✣プロローグ
大きな化け物が口を開き、我々が胃の中へと飛び込むのを今か今かと待っているようではないか。
これをそう形容した人物は正しかった。
見た目と中身が伴わないことなど、殆どないに等しいのだ。
ダンジョンは事実、我々へ牙を剥いた。いや、剥きかけた。
それを止めた彼らを称えることは自然なことだろう。多少犠牲が出ていることは咎められるべきことではない。結果だけ見れば、彼らは世界を救ったのだから。
ただ、民衆は過ぎ去った危険のことなどすぐに忘れてしまう。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、その諺は人間の本質を突いているのだろう。
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頭が酷く痛む。
所謂偏頭痛のような、脳みそが悲鳴を上げているが故の痛さではなく、もっと物理的で具体的な痛さだった。
何かに躓いて、ひっくり返った拍子に頭をぶつけたのだろうか。そうだとするなら、あまりにも滑稽すぎる。
熱を帯びた箇所を確かめるため、そこを指の腹で撫でる。どうやら腫れてしまっているようだった。
岩の壁、ひんやりとした空気が漂う空間。
気を失う前、ダンジョンに足を踏み入れていたことを思い出した。
状況を把握するために周囲を見渡す。
どうやら、数名が自分と同じように横たわっているらしく、その状況に異様さを感じた。
突如として音の割れたチャイムが鳴る。
その音はまるで直接脳内で響いているような、そんな違和感を覚えさせた。
強烈な音に気を失っていた様子だった面々も体を起こし始める。
皆状況が呑み込めていないようで、困惑した表情を見せていた。
どれくらいの時が経っただろうか。
薄暗かった部屋が明るくなり、それと共にマイクがハウリングした時のような音が聞こえた。
「あ、すみません。機械の操作には慣れていないもので」
音の方へ目を向けると、そこにはマイクを握りしめ申し訳なさそうに頭を下げている男の姿があった。
何かの催しが行われるのだろうか。そう言ったものに参加する予定はなかったはずだと思い返し、先ほどにも増して混乱した。
「まずは、手荒な真似をしてしまい大変申し訳ありませんでした。ただ、サプライズ感を演出したかったといいますか
……」
視線を彷徨わせながら、自信なさげに男は続けた。
「ここは世界初のダンジョン内ホテルです。ただ、その特異さから急遽テストモニターを入れようという話が上がり
……抽選の結果、みなさんを招待させていただきました」
全く身に覚えのない話だった。
テストモニターに応募した覚えもなければ、ダンジョン内にホテルが開設されたという話も耳にしたことがない。もし本当なら、相当話題になっているはずなのに。
それは周りの人々も同じだったらしく、困惑している様子が手に取るようにわかった。
もしかして、壮大なドッキリか何かに自分は巻き込まれているのではないか。
そう考えつくのに時間はかからなかった。
「覚えがない?それはおかしいですね
……いえ、でもせっかくですし、楽しんでいってくださいね」
次第に騒めき始める面々を眺め、男は満足げに微笑んだ。
特に怪しげな儀式を強要されるでもないようで、とりあえず胸を撫でおろす。
それからはそれぞれ少しだけ周囲を見て回ったりして。
外に繋がる道も特に封鎖されている様子はないし、ドアも普通に開閉できるようだったため、特に怪しい点は見つからない。
けれど、解決していない謎も違和感もあって。
応募したことも覚えていない。俺はいつからこんなに忘れっぽくなってしまったんだと落胆していると、誰かがせっかくだし互いに自己紹介でもしようと提案してきた。
―――――――
【主人公】不動雅彦
【相棒】新庄晴空
【ヒロイン】来栖希依音
――――――
ダンジョンの中は日差しが入ってこない。
そのため、正確な時刻が少し分かりづらいのが難点だ、というのが正直な感想だった。
短期滞在なら向いているかもしれないが、長期となると時間間隔が次第に狂い始める。
それを実感したのは、1週間ほどを過ごしたところだった。
恐らくは生活リズムの差異もあるのだろう。滞在日数の認識に次第に齟齬が生まれ始めた。
「もうそろそろテストモニターも終わる頃だろう」。そう思いつつ、1か月程度が過ぎた。
その間に、ダンジョンから出て行ったものはいなかったし、長すぎると不満の声を上げる者もいなかった。
ここでの生活が楽しかったのもあるが、外の世界のように理不尽に打ちのめされることも、常に何かに追い立てられるような気分にならなかったのもあるかもしれない。
後から振り返ればいくら何でも異常な考えだったが、それでもこの時は外界から隔絶されているこのホテルが桃源郷のようだと感じていた。
馬が合わない者たちもいた様子だったが、ホテル内は概ね平和だった。
大人しいモンスターたちを愛でたり、他愛もない話をしたり、その様子を写真に収めたり。
ゆっくりと過ごしていたはずなのに、気が付けば時間が経っていた。
俺たちが最初いた部屋、広間のようなところへ集まってくれとモノリィから言われたのはそんな折だった。
