るいざき
2024-09-06 03:22:35
120816文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

銀環 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥

ルビコンの解放者END、その直後のお話。
ルビコン解放戦線の拠点へ合流したふたりは、ルビコニアンの抱える諸問題に巻き込まれていく。
ここに、安息は無い。

⚠️モブあり
⚠️児童虐待表現、精神的切迫、その他暴力あり

Prologue/鉄錆 1p.
1/狼は森をみつめる p2.
2/窮鳥 p3.
3/比翼の君 p8.
4/女王 p14.
5/片翼 p16.
6/曙光 p24.
Epilogue/狼はかごとなる p28.



「さて、レディ・エア。どういう事か説明してもらおうか」
 帥父が退出した礼拝堂にて。剪定された造花を眺めながら帥叔は問う。
《騙すつもりは無かったのですが、しかし……身体なき波形と説明した所で、聞き入れてはもらえないでしょう》
「それはそうだが。……つまり変異波形というのは、素質ある者にしか聞こえぬ存在。それが今はこうして、誰とも対話できる状態にある、と」
《その通りです、帥叔フラットウェル》
「そして君はコーラルの……ひいては我々ルビコニアンの命運を左右する引鉄である、と。……なんという話だ」
 これには帥叔も深い溜息をつく。そこのドクに至っては話についていけぬといった様子で、造花の青い花をぼんやりと愛でている始末だ。

「こんばんは、帥叔。珍しいですね」
「?」
 誰もが頭を抱える礼拝堂に来客があった。代理と同じようなスカーフを纏った長身の壮年男性だ。あまり特徴のない顔立ちは年齢感すら掴めず、なんだか強化人間のモデルドールのようだなとラスティは思った。
「ああ、これは政務官殿。帥父に用事でも?」
「いや、そういう訳では無いですよ。今日は日曜日ですから、ここで少しお祈りをしてから帰るんです。」
「それはそれは……。ああ失敬、では我々はお暇しよう」
 帥叔に促され、ドクは立ち上がる。しかしラスティは聖書をめくる男をじっと見つめる。
《どうかなさいましたか、ラスティ》
 流石に肉声では喋らず、エアは再び秘匿チャンネルで尋ねた。
……政務官殿、少し良いだろうか」
「ええ、構いませんよ。……ええと、貴方はたしか……
「ラスティだ。帥叔の雑用のような事をしている。暫く不在だったのだが、その間に配属されたようだな」
「ええ、その通りです。僕も暫くはシュナイダーに在籍していましたが、こちらへの配備に志願しまして。お噂はかねがね聞いております、ラスティさん」
「悪い噂ばかりじゃないかな」
 苦笑しながらラスティは手を差し出す。政務官は躊躇いもなく握手に応じた。
「ああそれから、これも雑用の一環なのだが……
 ラスティは携帯端末を政務官へ手渡す。彼は写真を眺めるとラスティを仰ぎ見た。
「この女の子は?」
「数日前から行方知れずという事で、捜索依頼が出された少女なんだが。何か心当たりはないだろうか?」
「うーん、流石に……分からないな、すみません」
「いいや、ありがとう政務官殿。もしかしたら程度の聞き込みさ」
 ラスティは携帯端末を受け取り会釈する。その道すがら、エアに囁き掛けた。
「エア、この音声ログとファイル2の声紋照合を頼む」
《え? 分かりました。……あの、私は協力要請をしただけで、雑用では──》
「これもテストの内さ。レイヴンを雪原に放り出されたく無ければ頑張ってくれ」
《するつもりもない事を言うべきではありませんよ》
「さあ、どうだろうな」

