るいざき
2024-09-06 03:22:35
120816文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

銀環 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥

ルビコンの解放者END、その直後のお話。
ルビコン解放戦線の拠点へ合流したふたりは、ルビコニアンの抱える諸問題に巻き込まれていく。
ここに、安息は無い。

⚠️モブあり
⚠️児童虐待表現、精神的切迫、その他暴力あり

Prologue/鉄錆 1p.
1/狼は森をみつめる p2.
2/窮鳥 p3.
3/比翼の君 p8.
4/女王 p14.
5/片翼 p16.
6/曙光 p24.
Epilogue/狼はかごとなる p28.



 商店街から更に外れ、あまり身体に良くはなさそうな蒸気立ち込める裏路地へ。グリッド街の表情は、ところによりころころとまるで別物となっていく。薄暗い細道の脇には散乱する塵に散らばる注射器、ちぎれた薬包紙、パイプ。長屋造りの軒下では、ルビコンにしては薄着の女と男がもつれながらボロ屋のドアをくぐる。上の窓はガタガタを音を立てたり、如何ともし難い叫び声が上がる。
《ちょっと不潔ですね》
「エア、君は素直だと言われたことは無いか?」
《人類の繁殖行為はある程度の衛生基準が求められます。この様子では到底クリアしているとは思えませんが、大丈夫なのでしょうか》
「まあ、大丈夫ではないかな。……やけに興味津々だな」
《人類を知る以上、文化や風俗を知るのは重要かと》
 至極真面目そうなトーンで返答される。──人類を知るとは?なんだか俯瞰した物言いだった。
《レイヴンを連れる際はもう少し清潔な場所をお願いします。彼女の肌に悪いので》
「心得ておくよ」
 その意味を分かって言っているのか定かでは無いが、ラスティは幾分か丁寧に了解の旨を伝えた。
 路地突き当たりに樽小屋と呼ばれる酒場がある。店のどこにも樽の意匠も無ければ小屋の様相もなく、むしろ二階に宿泊部屋がいくつかある中型規模の酒場だ。いつどこから生まれたか分からない名だが、安酒と水煙草シーシャがある店は歴史旧く。キャラバン商隊が凍土遠征から帰還した際に、必ず訪れる憩いの場であった。
 ラスティには馴染みのある店だが、開店にはまだ早かったらしく準備中の札が扉に下げられている。構わず何度かノックしてみると、ギィと開く隙間から鋭い視線を向けられる。
「女将に呼ばれて来たんだが、まだ早かったか」
……失せろ、詐欺野郎。」
「新顔だな、なら女将に言伝てくれないか?」
「失せろつってんだろ!」
 扉が勢いよく開き、ドアベルがけたたましく揺すられ響く。ボーイらしいよれよれのベストと蝶ネクタイを付けた大男が襲いかかって来た。ドクの方がでかいが、そこそこの体格だ、などと思いながらラスティはボーイの初撃を躱す。
「穏やかじゃないな」
「黙れ!」
 体重を乗せ大きく振り抜かれる拳を、すいと膝の力を抜いて避けるとボーイはよろめく。指の感じからして別に用心棒などの無骨さは無く、赤切れが目立つところから本当に新参の給仕らしい。幸薄顔の若い男で、日系の血を感じた。髪と不精髭を整えれば中々……などと考えているうちに、素人渾身の蹴り足がお見舞いされる。地を蹴り上げひらり身をひるがえし、着地ざま飛んできた正拳突きを左手で絡め取り足払い、重心を流し、腕を背側に捻じ上げられたボーイは雇用先の壁に押し付けられた。
「あまり騒ぐとヤジが来るぞ。女将は気に入らないだろう」
「へっ、同族殺しの見世物はさぞ盛り上がるだろうよ。──おいお前ら!」
 幸薄顔のボーイが叫ぶと店の裏から数人、鉄パイプやらなにやら物騒な喧嘩小道具を手にガラの悪い給仕姿の男どもが出てくる。やれやれ、手元のボーイを盾取るか、などと算段するうちにそれはやって来た。
「そこまでだよクソガキども」
「げ、マム……
 煙草片手の妙齢の痩身女性。──灰褐色の長いうねり髪、かつて豊満だったであろう頃のミニドレスをいまだ着込んで遜色ないのが不思議だ──彼女こそ樽小屋の女将であり、つまりこの輩どもの雇用主だ。そこらのママとは一線を画す威圧感を纏っている。
「クビになりたくなきゃとっとと持ち場に戻んな! 開店準備のひとつも出来ちゃいないじゃないか!」
「でも、マム! こいつは──」
 店先でラスティに押さえつけられたままのボーイの頭を掴み取り、ガツンと額が鉄板壁に打ち付けられる。ゴワワンと金属特有の音が響き渡り、なんとも弱々しい悲鳴を上げた彼は堪らず涙目となっていた。
……人の死に様に泥掛けんじゃないよ」
 何事か謝罪の言葉混じりの悲鳴を上げながら、不良給仕たちは店の裏手へ駆け戻って行った。女将が顎をしゃくるので、ラスティは情けない泣きっ面となったボーイから手を離す。ひと睨みしてボーイも店の中へ小走りに戻って行った。
「良い番犬を雇ってるな」
「フン、ドーザー崩れの物乞いたちさ。ガキだからって目をかけてやったが、ろくでもない。……悪かったね。怪我人相手に袋叩きとは、情けない限りだよ」
 構わないよ、とラスティは肩を竦めるが、女将はもうもうと副流煙を吐き出してちらと狼を見る。
……入んな、話がある」
「ああ」

