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ゆの
2024-07-13 16:43:51
57084文字
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あつむとあの子
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かけらの紡ぎ
あつむとあの子の本編連載 (サイト掲載:2023/08/19~2025/3/23完結)
隣の席の宮くんとゆっくり進む両片思いの話。サイト掲載済。
!名前変換しない場合はデフォ名が表示されます。
!夢主の設定が少し強めです。苦手な方はご注意ください。
4/4 17~21話(17~21ページ目)UP !完結
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今できることを、と思っていたのに。
やばい。そう思った瞬間お尻に衝撃と鈍い痛みが走る。勢いがよすぎて氷に落ちたあと身体を支えきれずに転んだ体勢のままべしゃりと倒れた。身体を起こそうとすると髪にまで付いたらしい削れた氷が頬に落ちる。うぇ、と情けない声を出しながら立ち上がって身体のそこかしこを動かして痛めたところがないか確かめる。大丈夫、痛めてはいない。いつものやつやと氷まみれになった身体を払った。
あほやん。そうひとつ小さな息を吐いて氷を蹴った瞬間リンクサイドからお呼びがかかって我に返る。練習中だから当たり前だけど今のを完璧に見られていた。たぶん技術的なやつではなくてもっと別のところ。私よりも私のことをわかってるんじゃないかと思わされるその人が、私の今日の様子に気付かないわけがない。
「一旦あがろかね」
「
……
大丈夫、やれます」
「そんな集中できてへんのに、ほんまに怪我するよ」
「そんなこと
……
」
「あるの」
ほら出た出た、と追い立てられるように手招きされて渋々氷から上げられた。顔は笑っているのに圧が強い。自分でもちょっとだけ自覚のある頑固なところを、いつもこうして簡単に上手にいなされてしまうので先生に勝てたためしがない。まだできると主張するのを早々に諦めて側のベンチに腰を下ろした。
「なにかあった?」
「
……
なにも」
「そう? 今日はちょっといつもより元気なく見えたけどなぁ」
「そんなことは
……
ないと思う」
「そおかぁ」
まあ焦らんで少し休憩しましょ、と肩をぽんとひとつ叩いて先生が立ち上がってリンクサイドでみんなに集合をかけた。これからジュニアやその下の子たちのグループ練習だ。これが終わったら私たちシニアの夜練が始まる。
今は少しだけ一人になりたい。ちょうどいいタイミングだとそう思って立ち上がりその場を離れた。
一人に、と言っても存外一人になれる場所はあまりない。この時間のエントランスは一般営業で来ていた人たちが帰り支度をして混みあっているし、更衣室も同じだ。近隣のクラブの子たちもぼちぼち集まりだしているからなおさらだ。ざわざわとするエントランスを眺めながら、普段は一般のお客さんはまず来ない観客席へ向かう入口に足を進めた。
観客席のある二階へ上がって一番後ろのベンチに腰掛ける。リンク全体が見渡せるそこはみんなが真剣に、そしてとても楽しそうに滑っているのがよく見えた。何度も何度も繰り返しひとつずつできるように、転んでも失敗しても何度でも立ち上がってまた繰り返し。
私もああやって諦めずにいたらいいのかな。何も言わずに背を向けた、あの一瞬前に目を思い出してかぶりを振る。ポケットからスマートフォンを取り出して画面を開いたけれど宮くんからの通知はもちろんなかった。もしかして、なんて淡い期待を抱くのもおこがましいと思ったけれど、せめてごめんなさいだけはちゃんと直接言いたいと思った。
メッセージ画面を開いて、どう言ったらいいだろうと思案しながらひとつひとつ文字を打っていく。どうか見てくれますように。なんでもいいから、否定の言葉でもでもいいからどうか返事が返ってきますように。そう願いながら震える指で送信ボタンを押した。
「
あかり
ちゃん、まだやるん?」
「もうちょっとだけ
……
夕方あんまりできひんかったし」
「
あかり
ちゃんとこもテスト近ない? 大丈夫なん?」
「んー、たぶんなんとかなるかな
……
」
「そっかぁ。私はもう上がるわ」
グランプリもあるもんな、がんばってなと言って最後まで残っていた同じクラブの子が上がっていった。リンクの中が急に静かになって少しだけ足が竦むような気がしてそれを振り払うように氷を蹴ってスピードを上げる。
夕方、急に上手くいかなくなったのはどうしてだろう。あの時のことを振り返りながらいつもの感覚を思い出すように踏切前の助走の体勢に入る。エッジの使い方も、スピードも、これまでと何も変わらないと思っていたのに。それともそう思っていること自体が何か違っているんだろうか。
考え事をしながら飛ぶのは危ないと分かっているから、踏切の体勢だけ同じように取って回転を押さえて跳び上がる。けれど着地が乱れて、転ぶのは免れたけれど後ろによろけてしまった。
なんで
……
? と独り言ちたその声がやけに響いた気がして余計に物悲しい。それを振り切るように何度でも繰り返しひとつずつ。次はできると言い聞かせてもう一度駆け出す。けれど。
何度繰り返しても上手くいかない。それどころかどんどん悪い方に行っている気がする。それが余計に気を焦らせているのも頭ではわかっていたけれど、今止めてしまったらいけない気がした。ふと向こうにある時計を見たら、そろそろ先生が止めに来る時間だった。それまでにどうにか一回でも成功したい。そう思って大きく息を吸って氷を蹴った。
少しずつスピードを上げる。エッジの角度はどうだ。体重は上手く乗せているか。助走の長さ、踏み切るタイミング、跳び上がる時の力の入れ方。さっきよりも慎重に、丁寧に。今だ、と思って跳び上がった
——
けれど。
「いっ
……
たぁ」
跳び上がった時の軸が明らかに曲がっていたのが自分でも分かった。これは着地出来ない。そう思った瞬間体に強い衝撃。スピードも出ていた分氷に打ち付けられた身体はそこで止まることなく滑っていって、フェンスに激突してようやく止まった。
背中を打った衝撃で一瞬息ができなくなる。痛みを感じてようやく酸素が身体に戻ってきて、倒れたまま大きく息を吸って吐いたら一緒にぼろぼろと涙が流れるのが分かった。ほんまになんなん。もういやや。子どもみたいに泣きわめきそうになった時、誰かが向こうで叫んでいるのが聞こえた。誰もうさいあく。リンクから出たらお説教コースや。
半ばやさぐれてのそのそと身体を起こすと頭の上から声が降ってくる。うごいた! いきとる! おい
真嶋
!
私のことをそんな風に呼ぶ人はこのクラブにはいない。一体誰だろう。そんなことを考えながらその声の方に顔を上げたら思わず、は? と声を出してしまった。
信じられないことにそこには宮くんがフェンスの向こうから身を乗り出して、今まで知る中で一番
——
夏の、あの日よりももっと慌てた顔をして立っていた。
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