 ***

 礼拝堂を出てエントランスホール。ラスティは携帯端末を──液晶面ではなく、背面を眺めながら音声通信を開始する。
……やあマム、先程ぶりだな──まあ待ってくれ、今度はレイヴンの用事じゃない。例の捜しびとについて頼みたいことがあるんだ……
 何やら件の女将に依頼があるらしい。忙しの無いひとだとエアは思いながら、音声ログ照合の片手間に盗聴している。と、何やら孤児院の方が騒がしい。
《帥叔、どうなさいました?》
「ああ、エアか。どうもここの子どもたちが何人か居なくなったらしいんだ。つい数分間の事だ」
「お夕飯の支度をして、部屋へ配膳しに行った時にはもう……ああ、私がもっとしっかりしていれば!」
 憔悴しきったシスターが帥叔に支えられながら嘆く。擁した同胞、それもまだ幼いものが消えたとなれば、これ程までに取り乱すのは無理もないと、エアは同調した。
《少し部屋を調べてみませんか? 数分の出来事なら、まだどこか近くに居るはずです》
「そうだな。……シスター、子どもたちの部屋を見せては貰えないか?」
「勿論です、こちらへ。お願いします……っ」

 教会横、孤児院へ通された帥叔とドク、それに伴うエアは軋む木製廊下を進む。開けっ放しのドアを幾度も潜りながら、子どもたちも自分たちの友人を探し回り、泣き出し隅に座り込む子も居た。
「可哀想に……
「帥叔、俺ァこの子らの相手をするから。調べモンはエアと二人でやってくれ」
 丸サングラスの奥が既にくしゃくしゃの表情となったドクが足早に泣きじゃくる子へ向かう。「ああ、頼んだぞドク。」帥叔はシスターが待つ部屋へ歩を進めた。
「体調不良の子はこちらへ、一時的に隔離して看病しておりました。」
 腰高のキャビネット上に、配膳予定だったであろう糧食のリゾットが置かれている。まだ僅かに暖かな湯気をのぼらせる夕食が本当に一瞬で子どもたちが消えた事を示す様だった。
《ベッド下などに隠れてたりは……
「しなさそうだ。……この窓から逃げたのか」
 小さなベッドが四つ壁際に並び、中央通路の正面に窓がある。下層であるため、中層以降のような飾り格子はなく、外を覗き込むと屋根伝いに路地へ降りられる様だった。
《あら、屋根に落し物が。》
「シスター、少し失礼するぞ」
 ひょいと帥叔が窓枠を飛び越えて屋根に降りる。トタンを慎重に踏み、樋に引っかかったぬいぐるみを拾い上げた。
……そんな、まさか》
「何か分かるか、エア」
《微弱なコーラル反応があります。肌身離さず抱えていたものだとしたら、汗や涙から染み出したものが付着したのかも……
「おい帥叔、修道院で屋根上りとは。バチがあたらないか?」
 軒下から声が掛かり、帥叔は下を覗き込む。そこにはパレットを何層か詰んだ台車を押す商人とラスティが居た。
「何をしているんだラスティ」
「それはこっちのセリフだ。ああ、彼は中層で屋台をやってる主人だ。孤児院に用があったらしいが、シスターが見つからなくてな」
「シスターはこちらに居るが、緊急事態だラスティ。おそらくコーラル混入剤を服用した子どもがまとめて消えた。ここから脱走した様だ」
「何?」
 ラスティは傍の店主と顔を見合わせた。
「居なくなった報告は五分程前の事だ。そちらを回ったのなら、姿は見なかったか?」
「いや、見ていない」
「そろそろ厳寒期が近いせいか、みーんなサッサと家に入っちまってるから通りはガラガラさ。見りゃすぐ分かるはずなんだが……
 店主はみるみる顔色を悪くする。これは大変な事になったとひとりごつ、ラスティはそれに頷く。
「ともかくそちらへ行くよ。帥叔」