 促された店内は数十年前と変わらない。ヤニで煤けた天井と壁、いつからあるのか分からない空の酒瓶が並ぶカウンター席。座面の合皮張りははぜて内側のスポンジがボロボロと屑を散らしている。少し変わった円形ソファが囲むのは、吐瀉物跡に脱色されたり踏み固められてよく分からない柄となった絨毯と、繊細な意匠の施された三基のシーシャだ。
 昔からの樽小屋のルールに倣い、ラスティは青い硝子のシーシャの吸口を取ってひとくち呑む。ふ、と水蒸気を吐き出し、真鍮色の吸口を受け皿に戻した。
「歳食ったわね、ラスティ」
「マムは変わらず美しいな」
「そういう調子の良いとこは相変わらずか。ったく」
 灰皿と、女将の私物らしいシガレットケースがカウンター席に取り出された。ルビコン南部で最も険しい山脈と、その稜線をオレンジに染める日の出が描かれたアンティーク品だ。ボロい椅子に腰掛けて、女将のくわえた煙草の先に手持ちのジッポで火をつける。
……ジジイが死んだよ。老いぼれが先に死ぬんだと、壁に向かって死んでった。ガキどもは随分前に路地裏でスリしてるとこをジジイに拾われた。更生だってさ」
 ああ、とラスティは目を伏せる。なるほど、彼らの怒りは正当だったのだ。一発くらいは殴られても良かったかと、見てくれに反して誠心誠意店内を磨く彼らを見遣る。
……ボンクラどもは何も分かっちゃいない。志願兵のこころも、意志も」
 女将がもう一本取り出し、ラスティの口先に差し込む。金の獣目がゆるく瞬くと、爪の長い手がジッポを寄越せと指を曲げるので、銀色のそれを手渡した。
「どこぞの狼を詐欺師だ裏切り者だと言うが、アイツらは忘れちまったのかね。無力なアタシらの不都合を、たった一人のガキに背負わせて敵陣ただ中に放り込んだ罪を」
「本人が望んだことだ。たとえ総意のていを成したとしても、人々の心にそのような事実はない。あるのは結果と、現在いま下すべき罰を望む民意だ」
……フン。だから言ってるだろ」
 じり、と歳を重ねたしわがれの手が火を灯す。のぼる紫煙はふたすじ、混じって天井の煤を重ねる。
「誰も何も、分かっちゃいない」
 空き瓶と安酒のボトルがまばらに並ぶショーケース。年季の入った黄ばむ戸棚にもたれ掛かり、女将は灰を振り落とす。
……マム、彼の事は──」
「いいよ。黙って吸いな。それでいい」
 そうか、とラスティは目を伏せる。
 ジジイと呼ばれた彼は、帥叔の腹心であり、第二の育て親としてラスティを預かった人物だった。お人好しの傷痍兵。それはラスティが使命を背負いルビコンを離れた後も変わることは無かったのだろう。
──心のどこかで、彼に会えたらと期待を胸に商店街に降り立った。しかし、珍品屋のじいさんが『女将から』と告げたことから、彼の逝去を察するに至った。煙たく粗野な店に珍しい一輪の造花は、人々の記憶だけが頼りの存在しない形だ。花に弔いのこころを見出すのは有史以来変わらない人のさがなのだろう。
……なあ、マム。いずれここにレイヴンを連れてきても良いか?」
 フン、と女将は鼻を鳴らして微笑む。「看板すら見てないのかい」と、長い爪の真っ赤なマニキュアを見せつける。ああ、ここにもあの子の意志があるではないか。ラスティは目を細めて微笑んだ。
「私の友人なんだ」
「へえ! ラスティに、友人が。……はははっ、聞いてるかいジジイ。ラスティにおともだちだってさ」
 女将は目を覆って笑う。その頬に一筋、煌めくひかりをみた気がした。

 ***

 要件はジジイの湿った話だけでは無いと、しばらくして女将は口を開いた。フラットウェルから野暮用を預かっているらしい。
「いよいよ代理のおいたが過ぎてきたみたいだね。あんたにも手伝うようミドルから言われたよ。」
 そう言って女将はデータチップをラスティの掌に載せた。首筋の端子孔にそれを挿すと、いくつかの音声ファイルが視界上に並んだ。
「これは……
「クソ野郎とその取り巻き共はウチのお得意さんでね。嬢たちが色々聞き出してくれたんだ」
 まあクソ野郎は暴力が酷く出禁にしたがと、途轍も無い形相で副流煙を噴き出しながら、女将は頬杖をついた。