皆がいることを確認し、モノリィはマイクを口元へと近づけた。
モノリィ「突然招集をかけてしまい、申し訳ございません。ですが、みなさんにどうしても伝えなければいけないことがあって」
モノリィは感情が抜け落ちてしまったかのように淡々と話を続けた。
何だか不気味な雰囲気だった。先ほどまで銘々に談笑していたはずだったのに、今は水を打つような静けさで包まれている。
モノリィ「みなさんには今から、コロシアイをしていただきます」
到底正気の沙汰とは思えない提案が為された。
隣にいた希依音が「あの時と同じ」と呟いたのがやけに耳に残った。
矢張「あ、さては何かの冗談だな!我輩は見抜いてしまったぞ!」
服部「そうだな、少々たちは悪いが
……真剣に言っているなら正気を疑うところだ」
神之「みんなの言う通りね!もう少し面白い冗談を言って欲しいところよ」
確かに、冗談だとしか思えない。
コロシアイだなんて、非現実的で、起こりうるはずのない出来事で。
ただひたすらに困惑するしかなかった。
モノリィ「冗談ではありませんし、みなさんはきっとコロシアイをせざるを得ない状況に陥ると思いますよ。そこの方たちはその身をもって経験しているはずでしょう」
モノリィが数名を指差す。それに釣られてその人物の方へ視線を向けると、確かにただ混乱しているだけの周囲とは違った表情を見せていた。
来栖「確かに、前はそういうことが起こったよ。でも
……」
宙八覡「あんなこと、もう二度と起こるはずないわ。そうでしょう」
モノリィ「いえ、ずっとここにいると衰弱死してしまうのは以前と変わりませんし、出口は封鎖させていただきました。コロシアイをして、勝ち抜いた人だけがここから出ることが出来るんです」
小鳥遊「そ、それも何かの冗談でしょ?私たちのことからかってるだけだよね!」
詠「衰弱死って言ったって、別に今んとこなんも異常ないし。そうなるまでにもの凄い時間かかるんじゃねえの」
ファルマー「確かに~。長い時間かかるんだったら、お姉さんたちのこと誰かが探しに来てくれそうだよねえ」
過去にダンジョン内で事件が起こったことは知っている。それが、下手したら世界の存亡がかかっていたようなことであったことも。
でも、俺にとってはここにいる大半の人間と同じようにどこか遠いところで起きた出来事だった。
先ほど指差されていた人たちは、何らかの形で関わっていたようだったけれど。
だから、衰弱死とか、出口を封鎖したとか言われても実感は湧かない。
寧ろ苦しまず終わりを迎えられるなら楽そうだという突飛な考えすら過ったほどだ。
ローゼ「
……いや、そこまで時間はかからなそうだ。以前と比べて、身体能力が明らかに下がっているんだ」
鍛錬不足なだけかと思っていたが、そういう理由があったとは。とローゼは続けた。
相上「
……本当に不味い状況のようだね」
五光木「彼女の言う通りなら、悠長に救助を待っている余裕はなさそうですしね」
暫く沈黙が続いた後、呟くように発言が為される。
その彼らの言葉で事態がひっ迫していることが実感させられた。
阿久津「ねえ、ちょっと良いかな。君は俺たちにコロシアイをさせたいんだよね」
紀の問いかけにモノリィは頷いて見せる。
彼の質問の意図が分からず、俺は首を捻った。
阿久津「じゃあさ、君が直接俺を殺したりとかはないよね?証明して見せてよ」
新庄「おい、そんなこと言って本当に何かされたらどうすんだよ。危ないだろ」
随分と余裕そうな表情を浮かべる紀をモノリィは真っ黒な瞳で見つめている。
そこからはなにも読み取ることが出来ず、直接見られているわけでもないのに俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
モノリィ「
……いいですよ。コロシアイが冗談ではないことも分かっていただけるようにしっかり証明しますね」
モノリィはそういうと、視線を少し上に向けた。
御子は晴空の腹から飛び出る黒い槍を呆然と見つめている。
阿久津「確かに急所からは外れてるね」
肩を貫いた相手に感謝の言葉を述べる様子を見て、俺は少しの恐怖を覚えた。
葉々「どうしよう、めちゃくちゃ血出てる
……!」
四月一日「大丈夫、じゃないよね
……ど、どうしたら
……」
怪我をした人たちに近寄るも、こんな怪我にどうやって対処すればいいのか分からない。
狼狽えるしかなかったが、天夢がてきぱきと指示を出してくれた。
モノリィ「何も問題を起こさない限り、俺たちはあなたたちを殺したりなんてしません。けど。それが出来るだけの力は持っているんですからね」
ほとんど機械じみたような無機質な声色だった。
俺たちを脅しているわけでもなく、ただ事実を述べているだけなのが益々恐怖を煽った。
来栖「大丈夫?他に痛いところない?」
小蜂「大丈夫よ。ふふ、心配してくれてありがとう」
新庄「こんなの、すぐに治るから。
……そんな顔すんなって」
神之「だって
……こんなに血が出てるのよ
……」
血だまりが出来る程の大けがだった。
徐々に広がるそれを何とか食い止めようと、俺たちは手を尽くした。
✣負傷→阿久津紀様、小蜂羽宥葉様、新庄晴空様