 屋台の主人はドクと協力して、混乱した子どもたちにまんじゅうを配り落ち着かせているようだ。それから騒ぎを聞きつけて戻ってきた帥父とフレディは、年長の子らと共に遅れた夕食の配膳や乳幼児の沐浴などをしているらしい。少しだけ平常を取り戻した声がデイルームから聞こえてくる。
「残った子どもたちにも対応してくださるなんて……申し訳ありません、なんとお礼申し上げたら」
「大丈夫ですよシスター。あなたはすぐ我々に知らせてくれたではありませんか。その混乱も愛ゆえです」
 シスターは涙を堪えてハンカチを握りしめる。「……これが、今朝子どもたちに与えたお薬です」と、籠から空の薬瓶を取り出した。
「ここのお薬はドクターが用意してくださる物なので、安心して使っていたのですが……。ああ、何故……こんな事に……
「残念ながら、その安心を脅かす者が居るようです。」
……シスター、その瓶を少しお借りしても良いだろうか。もしかしたら何かヒントになるかもしれない」
 ラスティは片膝ついてシスターの顔を伺う。嗚咽を抑えて頷く彼女に微笑んで、彼は薬瓶を受け取った。
「エア、これにコーラルの痕跡は?」
……あります。先程帥父代理に飲ませたものと同じものかと》
「同じ?」
《ええと、波長の具合でしょうか。……このコーラルは通常の活性コーラルよりも、何か……プログラミングされたような形跡があるような……
 エアが暫く黙り込む。おそらく残留コーラルの痕跡を探っているのだろうが、暫くしてふうと溜息が聞こえた。
《すみません、残留分は既に不活性化しつつあり、精細な解析までには至りませんでした。……ですが、何かの数列を見つけました》
「どんなものなんだ」
……D3、6、ですね》
「廃区セクション3……6?」
 ラスティが帥叔を振り仰ぐ。顎髭をさすって脳内地図を巡っていたらしい帥叔は、ああと声を上げた。
「その辺で6と言えば、貨物プラットフォームの6番線か?」
……まずいかもしれん、早く追いかけよう」
「お、お待ちください!私も捜しに行かせては頂けませんか……っ」
 立ち上がるラスティにシスターが縋る。ラスティはその腕を解き、肩に手を添える。
「貴女にはここで子どもたちの平穏を守って欲しい。彼らには貴女が必要だ。そして貴女には、帰ってきた子たちを暖かく出迎えて欲しいんだ。……頼めるかな」
 金の眼はしっかりと、涙ばかりの双眸を見詰める。揺らぐ蒼い瞳がぐっとつぶられて、雫を振り払った。
……分かりました。そうです、子どもたちをひとりにするわけにはいきませんね……
「ありがとうシスター。必ず子どもたちを見つけてくる。それまではリングやドクを頼って良い」
「はい……! 灰被りて我らあり。皆様に恵みの加護があらん事を……
 手を組み、彼女はラスティと帥叔へ祈る様に頭を垂れた。

 

 廃区、住居区から通路ひとつ逸れた、廃工業地区の俗称だ。
グリッド中層、上層までの区画を住居区と呼ぶが、そこも過去は廃工業地区であった。ボナデア砂丘の井戸枯渇から見切りをつけ移住後、少しづつ改装改築を進めて生じた人々の営みは枝葉を伸ばすように地区を変え、今尚廃区の一部は増改築を施され再生しつつある。
 セクション3、ここもその余波が及ぶ区画だが、迫る厳寒期を前に一度施行が中止されている。温熱ボイラーの支脈が配管されていないグリッドは極寒を超えたニヴルヘイムとなるため、次の春を待つのだ。
「帥叔、ポイントAで子どもたちを回収してくれ。私は6番線を見てくる」
「そこまでは一本道だ。確実に回収できると思うが……
「いや、私が見たいのはそこに何があるのか、だな」
 なるほど、と帥叔は頷く。そうする内に、バラック街の大広場に輸送ヘリが飛来した。
<ACスティールへイズ、到着しました!>
「御苦労。ハンガー、リリース」
 ヘリの後部からACが現れ、そのまま降下してくる。COMによる自動制御を介した夜鴉は二人の前に着地すると、搭乗用姿勢となり腕部を下ろす。
……下層の行方不明者捜索は明日だな」
「6番線の調査が終わり次第帰投し、休息を取れ。そちらは……エアに協力を頼もう」
《よろしいのですか? てっきり、もう……
 帥父によってその正体を暴かれ、不信を買ったと思っていたらしい。帥叔は帥父にならい、ラスティの傍の辺りを見遣った。
「その実力は先程から如実に証明されている。貴女は先に信頼を獲得したのた、レディ・エア」
《必ず、お力になれると思います。……という事ですから、よく休んでください、ラスティ》
 休んでください。何だかレイヴンのような口癖だと、ラスティは一瞬言葉に詰まる。最後に彼女と会話したのは今朝の事だ、それなのにもう何年も話していないような懐かしさを覚えた。
《それから、6番線の調査は私も同行します。何も無ければ良いですが……
「気を引き締めて行け、ラスティ。子取りはこの街の大辟であると、隠れ潜む罪人に見せしめるのだ。」
 帥叔が見上げる先、スティールへイズの手に乗りコアハッチへ、軽々と跳躍するラスティはキザな敬礼を送った。
「了解した、フラットウェル。好い戦果を期待してくれ」
 朱緋のブースターを噴き、スティールへイズは新月の宵闇に飛翔する。