 帥父代理が偽薬製造関係者として疑われている理由に、彼に流通管理権限が渡ってから暫く、本来は市井に卸されるはずの備蓄品が明らかに間引かれている点だった。帳簿をきちんと検めると明らかな齟齬があり、次第に偽薬検出の知らせが上がる。その頃は乳成分の粉を固めただけのもの、数倍にまで希釈された飲み薬などが出回っており、現在のような副作用を伴うような危険物は回っていなかった。なまじ戦中の混乱期であったがために、危険性が低く、また杜撰な詐欺商売は取り締まりの緊急性はないと看做された。
 その後の調査で彼と交流ある商家が偽薬販売を行っている事までは分かっているが、具体的に帥父代理がどこまで関与しているかが分からずじまいだった。これが偽薬市場拡大にいたった理由だ。
「コーラル・ドラッグにしてもそうだけど、帥叔がここを空けてる間は本当に酷かったよ。配給は目に見えて質も量も減って、足りてる筈の電気も日中は停められたりね。難民の方じゃ若い連中がゴッソリ連れてかれたよ」
 レイヴンの一声にルビコニアンが蜂起する一方で、送り出した者達は守られるどころか不当な節制を強いられていた。ああ、その頃だ、と女将は手元の灯火を睨む。
「アンタが槍玉に挙げられた。驚いたよ、今の世代はアンタの名前すら知らない筈なのに。気が付いたら皆してアンタの名前と顔を知って、戦争の愚かさを懇々と説きはじめた。……まあ、その張本人が単身ザイレムに乗り込んで行くとは思わなかったけどね」
「てっきりリークでもされたのかと思っていたが、違うのか?」
「ああ、多分これのせいさ。おかげでアイツボーイらがああなのよ」
 女将が手元のデータタブレットからゴシップ誌の切り抜きスクショを寄越して見せる。正義の何如を問い、裏切り者の主犯格として、ラスティの顔が載せられている。どうやら壁での戦闘データも載せられているらしく、動画ファイルのリンクもいくつかあった。
「これはまた、なんとも……
「まあよく見ればフェイク画像だって分かるんだけどねぇ。」
「一応目を通しておきたいな。こっちにもくれないか?」
 女将が指で画像を弾くとラスティのHUDにデータファイルが飛んでくる。す、とそれをエアのアイコンの方へ寄せると、赤い花がファイルを受け取った。
「ありがとう。他に気になる事はあるかい?」
……これはこっちの問題だけどね」
 前置いて、女将はもう一枚画像を寄越した。売春婦の子どもがひとり、三日前から行方不明なのだと言う。
「脚気を出した子でね、薬が手放せなかった。父親も分からない子だから思い詰めてたんだろうよ。それにしたって毎日探しに出るあの子が気の毒でさ。状態は問わないから、もし見つかったら教えて」
「了解した、マム」
「あとね、あの小男のせいで商売上がったりなんだよ。安酒ですらこっちに下りてこないんじゃ店を畳むしかないんだ。早いとこ何とかしてくんない」
「それは大変だ。今すぐにでも解決して見せよう」
 す、と女将の手を取り挨拶のキスを落とす。ぎいぎいと軋む床に踵を下ろし、ラスティは吸殻を灰皿へ押し付ける。
……ああ、私からもひとつ頼み事をしても?」
「なによ」
 女将が頬杖をついてラスティを見上げる。三本目の咥え煙草は上機嫌に揺れる。
「このくらいの背丈の子の、婦人服と肌着を用意して欲しいんだ。上はすこし身幅に余裕があるといい。費用はこちらで──」
……はぁ! これだから博愛主義者は!」
 ぐわ、と女将の色気顔が一瞬にして般若の様相を呈した。
「ああ、商店の殆どから出禁同等の身の上でね。まして透かし絵の店に婦人服の扱いがあるか分からないんだ。……あなたにしか頼めない事なんだ、マム」
「〜〜〜ッ!! クソッタレ、好きにしな!!」
 今にも咥え煙草が噛みちぎられそうな歯軋りだ。別の女の話をするなど確かにご法度なのだが、ラスティははんなりと微笑み「ありがとう」と言いのける。ガッシャガッシャと音を立てながら安酒を注ぐ女将にそれが聞こえたかは定かでは無い。
「ほら、狗はとっとと仕事しな!!失せろ!!」
「あははっ、またな、マム。」
 悪童はコートを羽織るとひょいと店の戸口をくぐる。カロン、と軽やかなドアベルは昔から変わらず、ふっと微笑むラスティはそっぽ向く女将に手を振って店を後にした。



……本当にレイヴンを連れてくるのですか?》
 視界端で一部始終を聞いていたエアがそっと尋ねる。
「駄目か?」
 うーん、とエアが唸る。
《女店主は怒ると怖いので》
「あれは怒るうちに入らないさ」
 そうなんですか?というエアの素っ頓狂に裏返る声に、そうだとも、と少し上機嫌なラスティが頷く。あんなのはいつものことさ、と彼は眦をゆるめて路地裏を歩む。