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るいざき
2024-09-06 03:22:35
120816文字
Public
AC6_ラス6_銀環
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銀環 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥
ルビコンの解放者END、その直後のお話。
ルビコン解放戦線の拠点へ合流したふたりは、ルビコニアンの抱える諸問題に巻き込まれていく。
ここに、安息は無い。
⚠️モブあり
⚠️児童虐待表現、精神的切迫、その他暴力あり
Prologue/
鉄錆
1p.
1/
狼は森をみつめる
p2.
2/
窮鳥
p3.
3/
比翼の君
p8.
4/
女王
p14.
5/
片翼
p16.
6/
曙光
p24.
Epilogue/
狼はかごとなる
p28.
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29
偽薬を摂った人間がどこかへ行く。修道院の一件から明日、下層と中層では捜索依頼と失踪者保護に身元照合と、6番線までの通路に配備された兵士や警備隊はてんやわんやといった様相だ。
「遺体のDNA鑑定が出た。お前の言う通り、刺青屋の弟、折れた歯に付着した血痕はバラック街難民のものだ。刺青屋は件の招集にて連行、もう一人は同時期に連れ去られた様だ。その辺で共同生活をしていた住人が、コーラルドラッグで酩酊徘徊する彼を見たのが最後だ。」
「前回の回収はいつ頃だ」
《遺体の具合から見て一ヶ月程前でしょう。両者ともおそらく、同時期に列車に乗せられたようですね》
「
……
どうやら我が戦線は随分と根深い病を抱えているようだ」
帥叔とラスティは仮設テントを見渡す。限界まで詰め込まれた簡易ベッドやコットの上にはコーラル中毒の被害者たちがぐったりと横たわっており、時折宛もなく歩き出す者やテントの幕を引っ掻く者など、野戦病院というよりも精神病棟の様相を呈していた。
「このテロの特徴は青少年層を狙うコーラル昇華と催眠症状だが、そんな事が可能なのか
……
」
《その事についてなのですが、
……
この音、聞こえますか?》
「うっ、何だその、気持ち悪い音」
ラスティがインカムを抑えて顔を顰める。だが横の帥叔は怪訝そうにラスティを見遣る。
「何も聞こえないが
……
」
「確かあれだろう、若者には聞こえるっていう
……
」
《そうです。特定の周波数を用いて、個体年齢を選別する仕掛けも、あのコーラルには仕込まれているようです。
……
その為か通常の活性コーラルよりも昇華速度が早いようですね》
急激な意識昇華は当然脳にダメージを与える。その影響や予後、過程の影響は未知である。ドクを筆頭とした医療チームが中毒緩和措置を行っているが、今の所は意識回復まで至った患者は現れていない。この天幕の下には、半死半生の人々がひしめきあっている。
《次に貨物列車についてですが、その移送先は不明のままです。手動操作パネルが稼働している所を見ると、おそらくその都度その操作を行う人物がいる。
……
マルクスはどうでしょう》
「いや、あの男は違うかな。大方小遣い稼ぎの手段を更に利用されたクチだろう」
昨晩の戦闘後に回収された代理マルクスは再び収監されたが、強烈な精神制御を受けているのか一向に口を割らないらしい。
「操作パネルやコンテナの痕跡を調べたが、犯人と思しきものは見つけるに至らなかった。
……
せめてあれがどこへ向かうのかさえ分かればな」
「
……
その方法はあるんじゃないか?」
「うん?」
ラスティが回収箱から薬瓶を手に取る。ドクが地道に回収してきた未使用の偽薬だ。
「私がこれを服用して、その催眠とやらを聞けばヒントがあるかもしれない」
《それは危険ですラスティ。これは麻薬の類ですから、その後の事なども考えたらドーザーなんかにレイヴンを会わせたくありません。と言うより、その周波数は特定層にしか効果を示しませんよ》