 6番線はかつてグリッド間の貨物輸送を担う主要路線だった。アイビスの火以降、空中に張り巡らされていた貨物経路の損害は酷く、大型車両による貨物輸送は殆ど利用されていないようだ。
 とはいえ、あくまでも軍部では6番線系統の線路復旧をしていないだけだ。アイボールのように帥叔の目の届かぬ場所で補修されているという可能性もあるかもしれない。……というのがラスティの懸念事項であった。
「コーラルに細工をして、行き先を指定するとなると。人攫いを危惧してしまうが……
《人攫い?》
「知らないか、エア? 薄汚れたローブを纏った、2メートルはありそうな男が麻袋を持って街角で人を攫うんだ」
《そんなまさか。麻袋での運搬は非効率ですよ》
「ルビコンじゃ子どもに言う事を聞かせる常套句なんだがな……
 しかし誰が、何のためにそんな事をするのだろうか。しかもその矛先は衰弱と飢餓に苦しむ子どもたちだ。
……。」
《ラスティ、脳波が平時より乱れていますが。何か他にも気になることがありますか?》
「そんな事まで分かるのかい、君は。いよいよ思考まで読まれてしまいそうだ」
 カラリと笑うが、すぐにコクピット内は駆動音だけの静寂に包まれる。軽く息を吸って吐いて、ラスティはかすれた3の文字を壁面に見つける。
「大昔の話だ。子捨ての風習にかこつけて孤児を攫い、労働力や売春を目的として売買する市場がルビコンにあった。それに終止符を打ったのは若かりし頃の帥叔という訳だ」
《つまり貴方も、その被害や危害にあった?》
「まあ、そんな所だ」
 滑走するスティールへイズが巨大なゲート前で立ち止まる。セキュリティゲートは通電しておらず、どこかに繋がる基盤を操作しなければならなさそうだ。
《あちらです、ラスティ。……電気系統の損傷が殆どありませんが、これは最近修繕された痕跡があります》
「流石だなエア。さっそくの手柄じゃないか」
 踵を返し、しなやかな跳躍でスティールへイズは一段上方にある小部屋へ向かう。確かに、真新しい修繕ドローンと換装したらしい古い導管などがそこに転がっていた。
「BAWS製ドローン。解放戦線で使用しているものと同型か、あるいは格納庫から盗まれたか……
《──通電完了しました。行きましょう》
 ひらり舞い戻り、砂埃を散らしながら重々しく開くゲートの隙間から内部を伺う。監視ドローンやカメラの類は検出されなかった。
《見つかってしまう事を危惧していないようですね》
「実際、セクション3の改修目的は物資倉庫の増設だからな。人通りは少ないから必要ないと踏んだのだろう」
 まして誰もコーラル特性を利用して人を操り誘導しようなどと、発想はあっても実行には至らない筈だ。この主犯格を捉えるのは安易では無いと予想される。
 八列並んだ巨大な線路が横たわり、右手方面へ伸びている。その先にはシャッターが降りているのが大抵の構造だが……
……どうもこれから列車が来るようだな。」
 開け放たれた線路の向こうから、確実にこちらへ迫る白い電灯がちらりと見えた。
『──ラスティ、こちらフラットウェルだ。件の子どもたち、四名を発見し保護した。……やはり6番線までの直通昇降機を目指していた様だ。意識混濁、あるいは催眠のような状態となっている』
「スティールへイズよりラスティ、了解した。こちらは──」
《! 開口部方向より機体反応検出。接近しています!》
「何だ……?」
 スティールへイズのカメラアイが外へ向く。翠眼が捉えたのはやはり彼方の列車。いや、車体の影に紛れて、ブースターの穂先が微かにチラついている。
『──…………。──』
『何があったラスティ』
「おそらく、敵襲だ。交戦する」
『了解』
『──ぉ、…………──』
《所属不明AC、接敵します!》
 瞬時に詰め寄る、BASHO一式の迷彩塗装の機体。右腕部には黄緑の特徴的なデカールがあしらわれている。
「代理?!」
『あぁ、わ、ぅわあああああ!!』
 タキガワのブレードが乱雑に振り回され、壁面にレーザー特有の焦げ跡を残す。軽量機体のスティールへイズはかすり傷ひとつ付けず背面へ回り込んだ。
《脱走?!でも何故──あ!》
「そうか、あの時飲んだコーラル……!」
 奇声をオープンチャンネルに垂れ流しながら、VP66LRを振り回す。旋回間に合わぬまま乱射されるレーザーはそこかしこに穴を開けていく。背面兵装は……
「ん? VE-60LCB……どういったアセンブルなんだ……?」
《ロックされていますラスティ!》
『んわぁあああああはぁ』
 破壊光線よろしく、両肩に乗せられた極太ビームがスティールへイズ目掛けて撃ち込まれる。が。
 爆煙を引き裂いてチャージショットの弾丸と共に間合いを詰める。蹴爪がBASHOのコアに必中し姿勢制御を失った所を、レーザースライサーがすかさず絡め取り刻み込む。奇行のACは大した損害を齎すことも無く、夜鴉の足元に倒れ伏した。
……キバス……助け……。嫌だ……
《脚部および腕部損壊、コア内部損傷率20%。搭乗者……ええと、サー・マルクス、生存しています》
「おい死ぬな元代理。あんたには喋って貰わないとならない事が山とあるんだ」
 何やらうわ言を呻く通信音声の合間に、汽笛と車輪の轟音が割行ってくる。減速によるけたたましい金切り音をあげ、貨物輸送列車は入場した。線路上に転がった代理のBASHOをやや轢き倒しながら。
《あぁ……。》
……フラットウェル、交戦終了だ。マルクスが審問部から脱走している」
『了解した。……はあ。担当部署とハンガーにはこちらから通達しておく』
 まあ線路端に車両と挟まれている以上、逃げるも動くも出来ないだろう。ラスティはカメラアイを車両へ向けた。
……無人列車のようです。いつ発車してしまうのでしょうか》
「ふむ。降りて調べてみよう」
 丁度よくコアハッチから降りられるような鉄階段の踊場がゲート傍の壁面にある。コクピットのシート横、ホルスターに納められた拳銃とマガジンを手に取り、チャンバーチェック。
 グレーチングに降り立つと、コートを避けながらホルスターをベルトに掛ける。
《それは何に使うのですか?》
「ん?ああ、これの事か?」
 腰の獲物を軽く叩きながらラスティは鉄階段を降る。拳銃を知らないあたり、本当に人間では無い知的生命体の類なのだなと、姿の見えぬ同行者に興味が湧く。
「人間が手にした悪魔の道具さ。ACの源流とも言えるか」
《闘いの道具なのですね》
「今は護身用として持ってきたが、結局他人の命を奪える事に変わりない。昔はこれが戦争の道具だったらしいが、ヒトはいつも同じ事ばかりしているな」
 二階の踊り場に差し掛かり、ラスティは手すりに足を掛けるとそのまま飛び降りてしまった。
《あの、ラスティ。レイヴンはそんな危なっかしいことをしないのですが》
「驚かせたか?」
《とても》
「ふふ、シュナイダーはじょうぶな強化人間を造るのが上手いんだ」
《はあ》
 コート裾をぱんぱんと手で払い、寒風避けにフードを被る。「さて」と添え木付きの手指をパキパキ伸ばし、ホルスターから拳銃を抜いた。
 先程の接敵とはまた異なる緊張感だとエアは思う。ACという鋼鉄の鎧が使えない状況を彼女は想定していなかった。いや、そんな手段を取るとも思い至らなかった。今後もしレイヴンが同じ状況となった時、導けるようにならなければ。
 貨物列車は乗客を待ち構えるように、その鉄扉を開け放ったままだ。コンテナ内部は暗く、その様相は覗き込むまでは判然としない。
「さあ、乗客チェックの時間だな」
 鬼が出るか蛇が出るか。波形も思わず息を呑む。


