るいざき
2024-09-06 03:22:35
120816文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

銀環 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥

ルビコンの解放者END、その直後のお話。
ルビコン解放戦線の拠点へ合流したふたりは、ルビコニアンの抱える諸問題に巻き込まれていく。
ここに、安息は無い。

⚠️モブあり
⚠️児童虐待表現、精神的切迫、その他暴力あり

Prologue/鉄錆 1p.
1/狼は森をみつめる p2.
2/窮鳥 p3.
3/比翼の君 p8.
4/女王 p14.
5/片翼 p16.
6/曙光 p24.
Epilogue/狼はかごとなる p28.

 

鉄錆

 Prologue

『何故我々のキャンプを襲ったんだ?』
 救難信号を受けて急行した北ベリウス山麓のキャンプでは、MTと汎用二脚によって成るキャラバンが壊滅していた。
 一体どんな山賊の集団が襲ったのかと思えば、そこに居たのはたった一人の少年だった。夜間の就寝時に現れ、音もなく生身の商人たちを屠ったその手腕はおよそその年齢に見合わぬ技量で。反響により狙撃地点を読ませず、哨戒を猟銃で瞬殺した後にナイフひとつで八名の命を奪ったのだ。
 この厳寒地域のさらに山麓で、襤褸を纏った軽装の彼の有様は異常だ。いつからこの山にいるのか、はたまた全身に浴びた返り血のせいか。酷い臭気にテントの垂れ幕傍にいる隊員が口許を手で覆い隠して眉を顰める。
 天幕奥でパイプ椅子に手枷で拘束された少年は、獣と見紛う鋭い金眼で今しがた拘束してきた高官らしき男を睨みつけている。
『先に俺たちの家を襲ったのはそっちだ。かえせ』
……なるほど。何を返して欲しいんだ?』
『帥叔、こんなガキの言い分を信じるんですか!?』
 生き残った──顔面をギッタギタにされ、包帯で巻かれたその顔は伺いしれない──商人のひとりが金切り声を上げる。
『お前たちの言い分は先に聴取した筈だが』
『御託はいい!早くそのけだものを首り殺してくださいな!なんて、野蛮な……っ』
『野蛮か、笑わせる。はじめこそ取られたものを取り返せれば良かったが。……気が変わったんだ』
『おいクソガキ──』
『痩せた子どもの股ぐらは善かったか、外道。』
『──ッ!!』
 爛々と見開かれる金の瞳、深々と染み付いた隈が涙で焼けていることに気付く。
『向こうのMTの足元。ふたつ簀巻きにされた遺体がある筈だ』
……お前たち』
 短く返答し何名かの隊員が室外へ出た。様子がおかしくなってくる商人はさぁっと青ざめてわなわなと震え出す。
 程なくして通信が入った。「少女二名の変死体を見つけた」と。
……何か他に言い分はあるかね』
『ち、ちがう、拾ったんだ!道中……そう、行き倒れていた所を……っ』
……行き倒れが哺乳瓶など持っているかね』
 指揮官らしき壮年男性は、転送された現場資料を見つめ声を低くする。近くに散乱した籠、撒き散らされた木の実、襤褸布、ガラクタは思うに乳児をあやすための玩具か。
『貴様は児童誘拐の筋で疑念が掛けられていたが、よもやこのような所でその糸口を掴めるとは』
『ひぃ、人違いだ!わたしは──!』
『連れて行け』
『はっ』
『待てよ、お前たちのせいでそいつを仕留められなかったんだ。最後まで──』
『少年』
 再び向き直る壮年男性を見上げる。怒りの滲む唸り声をあげ、ちいさな犬歯を剥いてねめつけている。
『君は自分が何をしたか理解しているかね』
……あ?』
『このキャラバンはベリウス人民の生活を繋ぐ必需品を運んでいたのだ。たまたまこの異分子が紛れ、検挙にはいたったが。実に「偶然」だっただけだ』
『何が言いたい。』
 男はかがみ込み、身を乗り出す少年の肩に手を置く。……その皺の刻まれた藍色の眼光は金の輝きに拮抗する。
『君の復讐で何人死んだ。あの商人はともかく、死んだ連中は熟練のトランスポーターだ。その経歴も君が生まれてから今日までの月日とは比べ物にならないほど、長い』
『貴重な人材を失った?』
『それでは足りない』
『俺に責任を取れ?』
『中々聡いな。当然そのつもりだが、論点はそこでは無い』
『いい加減にしろよ老いぼれ。俺は家族を奪われ………………。』
 金色が揺らいだ。
『彼らは長く険しい往路を貨物を守りながら旅をし、遠く離れた家族のため、ひいては民のためにその身をやつして物流を担っている。並大抵の覚悟でまっとうできる仕事では無い』
 男は項垂れた少年の前に腰を下ろした。黙した狼が思案する表情は、先の威勢と打って変わり内省する子ども特有のそれだった。
 暫くして、ぽつりか細い声がした。