「先程の音はこれとは違うのか?」
《いえ、同じ周波数帯です。
……
あの、ラスティはお幾つです?》
「34」
《無理じゃないですか》
「誰がおじさんだ」
「おじ
……
」
そっと目を閉じる帥叔だが、どうも飛び火だったらしい。
《それ、ドクにも言ってご覧なさい。絶対に怒られますよ》
「これと言って手段も無いんだ。ドクは許してくれるさ
……
」
「許すわけねぇだろ、このアホ」
頭上からド低音の一喝が降る。ラスティは人良い笑みを貼り付けたままくるりと振り返るが、その頬をむんずと掴まれる。
「お前ッ、俺らがどんだけここの患者らを介抱してると思って──」
「
ふぁっへふれほふ
まってくれドク
。
ひぶひぶ
ギブギブ
」
やや顎に食い込む手にタップしていると不本意という顔でドクは解放してくれた。白い肌にくっきりと浮いた掴み跡を擦り、ラスティは人差し指を立てる。
「別にそのまま摂る訳じゃない。中和剤はまだ手持ちがあるし、最終手段としてエアもいる」
《え、私なんですか?》
「え、無いのか、復帰方法」
《ありますけど、それは被曝者の精神力によります》
「それならば条件は達している。なあ帥叔」
遠い目をしていた帥叔ははたと我に返った様で咳払いをする。
「
……
ラスティにはコーラルドラッグを含めた一通りの薬物耐性を獲得させている。調査手段のひとつとしては充分有力だろう」
「という事だがドク」
「
……
お前らはいつもそうだ。自分の身体を何だと思ってんだ、ええ?」
ふるふると震えるドクが、今にもラスティに襲い掛かるのではとエアは危惧した。だがドクは、ただ顔を覆って低く唸ると、大きな溜息をついた。
「好きにしろ。しくじっても俺が治してやる。だが野垂れ死には御免だ。」
「感謝するよ。だがその様にはならない」
「どっから湧いてくんだよその自信はよ!
……
ハァ」
項垂れるドクの背には増える患者の対応を求める声がする。彼はすぐに背筋を正すと、テントの外を足早に目指す。
《
……
待ってくださいドク。本当に良いんですか?》
彼のインカムでエアは尋ねる。ナースや同僚、メディックに作業を割り振り自身も薬害患者の措置にあたるドクは静かに告げる。
「心配しちゃいるが、元から信じてはいるんだ。
……
それより嬢ちゃん、ラスティの仕事はよぅく見といた方がいいぜ。きっとアンタにも役立つ筈だ」
《そう、ですか
……
》
「
……
止めて欲しかったか。確かにドーザーなんぞにレイヴンを引き合わせたくはねえな」
《襲われた事がありますから。》
そりゃあいけねえなとドクは笑む。彼が治療を施した少年は、はたとドクを見て泣き出した。ここはどこか、母はどこか。泣きじゃくる彼を抱き起こしてその肩を大きな手で支えた。
「
……
はは、良かったな坊主、おめえはしっかり者だなあ! 名前は言えるか?」
少年はしっかりした面差しで応えてみせた。──患者の中ではじめてだろう。ここまで意識レベルの明瞭なまま帰ってきた者は。医療チームがその様子に釘付け、再びその腕の内にいる朦朧とした意識たちに呼び掛ける。
「
……
俺ァあいつを止められねえ。アレがこんくらいのガキの頃からずーっとそうだ。
……
あいつは己の道を己だけで決める。だから信じちまうのかもな」
少年は付き添いの母に気付くとすぐに縋り付いて泣きじゃくった。その光景に、エアは感嘆の息を漏らす。
「信じてやる奴がいなきゃ死ぬんだ、ああいう奴は」
すぴ、と鼻水をすすりながら、ドクは次のカルテを捲る。
「だからアンタも信じてやってくれ。悪い奴じゃねえからよ」
《そうですね。
……
悪い人ではないと思っています》
何せ我がきょうだいの片翼なのだからと、あのランタンの光を想い出す。
多忙のドクに挨拶してエアはラスティの元へ。帥叔と別れた彼はひとり、再び樽小屋を目指すようだった。
《そういえばラスティ、昨日依頼された声紋照合なのですが》
HUD上に展開される波形は一致した。どうやら娼館を訪れたのは政務官で間違いない様だ。