 外部補助デバイスの機能のひとつ、暗視モードと補正を自身の眼に適用する。エアによるスティールへイズを介したスキャンでは武装勢力などの大多数の反応はなく、いくつかの不鮮明な反応があるだけだと言う。例えば何者かが乗っていた場合、徒歩での逃走などを想定すると生身で対峙する方が良いだろうというのがラスティの判断だった。
「ここは空だな。二両目に行こう」
 コンテナは全部で五両だ。仮にこれで人を輸送するにしても、防寒も座席も無いただの貨物コンテナでは凍死してしまいそうだとエアは思う。と、ラスティが動きを止める。
「エア、バイタルチェックを」
……ダメです。機能停止してから数日は経過しています。何度このコンテナで往復したのかは分かりませんが、凍結により屍蝋化が進んでいます。それから……喉から食道にかけて、不活性コーラルの結晶が付着しています。おそらく例の偽薬でしょう》
「分かった。回収して、DNA鑑定に回そう」
 真っ暗なコンテナの隅に、肩を抱いて蹲る痩せ細りの遺体があった。腕の隙間からは今際の苦悶の表情が涙と霜にまみれて凍りついていた。
……エア、プラットホームの制御盤を捜してくれ。線路側のシャッターを閉じよう」
《分かりました》
「修道院の状況を見るに、このプラットホームへ誘導される者が今後も出るかもしれない。確証が無いにしろ、この不審な列車に薬害患者を近寄らせるのはまずい」
 ラスティはそのまま三両目、四両目とコンテナ内部を検める。五両目のコンテナに足を掛けた時、何かがつま先に当たった。
《これは……
「折れた歯だな、血痕もある。やはり待遇は良くなさそうだ」
 プラットホームのシャッターが閉じる頃、帥叔がMTを伴い現れた。
「状況は」
「凍死体一名と歯がひとつ。遺体の方は見覚えがある。明日刺青屋を訪ねてみてほしい」
「分かった」

