しくるの納戸
2024-10-05 21:54:37
21050文字
Public 狛日
 
777071

狛日/ss集

狛日/いろんな軸のいろんな小話詰め合わせ。



酔っ払い狛日


 ガヤガヤと人々の笑い声と話声が犇めく中、向かいのテーブルで小泉が注文を取る声が響いている。
 その隣のテーブル、つまり日向から斜め向かいでは、十神(日向たちの方だ)と終里と朝日奈が食べ物を奪い合って、十神(こっちは本物だ)に嫌な顔をされている。
 いつも通りはちゃめちゃなメンバーに、日向達に負けずとも劣らないくせ者が揃う苗木たち十四支部が集まって飲み会会場を大いに盛り上げている風景を眺めながら、日向はザーサイをつまみに手元の烏龍茶を煽った。
 どうせ途中で何かしらのトラブルが起こるんだから、もしもの際に動けることを優先した結果だった。
 同じテーブルでは腐川と苗木が、共通の知り合いらしい女子の話を延々と繰り広げている。腐川は見るからにべろんべろんでジェノサイダーと区別がつかなくなっているし、苗木はその腐川の押し付けによって、見事に酔わされていた。
 そんな中、喧騒に紛れて日向を呼ぶ声が聴こえ、日向は声の主を振り返る。通路を挟んだ隣のテーブルだ。更に言えば、声の主は左右田だった。
「なんだよ」
 日向がウーロン茶が半分残ったグラスを手に彼の下へ向かうと、左右田はげんなりとした表情を前面に押し出して、彼の正面の席を指さした。
 そこには、狛枝がひとり、テーブルの上で自らの両腕を枕にして突っ伏しているところだった。
……狛枝が、どうしたんだ?」
 気が付けば、このテーブルには左右田と狛枝以外の人間が既に皿を残して消えている。
 左右田が今にも「俺も逃げたかった」とでも言いたげな顔をしているのもあって、今狛枝は相当面倒臭い状況にあることを日向は覚悟した。
「狛枝が、」
「狛枝が?」
「ずっっっとお前のこと呼びまくっててウルセーったらないぜ……
…………はあ?」
 なんだそれ、と思ったが全員いなくなるぐらいなのだから、日向が気付いていなかっただけで、それだけ喚いてたということだろうか。
 はー、と大袈裟に息を吐いて日向は頭を掻きむしる。
 確かに狛枝はうるさい場所が嫌いだった。このような飲み会は狛枝にとってかなりストレスが溜まることだろう。
 もしくは、酔って最高潮に気分が悪いとか。
 これは八つ当たり用のサンドバッグが欲しくなったかな――日向はもう一度深い溜息をついて、狛枝の傍に膝を折った。
 彼の肩を、とん、と優しく叩く。
「狛枝、気分悪いなら外行くか?水は?」
 どうせこれらの質問は全て「要らない」で突っぱねられるから、そしたらまた今度は「どうしたんだよ」と愚痴を聞き出す体勢に入れば良いのだ、とシュミレーションを立てていた日向は、ゆっくりと顔を上げた狛枝の次の一声によって完全に思考を停止させた。
……ひなたくん」
 狛枝は、日向を見るとふわりと笑った。
 それはいつもの、日向をあざ笑う時の笑顔でなくて、例えるならば、殺し合いの起きなかったプログラムの中で彼にプレゼントを贈った時のような、屈託のない笑みだ。狛枝が起きてからは一回も向けられていないそれに戸惑っていると、狛枝は日向の、肩に置かれた手に自らの手の平を重ねた。
「こ、狛枝?」
「日向クン、ここ」
 狛枝はそう言って日向の足の項をぽんぽん叩く。
 ここに座れということだろうか。
 なんとなく甘いような気がする声にも居心地の悪さを感じながら、日向は言われるまま狛枝の隣に腰かけた。
 それに満足そうにして狛枝が笑みを深くする。
「これで、いいのかよ」
「うん」
 ことり、と肩にのしかかる重みと、頬を擽る髪の感触。
 日向はもう、どうしたらいいのか分からなかった。
 助けを求めるように左右田に視線を向けても、左右田は日向が来て大人しくなったことに安堵したのか、それじゃあ後は任せるとソニアのいるテーブルに突撃していってしまった。
 薄情もの。
 恨めども、ソニアに夢中な左右田が日向の視線に気づくわけもない。
 どう対応したものか、と悩んでいると、突然脇腹を抓られて変な声が出る。
「ぎゃ!?こら、狛枝!」
「余所見しないでよ」
「余所見ってなぁ、第一肩に凭れてんだから、お前の顔なんて見れるわけないだろ……
 そう言うと、狛枝は暫し大人しくなる。
 諦めてくれたかと安堵したのもつかの間、肩に乗せたままの頭が日向を直視してくる。
「うおっ!?」
「出来るでしょ」
 普段から想像も出来ない近さから、狛枝が日向を凝視している。
 それだけで日向の背筋はひやりと凍った。
 アルコールの匂いが濃く香る。
……無理、だ」
 だって、今俺もお前に顔を向けたら――キス、になっちゃうだろ。
 そんな事態を自然に想像して、しかもそれが、嫌悪とか不快感からの危惧ではなく羞恥からのもであることを自覚して。
 日向は、自分は匂いだけで酔うほどアルコールに弱かったかと、ある筈の無いことを思うのだった。