「彼もこの薬物テロと関係あるとみて良いだろうが。昨晩鉢合わせたのは幸いだったな。この騒ぎでは主犯捜索も難航しそうだから、手掛かりが多いのはありがたい」
《それで、樽小屋にはどんなご用件ですか?》
「マムに指紋照合を頼んだんだ。ああいう場なら余程特殊なせ
……
思想を持たない限り、手袋などは外す筈だからな。軍部所属ならその指紋も身元照合に使われる」
《成程。それらを証拠として提示するのですね》
「少なくとも行方不明者捜索の聞き取りをはぐらかしたんだ。まずその線で捕らえられるな」
《
……
それにしても何故、政務官は教会に訪れたのでしょう。》
「ふむ、本来ならば我々が訪れなければ、あのまま子どもたちに着いて行って列車の操作をし出荷
……
そのために待機していた、とすれば筋は通るかな」
コーラルは余程その被曝度が高くなければ見えるものでも聞こえるものでも無い。おそらくエアが居なければ、不可思議な集団行方不明事件として成立する筈だったのだ。
「君のおかげでテロリストたちは焦っている事だろうな。尻尾を掴むには絶好のチャンスだ」
《そのチャンスにコーラルドラッグを摂取しては元も子もありませんよ。期を衒いましょう》
「お。言うじゃないかエア。スネイルよりまともな作戦立案を任せられそうだ」
《お褒めに預かり光栄です》
至中層街区、相変わらず比翼のシンボルとランタンを提げる街路は大賑わいだ。その勢力圏もやや拡大したように見えるが、その盛況に紛れて一箇所、妙な人集りのある場所がある。
《掲示板? 何が書いてあるのでしょう》
何となくだが、エアが傍から離れて画面そのものに入り込んで眺めているのではないかとラスティは想像した。電子機器に干渉できる波形体とは、便利なのではないだろうか。仮想ARはあれどそれは予めセッティングされた領域でしか行動出来ず、それ程楽しいものでは無かったなと、シュミレーション戦闘を思い出したり。
《
……
あの、ラスティ。どうやら本日刊行のゴシップが出ないとのことで、皆さん落胆している様なのですが》
「ん? 出てないのか、例の
……
レイヴンに関する記事」
《腹が立ったのでオリジナルファイルを破壊したのを、すっかり忘れていました》
「
……
」
波形体になるにはある程度の節度が必要だなと、ラスティは肝に銘じた。
《あの
……
どうしましょう。今からでもコピーデータを返しに行くべきでしょうか
……
》
「いや、むしろこのままで良いんじゃないか? おそらくそれらの情報はテロの進行をカモフラージュする目的だったのかも」
ゴシップ誌の発行社は元代理マルクスの古巣だ。確か情報戦の強さを買われて軍部に転身、みるみる階級を昇進させた腕の立つ戦士だった筈だ。
……
それがどうしてあの様になってしまったのか。
「私も良い気はしないからな。レイヴンの悪口を書かれるのは」
《まったくその通りです》
道を逸れて裏路地、娼館宿屋の通りは朝は静かだ。その突き当たりでは、あの時のボーイがせっせと店前を掃き掃除している。
「やあ、おはよう」
「
……
ッス」
額に絆創膏を貼ったでっかい青年は、バツが悪そうに目を逸らす。特に何か言う訳でも無かったが、箒を持ち替えた彼は店の扉を開けてくれた。
「おはようマム。どうだった」
「ああん今送るとこだったのに。早いわね」
「早く貴女の顔が見たくて」
ケッと吐き捨て女将は仰け反る。彼女は手元のタブレットをつまはじくと、ラスティの視界ディスプレイにデータファイルがすっ飛んでくる。
「トンデモない客を引いてたのね彼女。その男、まぁ〜〜〜綺麗にチェックアウトのお掃除しててくれてね。夜なべして探す羽目になったわよまったく
……
」
マムの寄越した資料写真には照合見本と採取した指紋が並べられている。その採取先を確かめようと一瞬開くと、目にも止まらない速さでファイルを閉じた。
《え、見せてくださいよラスティ。こちらでも再精査しますから》
「大丈夫だ、問題ない」
はあ?と女将が訝しげにラスティを見遣るので、彼は笑顔で首を振る。
「良ければその女性と話がしたいんだが
……
」
「あ、今は朝のお祈りをしてるからダメよ。あの子の心の拠り所なんだから」