 

 その後、軍部隊員がセクション3と6番線に至る経路の哨戒警備にあたると言う。既に子どもたち以外にも薬害患者らしき若者が臨時診療所を抜け出し、フラフラと現れたらしい。
 一方ラスティは一機帰路に就く。帥叔はエアと何やら密談を交わすと、二人して気を回して帰れ休めとまくし立てる。何を言っても聞かぬという様子で追い出された為だ。
「やれやれ、どういう風の吹き回しなんだか」
 ハンガーの顔なじみに愛機を預けると、その足で向かうのは自宅ではなく病室だった。
「アーシル、ツィイー。ご苦労さま」
「ラスティ!おかえりなさい」
 一日番をしてくれた同志を労う。するとツィイーがラスティの右手指さして声を上げた。
「それちゃんと安静にさせてないと、骨ぐにゃぐにゃになって治るよ?」
「え、そうなのか?」
「先程ACで出撃してましたよね……
「え゛っ」
「心配しすぎだ二人とも。動くんだから大丈夫だ、ほら」
 包帯を握り込むように手指を動かす、と。ぴたっとその動きを止めて虚空を見詰める。
……痛いんですね?」
「まあアレだ、家に帰ると打ち身に気付くとか、そういった──」
「ドクにチクっちゃお〜」
「やめてくれ、本当にやめてくれ」
「じゃあ今日の労働ぶんご飯おごって!……あ、ご飯で思い出した。これ婦長さんが差し入れって」
 そう言ってツィイーから手渡されたのはヌードルカップだ。アーキバスでは馴染みのある即席麺だが、つまり鹵獲物資にも入っていたのだろう。
「二人は食べたか?」
「先程いただきました。なので気になさらず、お休みください」
「はは、分かったよ」