……俺は、肺が弱い。』
『ベリウスの風土病だな』
 かつてのアイビスの火の灰塵は廃墟市街から巻き上がり、風土や人の肺を侵す。ルビコンは一見して氷雪に覆われた寒冷惑星だが、偏西風の具合により巻き上げられた積灰が大気中の水分と融合し氷雪となって降り注ぐ。灰混じりの雨雪もまた人体には悪く、心肺機能の弱い者には寿命を縮める要因となってしまう。
『弟たちはまだ幼いから、力仕事は俺がやらないといけない。狩りもそう。でもよく息ができなくなって倒れる。……だから姉さんたちが森に行く。食べられる木の実や植物には、二人はすごく詳しかった』
 ぽた、微かな煌めきが、長く伸びた髪の合間から覗く。
義母はははくちべらしに捨てられる子たちの世話で忙しい。姉や兄が動かないと、弟妹きょうだい義母ははも飢えて死ぬ。昨日も、赤ん坊が寒さに耐えられなかった……
 男はふと思考を巡らせ、やがて目を伏せた。人里から程近いものの険しい山道は大人でしか踏破できない。この山麓はコーラルの乏しい辺境で行われる人捨ての地のひとつだった。
『外の人間も、あの腐れ外道も許す気は無い。俺たちが苦しいのは、生み出した命を簡単に棄て、私欲で弄ぶ奴らのせいだ……!』
 ぼろぼろと涙滴を降らし、少年は吼える。
『──でも、家族がどんなものか……どんなにこいしいものかは、しってる。俺が何を奪ったのかようやく分かった、だけど。……俺には俺の矜恃がある』

 ルビコンの貧困と困窮が生み出した獣は、斯くも気高く。
 その姿を憐れむ気は、とうに男の頭からは消え去っていた。
『ならばその戦闘能力、我々の組織が育てることにしよう』
……何故』
『民意で推し量るには惜しい力だ。それに、まだ子どもだ』
……うるさいな』
 悪態をつくが、既に藍色の眼をした男は気にする様子もなかった。何か、羨望ともにた眼差しを向けられている事に気付き、やや狼狽える少年はちらりとその顔を覗き込む。
……俺はお前たちに使われるに値するか?』
『さあな。君の努力にもよるだろう』
『ならこちらも条件がある。お前らにとってはたいした内容じゃない』
『取引を持ち掛けるとは。話だけは聞こうか』
 ぎゅっと瞼を閉じ、涙を振り払う。
『二人を……姉さんたちを、家に帰したい。お前たちもそうするんだろう?』
 澄んだ金の眼は、陽だまりを思い起こすあどけなさが滲んでいた。
『そのようにしよう』



 手枷が解かれ、少年が立ち上がる。素足の彼は、男に倣ってテントを出た。
『──帥叔?』
『うん?』
『なんて呼べば良い』
『ミドル・フラットウェルだ。少年の名は?』
『無い。ただ兄、坊やとだけ』
『そうか』
 積雪を拓き進む痩躯。鉄錆塗れの少年が抱く、黄金のこころを眺める。
『──ラスティ』
『ラスティ?』
『錆色……君の起源だ』
……気に入ったよ、フラットウェル』
 銀世界に独り、黒い森を見つめ佇む狼。

 斯くして彼は、ルビコンの夜を生きるさだめを背負った。