彼女は天井を煙草で指しながら言う。二階の客室は営業開始までは嬢たちの仮住まいとなっている。ならば終わるまで待とう、とラスティは女将の方に顔を寄せた。依頼分の接待はしなければ、そのうち末代まで恨まれるだろう。──その時、何かがぶつかり僅かにドアベルが鳴った。
「
……
!」
ラスティの表情が一瞬強ばる。女将はそれを見逃さなかった。
「
……
マム、今すぐ上の娘たちを逃がせ」
「分かっ──」
言うか否か、窓ガラスが砕かれ真っ白な閃光が酒場に放たれた。
「マム!!」
「あたしゃ大丈夫だよ!」
破片を払い除けると銃撃掃射が駆けるラスティの後を追う。弾丸はバーカウンター壁面のボトルを割り砕き、酒と破片が派手な音を立てて降り掛かる。
「なんてことすんだい全く!!ツケ払ってやんなラスティ!!」
カウンター陰、何やら床下収納を開けると女将がサブマシンガンを投げ寄越す。弾幕の切れ間、窓際に一瞬だけ覗く影をラスティは見逃さなかった。
応戦、再び内部への掃射が始まり、ラスティは身を転がして窓際まで張り付く。リロード音、その隙に立ち上がり胸、額、眼を撃ち抜く。
ドアの傍にはボーイが倒れている。それ以外に黒づくめのさも襲撃者らしい男が三人即死していた。手応えのない襲撃に酷い違和感を覚え、踵を返してカウンター横の階段を駆け上る。
「マム、無事か──」
廊下にて、ドアの開かれた部屋の前で、ぼんやりとした朝日に照らされた女将が真っ青な顔で拳銃を構えている。きつく歯を食いしばり、一点を凝視していた。
「ああ、ラスティさん? そこにいらっしゃいますか?」
《
……
この声は
……
》
エアの声が低まる。残りの数段をゆっくりと上り、女将の銃口に寄り添うように声の主へ対峙する。
《!! そんな
……
っ》
部屋の中、ベッドには息を切らす女性が、シーツを血に染めて横たわっている。その腹に銃口を突き立て、その男は薄ら気味悪い笑みをたたえていた。
「ああ、また会えて嬉しいです、ラスティさん。おはようございます」
「朝から人騒がせだな政務官殿。それに随分なハードプレイがお好みのようだ」
「嫌だな、貴方も割とそのクチでしょう?」
腹に更に銃身が食い込むのか、女性は苦悶の呻きを上げる。睨み合う間にも広がる血の海に、先に耐え切れなくなったのは女将だった。
「その銃を離しな下衆野郎!!」
女将の射撃の腕は確かだ。正確に撃ち込まれた弾丸は政務官の身体、心臓部目掛けて必中した。
……
筈だった。
「は
……
」
「ちょっと痛いですね。」
男は微動だにせずそこに立っている。スーツを穿った弾丸は、何故か彼の足元に散らばっていた。
「その身体、まさか
……
」
「そうです、閣下のために先んじて実験台となった賜物ですよ。素晴らしいでしょう?」
すっと手を広げる彼はぎこちない笑みを浮かべる。あれは行き過ぎた強化手術の名残りだ、強固な繊維で作られた人工皮膚と硬化膜、弾性に富む筋肉層。アーキバスが好む人体強化の成れの果てだ。
「それで、ラスティさん。貴方はどうやってあの線路にたどり着いたんですか?」
「
……
野生の勘ってやつさ。それに偶然が幾つか重なった」
事実そうだろう。帥父が呼びつけなければ教会には訪れなかったし、もし行方不明者捜索を優先していたら孤児院の子どもたちは見過ごされ、タイムラグにより手遅れとなった頃に軍部へ報告されていただろう。
「シュナイダーは第六感も強化対象でしたか。
……
やはり第四世代のレシピは興味深い」
「私は第四世代ではないぞ。コーラルデバイスもとうに換装しているが」
「それでも総てのレシピは技研技術には劣る。そのルーツをなぞってこそ、至高は再現されるのですから」
どうにも、この男は何かおかしい。こうして話す間にも顔は紅潮し瞳孔は拡がり、興奮気味に息を荒らげる。
「
……
良ければ、貴方の脳を解剖して調べさせてはいただけませんか?きっと素晴らしい
……
」
「丁重にお断りさせていただこう。まだやりたい事があるんでね」
上目遣いの男は眉尻を下げて、本心から残念そうに溜息をついた。
「そのやりたい事とはレイヴンとの交友ですか?