 扉ひとつ隔てた向こうは耳を貫くような静寂だった。目まぐるしい一日を終えて帰投した戦友の傍では、午前と何も変わらない一定間隔の電子音が彼女の鼓動を刻む。
「ただいま、レイヴン」
 硝子越し、眠り姫の表情は変わらないか。暫し見詰めたあと、軽く溜息をつく。
 病室の卓上ポットを借りてヌードルに湯を注ぐ。立ち込めた濃い味の香りに、無言だったラスティの腹がくうと唸る。
「君は食べたことあるのかな……。美味いぞ」
 そのまま数分待てば完成だが。きょろ、と辺りを見回してから、ラスティはまだ硬い麺の端くれをぽりぽりと齧る。こういう食べ方もオツなのだ、と胸の内で戦友に弁明した。

……皆にも休め休めと、ついには仕事場も追い出されてしまったよ。今までこんな事は無かったのにな……
──いや、そうだろうか。かつての養父は同じように、日々の終わりを労ってくれたように思う。当たり前のやり取りは、紛争が起こればすぐに掻き消え、その儚さと愛おしさに焦がれた。
「君のハンドラーはどうだった。……いや、君の口ぶりは彼そっくりだから、きっと私にも同じようにしたんだな。」

 始まりは壁越え後の些細な出来事だ。たまたま人手が足りないからと、ホーキンスが気を利かせて外出許可を出しパーツ配送を代行した。壁越えの英雄は一体どんな人物なのか、招かれたガレージで対面した姿は……
「君の背景は、苦しいな」
 どう生きているのかさえ不思議な重傷者、ハンドラーの手助けが無ければコアにすら乗れぬ少女。傍の老人は果たしてどんな鬼畜なのだろうと憤りを感じたが、それが誤りであると、レイヴン自身が否定した。

 あの姿は、劣悪な環境で冷凍保存された境遇から脱する過程なのだと。何やらウォルターに聞こえぬよう、耳打ちされたのだ。
 彼女の悲運に惹かれたのだろうか。ふくをきるという日常の無い彼女に、その願望を叶える手伝いがしたかった。私物を贈ってまで二度目の面会を乞う自分は果たして、解放戦士ラスティなのか。いいやこれは機密ばかりのハンドラーと猟犬を取り調べるためだとタテマエを繕って、いつしか時折彼女が寄こす暗号通信に心躍るようになった。すっかり猟犬に骨抜きにされた訳だ。
 だが、好意が募ると共に、疑念が湧く。彼女はなんの為に戦うのだろうか?
「ザイレムでも明かしてはくれなかったな」
 久々の協働だと、あの地下での問い掛けは一度飲み込む事にした。
 ザイレムから撃ち落とされ、次に目覚めた時には。病床のほうが余程生気があったと思える程、茫然自失といった様子の彼女が居た。イグアスの剣幕にすら動じなかった鉄の少女は、ただの一人の男が石を投げられた程度で涙を流してしまった。
……
 彼女の身に何が起こったのか。今は知る由は無く。だがその痕跡は操縦室で眠る彼女の傍に確かにあった。何かが、あの痩せ細りの少女を追い詰め蝕んでいた。
 戦争は何もかもを奪う。奪われ続け灰となった燃え殻に火をつけた孤高は孤独だった。──それを解き明かす日は来るだろうか。
 
 湯気の向こう、乾麺はすっかり水気を吸って食べ頃だった。硬いまま齧ったものだから、量は目減りしているが。ああ、片手でもこれは食べやすいなと気づきながら、プラのフォークを左手で手繰る。
 結論は出ない。何せ思いを馳せる相手はまだ暫くは起きない。ただこうして、暇さえあれば傍に居たい。何ができるでもなく、ここにいるしかない。
……いや、出来ることはある。少なくともレイヴンが目を覚まし、その身体の傷を癒すまで、この聖域を世間の悪意から守る必要がある。そのためにドクやアーシル、ツィイー、帥叔にすら協力を求めたのだ。
「何よりもエアがいる。彼女はよくやっているよ」
 君を引鉄と呼び保護を求めた特異な存在。未だに彼女はどこか疑わしいという印象は拭えないが、レイヴンを守るために協力を仰ぐという姿勢には同調できる。

 レイヴンが目覚めた時には、エアとの出会いを聞くところからだなと、少ない具と汁を飲み干して、ラスティはカップを置いた。