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DRRV11037
2024-05-09 11:07:11
11486文字
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金を喰らう魔物
楸谷徹の過去を描いた短い話です。DRRV本編のネタバレはありませんので、お気軽にどうぞ。
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受験当日、
朝から異様に体調が悪かった。額の奥が冷えていて、胸の下がぐるぐる渦巻いていて、僕はふらふらして、トイレの便座に覆い被さって、吐いた。冷や汗まみれの手が震えた。
そんなことをしている場合じゃないのに。
車の中で、必死に参考書を捲り続けた。
正直、そんなに読めてはいなかった。頭の中がひどく浅くて、ただ目が滑っていくだけだ。
でも、ママがわざわざ今年も仕事休んでくれたんだから
……
。ちゃんとしなければ、ちゃんとしなければいけなかった。
受験生はもちろん現役しかいない。
人目を避けるように席で縮こまっていると、余裕げに友達と話している若い女子の声が聞こえた。
「滑り止め」って聞こえる。
どうしようもなく恥ずかしく惨めな気分に襲われて、僕は口元を押さえていた。
試験が始まる。白い静寂を鋭く抉りつける鉛筆の音に、急き立てられる。
問題用紙の 印 字がぐにゃぐにゃし て 読めない。
読め ない ?
(1) 赬=s!hࠏ+q尾它Θと了くとき、壽鬜をtの式で表せ。
(2) †のとリうる嚚囲を求めよ。
(3) 謝陾無能鶮の裁大値と罪小値を求め、そのときの飅の能を求めよ。
あれ?
どうしよう。
気持ち悪い
……
。
青い、冷めている。あたまが焦っている。手がふる
えている。読まなければ。せめてせめて分かるところだけでもかかなければ
おぼえていることを、
何か書かないと、
終了。
──あ、
「この寄生虫が!!!」
頭に衝撃が走った。頭部を硬い床に叩きつけられる鈍い音を、凹んだ耳が聞きつづけている。終いにはスリッパで踏みつけにされて、白い髪の毛が埃に汚れた。
「俺が苦労して稼いだ金を何度無駄にしたら気が済むんだ、金使ってやってるのに言うことも聞けんのか!?」
髪を引っ張られると、彼が重い頭を少し持ち上げるのが見えた。
「真面目に勉強したら普通できるだろうが、根性無しのクズが。塾で何やってたんだ、家でもサボってたんじゃないのか!?」
観察するまでもなく、父さんは腹を立てていた。
なぜなら、あずさはいくら投資しても結果の出ない救いようのない商品で、しかも手放すことすら叶わないのだ。今まで溝に捨てた金額を想像すると、目の前の原因を殴る手を止めることなどできない。
「何度も何度も何度も、何度やってもお前は駄目、」
一方、お腹を何度も踏まれている青年は、時折うぐ、と声を漏らしながら、ぼんやりした目で父さんを見上げていた。放心状態というやつか。おかげさまで暴れることなく、感情の吐き出し先としての用途を行儀よく全うできていた。なるほど、あずさにも僅かばかりの特技があるのだ。
「ちょっと、貴方、もうやめて、そんなふうに
…
」
ここで、止めに入った母。
バタン!と突き飛ばされてしまった。
可哀想な感じのする悲鳴が上がった。
「大体お前の馬鹿が遺伝したんじゃないのか!このクソ女!」
ああ、だめだ。
ちょっと、それは、やめてあげてよ。
彼女は優しくて脆い人だから、それ以上言わせたらまずい。あとでコッチに返ってくる予感がするし。
「躾もできないし飯はまずいし。お前のせいだ!お前を嫁に貰わなければ、こんな馬鹿息子を見ないで済んだんだ!」
父さんが怒って出ていく音が聞こえた。
とりあえず、ひとまず、命の危機は去った。
「
…
あずさちゃん、」
ママがゆっくり、こちらににじり寄ってくる。
僕は声を出さずに呻いた。
打ちつけられた頭では痛みがガンガン響いているし、蹴られたお腹は皮膚だけじゃなく内側にダメージが入っている。だけど、痛がっても良いことは起こらない。
それより今すべきことは──
「ごめんなさい、痛い思いをさせちゃって
……
。僕のせいだ、」
僕は、ママの身体に手を差し出して労わるようなそぶりをした。“僕のせい”と口に出した途端、その言葉が実感を持って身にのしかかった。
対して、ママはそれについて触れずに、こう言った。
「
……
ごめんねぇ、良いママじゃなかったよね。」
ママの疲れきった目が僕を見下ろす。
こんなの、どう答えたらいい?