……
アレはいけませんね、出来の悪い駄作です。貴方に相応しくない」
「ほう、君にレイヴンの何が分かるんだ」
「分かりますよ。閣下の手を噛み再教育センターを逃げ出した。躾のなっていない駄犬ですよ」
「
……
一応確認しておくが、閣下とは第二隊長閣下のことか?」
「他に誰がいらっしゃるのですか?」
さも当然というように男は真顔をつくる。
「あれは死んだぞ」
「死は終わりではありません。閣下はその肉体を捨てあらたかな魂となり我々の頭上でそのお力を揮うのです。あのお方は強化人間すべての父となり、神となるお方ですから」
「一人称企業から神か。死後も忙しそうだ
……
」
ラスティは微かに頭痛を覚えた。おそらくこの男は精神操作でも薬物中毒者の妄言でもなく、純粋な好意でかの閣下に心酔している。
「で、その企業神とそこの女性、なんの関係があってこうなってるんだ」
「ええ、もちろん貴方がたと取引をするためです。僕をここから逃がしてください」
「断ると言ったら?」
「この人を、殺します」
「ふざけんじゃ無いよ
……
!」
憤る女将を制して、ラスティが一歩にじり寄る。
「分かった、取引に応じよう。どこへ向かう」
「それは良かった! では座標を──」
銃声。互いに互いの銃口を掴みあげ、硝煙が上る。
ボトボトと何かが床に落ちた。血と雫、次に指。
「い、痛
……
」
親指だけの手を震わせて彼は蹲る。興奮気味だった呼吸は不規則になり、何処を見ているか分からない眼は涙で滲んだ。
「掌の強化換装はよほどのことが無ければ行われない。柔軟で精細な動きを求められる手の再構成は、未だどの企業でも大きな課題となっている。」
政務官から銃を取り上げ、ベッド下へ投げ捨てた。
「
……
貴方には指紋があった、つまり、その手だけは神の寵愛を受けていない」
特徴の薄い顔の額へ銃口をきつく宛てがう。どれ程強固な強化手術を施していても、至近距離の発砲による脳震盪は防げない。後退る男をマズルで抑え付ければ逃げ道など無いに等しかった。
「流石
……
シュナイダーの最高傑作
……
」
「私は作品では無い。ただの人間だ」
「
……
くふふ」
絶体絶命の彼が肩をゆすり噴き出す。くつくつと喉を鳴らし、次第に耐えきれなくなったか。なんとも独特な調子の笑い声を上げる。
「やっぱり、貴方は素晴らしいですね。かないません
……
」
ひん剥かれた目は底が見えぬほど黒い。
地鳴りがする。いやグリッド高層部では風による揺れはあれどこれ程響く揺れは無い。次第に近くなる爆音は頭上にまで響き、轟音と瓦礫が窓の外に降り始めた。
「何をした?!」
「中層一帯を爆破しました。だって貴方、強過ぎるんでこうするしかないんですよね」
政務官はラスティのこめかみに膝蹴りを入れる。ぐらりと頭を揺らすも、その銃口は額からブレない。
最早人質など気にする様子もなく、彼は執拗にラスティの右体側を狙い襲い掛かる。轟速で繰り出される正拳突きやら蹴手繰りはやはり通常強化人間の身体能力ではないが、ラスティの眼なら捉えられる。
とはいえ負傷箇所を狙われれば防御態勢を取らざるを得ない。受け流し払い除け、一分の隙をついて襟首を掴みあげる。
「うわっ」
窓枠ごとガラスを撒き散らし、戸惑う政務官を墜落させる。後頭部から二階分を落ちた男は鼻汁を噴く。だがそのままラスティの首を掴み返し投げ飛ばす。
「
……
まったく、アーキバス製は化け物じみた丈夫さだな。」
