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ゆの
2024-07-13 16:43:51
57084文字
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あつむとあの子
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かけらの紡ぎ
あつむとあの子の本編連載 (サイト掲載:2023/08/19~2025/3/23完結)
隣の席の宮くんとゆっくり進む両片思いの話。サイト掲載済。
!名前変換しない場合はデフォ名が表示されます。
!夢主の設定が少し強めです。苦手な方はご注意ください。
4/4 17~21話(17~21ページ目)UP !完結
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「
……
つかれたぁ」
こっちに着いて公式練習やら開会式やらなにやらを終えて、ようやくホテルに戻ってきてベッドに倒れこんだ。遠征が初めてというわけでもないし、環境が変わって眠れなくなったりもしないけれどやっぱりこの試合は特別なんだなあと思う。荷物をどうにかしないといけないし、練習後の汗も流したいし、けれどこのままこうしているとすぐに眠れてしまいそうだ。すでに意識はぼんやりし始めていて瞼はうつらうつらと落ちかけている。
あかん、起きな。言うことをきかない身体をどうにか起こそうとごろんと横を向くと、シーツが擦れる音に交じってブ、ブ、と機械音が聞こえた。途切れずになり続けるその音を聞きながら少しずつはっきりとしてきた頭でこんな時間に誰やろうと思いつく限りの人の顔を浮かべて、もしかしてと跳び起きてポケットに入れたままだった携帯を取り出した。
やっぱりや。メッセージやなくって着信で、相手は宮くんだった。応答をタップしようとした瞬間に切れてしまったからかけ直そうと画面のロックを解除したらいまあかん? と間髪入れずに飛んできた。それを見てあかんくないとつぶやきながらすぐに発信をタップすると、ワンコールが鳴り終わる前にコール音が途切れた。
「はっや」
「宮くんこそ出るのはや」
そんな風にいつもみたいに軽口を交わしながら二人で笑ってしまった。調子どうなん? と少し伺うように聞いたのはきっと昨日のことと、昼間のメールを見てなんだろう。心配をさせてしまっているのは申し訳ないと思うけれど、気にかけてくれているのが嬉しい。矛盾しているなと自分でも思う。そして、どうか安心してほしい。昨日のようになってしまうのが珍しいだけだったから。そんな意味を込めて悪くないよ、と返した。
「ほぉ。余裕やん」
「余裕ってわけでもないけど、いつも通りかなぁ」
「ならよかったわ」
昨日ほんまやばかったもんなあと笑う声が耳にくすぐったい。リンクを離れればそんなことを考えられるのもきっといつも通りだからなんだろう。こうしてわざわざ電話をかけてきてまで付き合ってくれることがありがたかった。全部宮くんのおかげだ。
普段もあんななるん? そんな緊張することある? と不思議そうな声で言うから呆気にとられてしまう。あんな風に、にっちもさっちもいかなくなるほどになったのは確かに初めてだったけれど大なり小なりするものではないんだろうか。勝負の場においては尚更に。そう思って宮くんは緊張せえへんの? と質問に質問を返してしまった。えぇ
……
と少し困ったように、何か考えるように少し黙ったあと、してへんのちゃん? と言う。
やってさあ、緊張とかしとる暇あったら楽しんだ方がええやろと好戦的な調子で言い放つ。その言葉にそっかぁ
……
と我ながら間の抜けた声を出してしまったけれど、宮くんらしいそのもの言いにその通りだと腑に落ちた。緊張も、逆境も、プレッシャーも全部喰らいつくしてどこまでも駆けてゆく宮くんの姿が浮かんでなんだか心強い。
「ほんまやね、その通りかも」
「せやろ?」
さっきも送ったけど、なんかあってもなくてもいつでも連絡せえや。そう言った宮くんの声は優しくて穏やかだ。だいじょうぶ。自分で言葉にすると本当に大丈夫なような気がしてきた。きっと言霊というやつなんだろうか。そして。
「宮くんのおかげでほんまに大丈夫な気がしてきた。ありがとうね」
「なんやよう分からんけど、どういたしまして」
じゃあな、テレビで見れるみたいやから時間合ったら見るわ。ありがと、おやすみ。そう言って電話を終える。だいじょうぶ、だいじょうぶ。まるで呪文を唱えるみたいにひとりでつぶやきながらさっき飛び起きて座ったままだったベッドから降りて立ち上がる。いつも通り。だいじょうぶ。まずは明日の準備だ、と動き出した。
前日の公式練習を経ていよいよ本番初日、ショートプログラム。さすがに自分でも少し硬いかもしれんなと思ったけれど大きく崩れはしなかったし何よりノーミスで演技を終えられたのが大きかった。初戦の時のような何もできなかった、という感触は全然なくて逆に今やれることは全部できたと思う。なにより明日のフリーは最終グループが確定して胸をなでおろした。
そんなことを思っていたのも束の間。全日本選手権の二日目、フリースケーティング、しかも最終グループともなるとさすがに緊張感が高まるのも否めない。去年まではジュニア推薦という形での出場だったから、どちらかというと緊張感よりかは自分がどこまで通用するのかが楽しみでそこまでのプレッシャーはなかったように思う。けれど今回、このポジションを自力で掴み取ったという自負もある。数日前あれだけの緊張で押しつぶされそうになっていたというのに、今こんな風に思えるようになったのはやっぱり宮くんのおかげだ。宮くんが私の突拍子もないお願いを受け入れてくれたからこうして今ここに自信を持って立っていられるんだと思った。
前のグループの選手の演技が全て終わって、いよいよ最終グループの六分間練習が始まった。午前中の練習では特別良くもなく、かと言って悪くもなく。そんな感触だったから昨日みたいに〝いつも通り〟に出来たら上出来と先生とも話していた。けれど今再び氷に乗った感触は会場入りして一番いいと思った。うまく言えないけれどしっかり氷に乗れていて身体も思うように動く、そんな感じ。いける。そんな感触を持ったまま練習を終えてそのままリンクサイドで準備をする。何も言わない先生もきっとわかっているんだろう。ただただ見守ってくれていた。
前に滑った選手がリンクサイドに上がってきたのを見計らって再びリンクの中へ飛び出す。感触を確かめるようにリンクの半分を周回して先生の元へ戻るとやさしく笑ってひとつうなずいた。
「大丈夫そうね。いつも通り、思いっきりいきましょ」
「はい」
「あかりちゃんなりの
彼の名
カラフの愛
を見つけておいで」
頷いてリンクの方を向いて会場全体を見渡す。昨日よりもずっと全部が見渡せて、エエ感じやなぁとふと思う。行ってらっしゃい、といつものように背中をポンと押されて思いっきり氷を蹴って中央に向かってスタートポジションについた。下ろした手がぽかぽかとあたたかい。だいじょうぶ。その愛は、ここにある。
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