るいざき
2024-09-06 03:22:35
120816文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

銀環 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥

ルビコンの解放者END、その直後のお話。
ルビコン解放戦線の拠点へ合流したふたりは、ルビコニアンの抱える諸問題に巻き込まれていく。
ここに、安息は無い。

⚠️モブあり
⚠️児童虐待表現、精神的切迫、その他暴力あり

Prologue/鉄錆 1p.
1/狼は森をみつめる p2.
2/窮鳥 p3.
3/比翼の君 p8.
4/女王 p14.
5/片翼 p16.
6/曙光 p24.
Epilogue/狼はかごとなる p28.



 外は薄暗く荒れた様子の廊下が続き、自身が囚われた一室と似たような鉄扉が向かい合わせにズラリと並んでいた。これら全て、あの白い部屋なのだろうか。
 銀の糸は部屋から途切れずに続いている。おそらくこれが繋がっている限りは死ぬ事はない。……という事にして、レイヴンは隣室を覗き込んだ。
 女の子だ。自分よりもずっと幼い子どもが、同じような拘束衣を着せられて、装置と輸液をされている。虚ろに開かれた瞳は赤く濁り血走っている。
……嘘、うそだ』
 毛髪を刈り取られた頭部、こめかみにはちいさな孔がある。これは脳への侵襲を最低限に抑える術式だ。孔の上方には見慣れない金属板がインプラントされているが、これがおそらく頚椎端子と同義のものか。ああ、つまりこの子は。
『新たな強化人間の術式……? それも、コーラルを……
 廊下に舞い戻り、突き当たりまでを見通す。じっと集中してみると、ひと部屋ごとにコーラルの赤い靄が見える。
 闇医者などが非合法あるいは人道に悖る行為として第四世代強化手術を施す例はあるが、この様な規模での実施は有り得ない。解放戦線がまさか……いいや、ここは恐らくかの地ではない。
 銀髪少女に手を引かれ回廊を進み、隔壁の電子回路を通り抜けて広く明るい区画に出る。壁面にはその社名を声高に掲げるように、アーキバスのロゴとファクトリーの文字が見えた。身の毛がよだつ、思わず少女の手を解き、その場に立ち尽くした。
……ウォルター……
 弱々しく吐き出された言葉は泡粒のように揺らめき、少女の頬に触れて弾けた。銀色の粒が幾つも宙に浮かんでは、ぱちぱちと弾けて煌めく。
 淡く発光する手が、両手で瞼を塞ぐ。ぐしぐしと雫を拭って頬を包んで、赤い瞳が困った様に顔を覗き込ませた。
……すみません。もう大丈夫です。行きましょう』

 程なくしてハンガーらしき場所に辿り着く。スポットライトに照らされた機体はコアとヘッドパーツのみが接続され、天井から吊り下げれている。
『脳波同調の設備……。機体は……コーラルの制御導体?』
 白亜の体躯、有人制御を視野に入れていないフォルム。621はこの機体を知っている。
『シエルって、まさか。アイビス?』
 銀髪少女はじっと己の身体を見つめている。ふと背後から足音が近づくのを聞いて、621は思わず身を潜める場所を探すが、すぐに無意味だと思い出した。
「ではジェイミー様、はじめます」
「よろしくお願いいたします」
 研究員らしい白衣の人々と、頭一つ大きな身なりの良い男がストレッチャーを押してやって来る。あのベッドの女の子と同じような術式を施された青年は虚空を見つめたまま微動だにせず、コーラル導管を機体へ接続される。
「Cパルス照射開始」
 ハンガーに電力の廻る音が響き渡る。もや、とした波が青年に押し当てられてはその輪郭を歪め、身体から何かが溢れ出す。
『あっ』
 見える。形にならない叫び、言葉、自我を噴き出しながら、真っ赤に染まった波形がちぎれながら肉体を追い出される。
『シエル、いけません!彼を、彼らを止めないと!』
 621は堪らず駆け寄り、青年の綻びた波形の手を取った。
『集中してください。貴方を忘れてはいけません! 落ち着いて、わたしの声を聞いてください!』
 波形は抗う、暴れる度に彼を象る輪郭は砕け、不協和音が最高値に達する。触れる場所からその不協和が己にまで響く、このままこれに同調してしまえば、巻き込まれるかもしれない。じりじりと崩壊が爪を剥がしていった──その時、シエルが621を突き飛ばした。
『!! どうして──』
 波形が一閃眩い光を放った。だがそれは長く続かず、次第に黒々とした人型のような塊になり。ぐしゃりと崩れて散り散りとなる。
 呆然と立ち尽くす621の手のひらに、彼の破片がある。そっと指を開くと、同じ黒珊瑚の灰が舞い散るだけだった。
 生命活動を停止した長音と恐ろしく落ち着き払った男声が耳に届く。
「──照射やめ。彼には出力が高かった様だ。次は落とせ」
「ここまで個体差があるとは、いやはや至難の業ですね……。レイヴンはまだ目覚めませんか?」
「元より長い治療を要する損傷でしたので、もう数日は掛かりそうです。治癒促進剤を打ってはいますが、昏睡を無理矢理目覚めさせては脳に支障が……
「そうですよねえ、困りました。……まあ貴重なサンプルですから、やはり丁重に扱いましょう。ああ、ある程度の改造も工程に含めて構いません。引き続き通常サンプルを用いて試験してください」
「かしこまりました」

 彼らはベッドを引いてどこかへ消えていく。だが、621にはそれを追跡する気力は残っていなかった。そのままへたりこみ膝を抱えると、シエルもその隣に腰掛けた。ふと彼女の機体の周囲を見ると、今際の残滓がそこここに残留して、時折不気味なゆらぎを発している。
──ナガイ。
……?』
 俯く少女がぽそぽそと呟く。弱々しい波形が頬に触れて霧散していく。
──ナガイ、どこ。さみしい。……ここ、嫌。約束守れない。
…………

 さみしい。同じ響きが621の胸にこだまする。約束、そう。果たしたい約束があったはずなんだ。
『どんな約束をしたんですか……?』
──心臓をまもること、ひとびとをまもること、コーラルをまもること。
……わたしが、奪ってしまった……
──違う。
 珊瑚石をはめたような双眸がこちらを見据える。
──ずっと、ずっと、ずっと、ひとりだった。もう、終わりたかった。ナガイのところ、行きたかった。約束はやぶれない。矛盾。キミが終わらせてくれた。
……!』
 珊瑚石が瞬いて歪む。泡沫のような小さな波形が浮かんでははじけて消える。泣いて、いる。
──どこにいる?
……空の上に、いるかも』
 空?と彼女は上をむく。ハンガーの煤けて暗い波の屋根、張り巡らされた鉄骨、眩しいほどの照明。無機的な景色に閉じ込められたふたりに、夜明けも黄昏も無かった。
『わたしの、会いたい人もきっと、空の上にいるんです。……多くの人は、空の上に行った方々のために、お祈りをするんです』
──どうやる?
……えっと』
 輪郭がもやもやと揺らぐ、自身の両手を見下ろす。肋骨の内側で膨らんで破裂しそうなこの痛みを、ひとすじ立ち上る煙のように昇華する儀式。だが621にはその形態を思い出せない。
……ごめんなさい。わからない……
──だいじょうぶ。
 気にしないと言うように、銀髪少女は621の傍に身を寄せた。