受け身で転がる先に襲撃者の死体。その手元からアサルトライフルを取り上げ不死身目掛けて発砲するも、やはり体表に弾かれてしまう。あちらも鹵獲武器で撃ち返してくる。遮蔽物を求めて、娼館のルーフバルコニーを支える支柱までを駆け抜け、拾い上げたマガジンを突っ込む。
「
……
あら、すみません電話です」
「お、そうか」
死体の向こうで伏せる政務官がちゃきっと指の無い手で挙手するので、ラスティは否応なくアサルトライフルを撃ち放つ。カンカンと弾を弾きながら彼はスマートフォンを耳にあてがいやや背を丸める。
「──あ、上手く行きましたか。ええ、ええ。それでは予定通り、よろしくお願いします」
ピ、と電話を切る音。構わず撃ち続け間合いを詰めるも、上方からの崩落物が行く手を阻む。
「すみません、時間です」
「つれないな、もう少し私の相手をして行けよ」
「いやあ僕ひとりの仕事ではないので。それでは失礼いたしますね」
45度キッカリに腰を折り、彼は駆け出す。
「おい待て!!」
瓦礫を乗り越え、はっと樽小屋を振り返る。すると示し合わせたように女将が窓から身を乗り出した。
「応急処置は任せな!!アンタは行くんだ、行けェッ!!」
「分かった
……
!!」
娼館宿屋の通りを遡り、商店街へ出る。ラスティの眼前には、爆発の轟音と崩落によって悲鳴を上げながら右往左往する人々の地獄絵図が広がっていた。軒先の品々は蹴り倒され踏み潰され、ぶつかった勢いで転んだ者は蹴られ踏まれ意識を失う。ある者は拡声器を手に宥め誘導しようと声を張るが、それが一層混乱の呼び水となってしまう。ある者は落下してきた鉄塊に潰された店の前で膝をつき何か喚き叫ぶ。
「ッ、フラットウェル
……
!」
《司令部には通告済みです。およそ三分後にはこちらへ警備隊が到着し、然るべき措置と避難誘導を行います》
「エア!」
先程の政務官とのやり取り中、ふと彼女の気配が消えていたが。どうやら応援要請と通報を行っていたらしい。
《それから北東より中規模の熱源反応。高速で接近しています。恐らく政務官の脱出ヘリかと。ハンガーまでの最短ルートをディスプレイへ送ります》
視界にルートマッピングが施される。ハンガーとは反対の熱源位置へ目を向けると、屋根瓦を伝い駆ける政務官の後ろ姿を捉えた。
「ハンガー、こちらラスティ。AC出撃要請」
『こちらハンガー、ラスティ。すまねえ、鉄柱が隔壁に食い込んでてスティールヘイズが出せん! 五分待ってくれ!』
「五分
……
?!」
中層爆破の余波は周辺施設にも至っているらしい。騒々しいようすがインカムごしにも伝わってくる。
《
……
間に合いません、政務官が回収ポイントへ着く方が早い
……
!》
万事休すか。しかしラスティはすぐに長屋の屋根までを一息に跳躍し、屋根瓦の畝へ駆け出した。
「──全速力で追う。先程視界に捉えた人物を追跡。エア、案内を任せる!」
《了解しましたラスティ。貴方をサポートします》
ガンッと瓦を蹴り出し、先程政務官が通った家屋のてっぺんを伝う。ゴシップ屋の看板、足幅ひとつの枠を渡り、落下物を避け、正面昇降機を目指す。
《は、速
……
っ》
「何階だ?」
《63!15階分下です!》
駆け込んだエレベーターホールはやはり避難しようとする人間が殺到していた。唯一階数表示盤が点滅する昇降機は恐らく政務官が使用している。それ以外はどこかで非常停止し、どれも使える状態ではない。
舌打ちひとつ、ラスティは横の鉄扉を蹴り開ける。螺旋状の鉄階段は轟々と低い音が響き、手摺から覗き込める上も下も果てが見えない。
《階段で行くしかありません。それでも幾分か早く
