪さんに聞こえてしまうんじゃないかと思うほどドクドクと脈打ち、体中の血液が一気に這い上がってぐるぐると耳を熱くさせた。顔が上げられない。いや、にんじんを食べてくれたからとか、そういうんじゃなくて。それも嬉しいんだけど。私ってこんなに単純だったっけ。あぁ心臓が痛い!これは、これは―――


『好き』


やっぱり私は単純だったようだ。体の奥底から湧き上がる感情にまたしても『好き』という名前を付けた。『好き』だと思う相手への行動はよくよく身に染みついていた。

それからの私は、隙あらば薬研に話しかけ、後ろをついて回り、観察した。『好き』という気持ちを伝えることが楽しかった。
今までと違うのは『好き』という直接的な言葉を使っていない事だ。好意は前面に押し出しているが、薬研に『好き』と言ったことは一度も無かった。いや、言えなかった。どんなに考えてみても、友達に教えられた『好き』の違いが分からないままだったからだ。中途半端な気持ちが乗ったままの『好き』という言葉を、安易に口にしてはいけない気がしていた。


この頃の薬研が私のことをどう思っていたか。想像するしかないが、おそらく好意はあった。とはいえ、ありふれた表現を借りるならば、それは手のかかる妹に対するようなものだっただろう。

しかし、私にはそれで充分だった。自分の中でもはっきりしない『好き』を、ただ受け止めてくれているだけの関係が心地よかった。本当に、本当に、それで幸せだった。