しくるの納戸
2024-10-05 21:54:37
21050文字
Public 狛日
 
777071

狛日/ss集

狛日/いろんな軸のいろんな小話詰め合わせ。


あきのごちそう


「日向クン、今日の夕ご飯は栗ごはんにしない?」
 イチゴジャム&マーガリンのコッペパンに齧りつきながら狛枝は言った。その最中にも右手がデスクトップに無数の文字列を作り出している。そんな狛枝と同じ姿勢、同じ動作でキーボードを叩いていた日向は、勢いよくエンターキーを押し込み、ローディングの隙間を縫って小倉あん&クリームのコッペパンを一口含むと狛枝を見た。
「なんで、いきなり」
「見てよ」
 狛枝の手がキーボードを離れ、デスクのサイドワゴンの一番下、唯一ファイルが縦における引出しからやけにくたびれたコンビニ袋を取り出す。ゴツゴツに膨らんだ袋からは、小さな棘があちらこちら飛び出している。袋から出さなくても中身は予想できた。
「ウニか」
「誰が引き出しに海産物入れるの馬鹿なの?」
 呆れた声とともにデスクの上でさかさまになって袋から転げ落ちた栗を、日向はひとつ手に取った。
「今日廊下でソニアさんとすれ違ったんだけど、彼女がお裾分けしてくれたんだ」
「ソニアが?」
「うん。いっぱい拾ってこれから雪合戦するんだって」
「雪合戦って言ったって、栗なんて持ってどうやって……雪!?もしかしてコレ投げるつもりか!?」
「さぁ?」
 狛枝は曖昧に笑う。これだけで、ソニアに巻き込まれる左右田の運命を察してしまった日向は、何とも言えない表情で袋を受け取った。……まあいいか、左右田ならそれでもソニアと遊べて喜ぶだろう。
 ずしりとした重みは、大量の栗が詰め込まれていることを右手に教える。これだけあれば、栗ごはんの他にも、栗きんとんくらい作れるかもしれない。早速献立を組み直し始めた日向は、そこではっと気が付くと狛枝に釘を刺す。
「言っとくけど、お前も手伝うんだからな」
「勿論だよ!好きなだけこき使ってほしいな!」
 狛枝の返事がそれだけやけに威勢が良かったので、思わず吹き出した拍子に粒あんをぽろっとデスクにこぼした。


「手間を掛けただけあって、美味しいね」
 ふかふかのお米を、透き通った水晶のような栗と一緒に口に放り込んで、狛枝はにっこりと笑う。それに日向はげんなりと言葉を返した。
「お前はイガを剥いただけだろうが」
「傷を作りながらイガを割ったし、茹でて熱々の皮をやけどしながら剥いたよ?」
「わかったわかった」
 これ以上の反論は無駄だと悟った日向は、ため息を飲み込んで里芋の煮っころがしに手を伸ばす。
 狛枝が栗の下処理と格闘している間に、日向は里芋を下茹でし、面取りして煮込み、そして秋刀魚を焼いて大根おろしまで剃っていたのだが、それを言ってもボクだって火を使わせてくれたら手伝ったさ!と言われるだけだったから黙っておいた。正直、狛枝に火を使わせるのはスリリングすぎる。一年前のキッチン半壊事件を、日向はまだ忘れていない。
 まあ、栗ご飯の方は、狛枝が下処理をしたらあとは程よく茹でて、米と一緒に炊飯器に放り込むだけだったからいいか。
 美味しいご飯の前では不満も長続きしない。じっくり煮込んだ甲斐もあってつゆの染み込んだ里芋を噛み締めながら、日向はいつしか、言い損ねた文句のことなど忘れて夕飯の味に夢中になっていた。
 黙って箸を動かしたり、時々何でもないようなことを話したり。狛枝の秋刀魚から骨を除いてやったり。 すっかりいつものようになっていた食卓の中で、ふいに狛枝が小さく声を出して笑い始めた。
 もう既に、日向の皿が綺麗になり、狛枝の分も残りわずかとなった頃だった。
……ふ、あははっ」
 不気味に思いながら、日向がどうしたのかと聞けば、狛枝はいやさぁ、とにやにやしながら切り出したので、まずい話題に口を突っ込んでしまったかもしれないと日向は後悔するが、後の祭りだ。
「ふと思ったんだけど、日向クンって栗みたいだよねって」
……何言ってんだお前」
「いやいや髪の毛のことだけじゃないよ? 何ていうか、あのメンドくささというかさ……ふふ、タダでは食べさせてくれないところとかそっくりなんだよね」
 手間を掛けて調理した栗を、狛枝は大事に、大事に咀嚼していく。見せつけるようなその仕草と日向に向けられた視線は、狛枝が彼に何を伝えたいのかを明確に示して、日向の目は卓上をうろついた。頬が微かに赤くなっている。
……面倒くさくて、悪かったな」
 それを誤魔化したら思いの外不機嫌に響いた言葉は、狛枝にはどう届いたのだろうか。途端、大袈裟に肩を震わせる彼の姿に、日向は失敗したと思った。頬がどんどん熱くなっていく。
 そこにひやりとした手が重ねられても、頬の熱はちっとも冷めやらず、むしろチリチリと焦げるような痛みすら連れてくる錯覚に陥る。
「日向クン、こっち向いて」
「嫌だ」
「笑ってごめんって……ね、お願い」
「嫌だって言ってるだろ」
「あっそう」
 日向の返事に肩を竦めて、狛枝は急に立ち上がるとテーブルに乗り上げ、均整のとれた顔をぐんと近づけた。茶碗に載せたたお揃いの箸が四本、狛枝のシャツに引っかかってテーブルを転がる。それを日向が視線で追いかけている間に、二人の距離は息がかかる程になっていた。
 視線を合わせなくたって、声だけで、狛枝がどんな表情をしているか日向には分かってしまう。
「そうやって手間掛けさせることで、どんどん自分が美味しい食材になっていってること、分かってやってる?」
………………………
 経験則から彼の表情を鮮明に思い描いてしまった日向は、ゾクリと跳ねた心臓に息をつめる。揺れる瞳はまだ、狛枝から逸し続けている。
 羞恥が振り切れて動けなくなっているからと、それならばいっそ、という思いつきからだった。
 いっそそれなら、思う存分、思うがままに調理してみろ。
 せいぜいお前の手で自分でも面倒臭いと思うこの「食材」を、甘く、美味しくしてみせろよ、と。
 短く、熱い息を漏らした瞬間、期待で乾いた唇が間もなく咀嚼される。
 やわく歯を立てられ、舌でころがされ、頭の中まで茹だるような感覚に、日向は、結局作り損ねた栗きんとんのことを、今更のように思い出した。