一瞬、殺されるんじゃないかという覚悟が過ぎった。ママなら僕を刺殺したあとで睡眠薬をうんとたっぷり飲むくらいのことはしかねないだろう。
だけど自分の生死なんか考えている場合ではない。ママの心が僕に対して喜ぶか、失望するか、それだけが問題なのだ。
何か最適な言葉を考えないと
……
。
僕が冷や汗をかきながら思考を回していると、ママは話を続けた。
「やっぱりパパを説得して中受にすればよかったわ。お母さんも憧れてたのよ、中受のほうが学校の選択肢が広がるから。だけどパパが
…
パパがお金がかかるって怒るから
…
」
ママは顔を上げて、僕を真剣に見つめた。助けを求めるような目だった。
「でも、大好きなのよ?全部貴方のためにやってるの。健康だって、お洋服だって、友達だって、本だってそう、全部ママが良いものを選んで導いてあげたじゃない
……
。」
どうしよう、僕はどうしたら、
「あずさちゃんだって良い学校行きたいよねぇ。言ってくれたよね。
……
なのになんでできないの?」
ズキ、と心臓が痛んだ。なんでできないんだろう。本当になんでできないんだろう。
「お父さんとこの前話してたのよ。三品さん家の息子さん
……
クロード学院の特待生ですって。世の中にはね、北高よりもっと優秀な学校に行く子もいるの。その子たちだって皆頑張ってるのよ。超高校級に選ばれる子たちだって、ねぇ
…
」
ママもその息子みたいなもっと優秀な子供がいたら、幸せになれただろうか。ギフテッドの子供がいたら、奨励金が入って父さんを喜ばせられただろうか。
ああ、想像するだけで、自分の駄目さが嫌になる。
「あずさちゃん、私そんなに難しいこと言ったかな?そういう子たちより、楽でしょう。」
簡単なことすらできない。当たり前のことがやれない。
「貴方も、私が悪いって言うの
……
ねぇ
……
」
ママは僕の肩を握った。伏せた顔から涙の雫が溢れ落ちて、ぼたぼたと服を濡らす。
「ち、ちが、僕が悪いんです
……
ごめんなさい
……
僕が頑張らなかったから
……
全部、僕のせいなんです、ごめんなさい、」
ママは全部良いものを選んでくれた。それは疑うまい事実だ。ママだって大変だろうに、生まれたころから僕の全てを管理してくれている。身体も、人間関係も、心の形も、全てママが作ってくれたものだ。
それなのに、どうしようもない何かのせいで上手くいかない。だとしたらそれは僕のせいに違いなかった。僕が僕である限り、物事は全て駄目。
ママが僕に肯定を望むなら、僕はそれを肯定することになるのだ。そうしなければならない。そういうものとして、ありのまま。
僕の頭が悪いから、僕が馬鹿だからいけないのだから
……
。
「
…
あずさちゃんは、もう駄目なのかなぁ。どんなにやらせたって
…
無駄なのかしら」
身体がびくりと震えた。それは、死刑宣告のような響きを伴って僕の中に響いた。
「ああ、駄目なんだわ、もう。あずさちゃんは駄目なんだ
…
」
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