……
》
「悠長に駆け下りてはいられないさ。
……
驚くなよエア」
《う、まさか》
螺旋状の手摺の間、見通せる空間には上からワイヤーがさがっている。鉄扉そばの木箱には何やらハンドメイドらしいハンドル装置。一本ひったくって滑車部分をワイヤーに噛ませると、ラスティが手摺へ登り立つ。
「しくじったらすまん」
《これ本当に機能するんですかラスティ、ちょっ──あ、あああああーッ!!》
踏み出せば一瞬だ。しばし自由落下した後、あらん限りの力を込めてハンドルブレーキを掛けると63階の看板ピッタリに停止した。ひらり手摺を再び乗り越え、エレベーターホール。昇降機も今しがた到着したらしい、小気味よいベルが一音を鳴らす。
扉が開く音と共に63階ホールへ滑り込む。駆ける脚目掛けてコルト二発。──命中。
「わっ! え、どこから来たんですか?!」
「この辺には詳しくてな!いい加減大人しくしろ!!」
「あららら」
左足首から血を噴き出しながらも政務官は止まる気配は無い。いよいよ化け物だろう。逃げる速度は落ちることなく、整備中エリアへ差し掛かる。曲がり角、拾い物のアサルトライフルの返礼を受け一度鉄柱陰に身を潜める。すぐに駆け出す足音を追う。
《次の三叉路は中央、その次右、左。──正面足場ありません!飛んでください!》
政務官がルーフトップからキャットウォークへ飛びつく。ラスティも手前で軽々と飛び越し不安定なけもの道を駆け抜ける。すると政務官が固定金具を撃ち抜き、ガタガタと崩落が始まる。
《ラスティ!!》
だんっと飛び上がり、左手はしかと鉄柵の支柱を掴む。
《!! 対象こちらへ射撃姿勢、手を狙っています!》
だだっぴろい空間にこだまする連射音、それらを掻い潜り、ぐるりと身体を振り上げ鉄柵を超えすかさず応戦。次の一発は政務官の鹵獲武器を粉砕した。
《あと少しで着いてしまいます、ラスティ!!》
「クソッ」
武器をかなぐり捨て政務官は最後のスプリントを掛ける。プラットホームの隔壁、ひしゃげた門はその隙間から火の海をちろりと覗かせている。何事か
……
いや、今はあいつに追いつかなければ!
《
……
だめ。ラスティいけません、止まってください!!》
エアが叫ぶ。その静止虚しくラスティは隔壁へ飛び込み、政務官の襟首へ手を伸ばす。あと少し。あと──
「
……
は」
見上げる。真っ白な光が宙から見下ろしている。これはサーチライトだ。
辺り一面が金と朱の光で散る。
《ラスティ!!》
エアの悲鳴じみた叫びを掻き消して、大型武装ヘリの機関銃が赤熱の霰を降らす。粉塵が煙りもうもうと立ち込めた。
「お疲れ様です皆さん、どうです、凄かったでしょう。
……
とても心躍る逃走劇でしたね、ラスティさん」
政務官は穏やかな声で語り掛ける。武装ヘリの後部ハッチが開き、政務官は中央スロープへ足を掛ける。──革靴の爪先が爆ぜた。
「もう撃たない方が良いですよ。
……
怪我、させたくありませんでしょう」
「
……
そこを動くな
……
」
「はい、動きませんよ。ここでお別れです」
にこやかな彼の背後から、何か毛布に包まれた塊が運ばれてくる。
……
あれは、人か。彼がそれを抱えて、毛布を剥がす。
「
…………
。」
「ばいばい、ラスティ。
……
なんて」
──くたりと、眠るままの戦友が。いる。
《レイヴン!!そんな、やめて、連れていかないで!!》
エアが泣き叫ぶ。赤い明滅が視界の縁に走る気がした。
「
…………
」
至近弾と爆炎は狼の身を屠った。だが彼は構えを解かない。
《
……
ラスティ
……
?》
その照準は逃走犯ではなく──眠る彼女の耳元へ番えられている。
《
……
嫌、嫌です、イヤ!!やめて!!》
ぎ、ぎぎ、徐々に引鉄が引かれ、撃鉄が下がりつつある。
呼吸も時も止まったように、瞬きすらしない。
「薄情ですねえ」
男が云う。人形のように彼女の手首を掴み、その小さな手をゆらゆらと振る。
「さようなら、ラスティさん」
「──
……
ティ。──ラ
……
」
ざあざあとさざめくノイズが鼓膜に届き、ようやくラスティは我に返った。ひゅうと喘鳴が気管支を支配して派手に噎せると、マスクの内側が血の匂いで充満した。
「
……
こちらラスティ、どうした」
「ラスティ、すみませ──。爆発が病棟ごと──。何者かが、侵入し
……
レイヴンは
……
」
「お前のせいじゃない、アーシル。ツィイーは
……
?」
「なんとか、無事です。
……
まだ気絶してま
……
が」
「そちらの安全を確保し、できるだけ患者を救助してくれ。
……
以上」
ざ、ざ、と了承の意のノイズが応えると、ラスティはデバイスを引き剥がす。ぜいぜいと絡む呼吸を無理やり肺と外に往復させ、眩む頭をどうにか起こす。
《説明してもらえますか、ラスティ。返答によってはこのまま貴方を遺棄します》
耳元の肉声は強ばった響きをしている。上の空、もとい仰向けで転がるラスティは緩慢に唇を動かす。
「他人の手に渡るくらいなら
……
殺した方が良い。そう判断した
……
」
《
……
最低》
「ふっ、いくらでも、言うが良い。ロクでなしの豚共に、友が凌辱されても良いと言うなら
……
」
《
……
やめてください》
「ああ
……
黙ろうか
……
。
……
自力で戻る。君は
……
帥叔たちの、補佐を
……
」
《死ぬんですか》
「
……
死なない」
金の眼がすっと空を見詰める。──ああ、この
貌
かお
を、知っている。
「必ず、追いつく」
ぐら、とラスティは頭を擡げる。遮蔽物と射角を選び抜き生き残ったものの、その損傷は凡そただの強化人間ならば死んでいる容態だった。
《
……
なにが、良い人ですか》
エアは大気を駆けた。眼下の街々では少しずつ人々が平静を取り戻し、退避が完了したエリアも出始める。樽小屋の女将は駆け付けたメディックと共に人質女性の救命措置に成功。修道院はバラック街の難民たちを受け入れ、体制を整えた。帥叔は司令部で指揮総括の筆頭を担う。
《なにが、信じてやる、ですか》
ドクは今まさに忙しいようだ、呼び出しに応じられない。帥叔も同様だ。頼れる人間は皆こちらへは来ない。
《
……
ラスティ》
誰でも良い。救難信号を発すれば誰か答える筈だ。誰か来て欲しい。誰か居ないか。はやく、誰か。
《
…………
、レイヴン》
記憶に蘇る、集積コーラル目前の出来事。大切な人が囚われる屈辱、焦燥、悲嘆。己の無力さに、嘆く間にもきょうだいは嬲られ、辱められ、心を破壊されていく。命を貪られていく。
《
……
、
……
》
息をするのと同等の調和から隔絶された心地だ。誰も応えやしない。同胞も、大気も、誰もエアの呼び掛けに共鳴しない。波形は涸れる。
「
……
助けが必要かね」
《?!》
隔壁のむこう、ゆっくりとこちらに近づく熱がある。ずん、ずん、やがてそれはひしゃげた隔壁をこじ開けて、エアの前に現れた。
《ドルマヤン
……
》
ACアストヒクは、その無骨な手を差し伸べた。
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