佐藤
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P4 chapter2:油断大敵

4月頃の話。うっかり事件に巻き込まれる(全11話)


06.喧嘩の仲裁も警察の仕事

「ちょっと、何がどうなってるわけ……!?」
「お話したい、のは、山々です、が、この状況じゃ、言葉をうまく、まとめられ、ません、ね、」

ぜえはあと大げさなくらい息を切らして座り込んでいる少女になんとかしろよと眉を顰めて悪態をつきかけたが、その顔を見下ろして足立は思わず一瞬呼吸を止めた。真っ青だ。元々色白なのだろうが、そういうレベルじゃなく明らかに不健康的な顔色。今にも倒れそうに見えるが、それでもなんとか正気を保とうとしているのか、冷や汗をたっぷり浮かべながら胸のあたりに拳を作って強く握りこんでいる。
こんな状態で全力ダッシュしたのなら、この息切れも大げさではないのだろう。そうわかってしまって、足立も流石に黙りこむしか無かった。

(って言ったって、どうすんだよこれ………!!!)

当て所なくうろうろと歩きまわっていても水族館の中はただただ静かで何にも起こらないものだから思ったより安全なのかと思いきや、辿りついた異様に仰々しい扉の先に進んでみれば突然少女――平和島三琴に瓜二つの、だけどどこか薄気味悪い雰囲気した少女が現れるし。そいつが三琴と口論していたかと思ったら、いきなり赤黒い霧がぶわっとなって、なんかやたらでかい怪物に変身するし。しかも追ってくるし。さっきまでその怪物に啖呵を切っていた筈の彼女はすっかり憔悴しきっているし。確かに道を戻っているはずなのに走れども走れども出入口らしきところは一向に見当たらないし。取り敢えず怪物との距離はそれなりに取れて少し休憩できてはいるけれど、いったいどうすりゃいいっていうんだ。

「ごめん、なさい、」

足立が無言で苛立っていると、それを感じ取ったのか三琴は切れ切れの言葉で言った。

巻き込んでしまって、すみません。
うっ、と足立はまたもや呼吸を止める。

(何しおらしくなってんの、さっきまでの威勢はどうしたの)

気の利いた言葉どころか軽く揶揄する言葉すら出てこなくて、足立はぐしゃぐしゃと乱暴に自分の頭を掻いた。思いきり息を吐きたくて仕方なかったがこの状態の少女を前にしてはそういうわけにもいかない。
もやもやしたものが胸に渦巻いて気持ちが悪いうえに、なんだか先程から時折ずきりと頭が痛むし、気分は最悪だ。
ますます燻る嫌な感じに足立が顔を顰めることしかできないでいると、三琴がふらりと立ち上がった。足立は思わずぎょっとする。

「ちょ、ちょっと!いきなりどうしたの!」
………自分の蒔いた種は、自分で摘まないと、」
「はぁ!?何言ってんだよ、意味わかってる!?それともあんなのに立ち向かって勝算――

言いかけて、鋭い痛みが頭の中を駆けた。咄嗟に額を押さえる。じわじわと広がっていく痛みに呼応するように心臓が激しく鼓動し、いつの間にか冷や汗が出ていた。

なんだこれ。なんでこんなになってるんだ。頭いてえ頭いてえ頭いてえ頭、いてえ、畜生、心臓うるせえ、クソ。なんなんだよ、なんでこんな目に合わなきゃならないんだ。バチがあたったっていうのか?ふざけんな。そりゃあ罪悪感がないわけじゃなかったけど、こんなわけのわからないところに落っこちて、怪物に追っかけまわされて、そんなの望んじゃいない。まだ死にたくない。死んだら全部無くなってしまう。何もかもなかった事になってしまう。それは嫌だ。生きるのがめんどくさいなんて思っていたしそれは今も変わらないけれど、だからといって別に死にたいわけじゃない。僕は、いや、俺は――

足立が思考の海に溺れかけていると、ずるり、と粘着質なものが地を這う音がした。
ぞわりと一瞬で戦慄する。
振り向くとそこには蛇のような細長い身体に、長い髪の女の上半身がくっついた形をした、水色の巨大な怪物が出入口の扉を塞いでいた。怪物はこちらをまっすぐ見つめていて、ばちりと視線がかち合うと、嬉しそうに笑った。

「館内では走らないように、マナーを守ってお楽しみくださいね、お客様……?」

ノイズを混ぜたような声が耳に侵入して、頭痛が一層強まる。怪物と目を合わせているとどうにかなりそうで、足立がちらりと三琴に視線を移すと、彼女は相変わらず青い顔をしていた。息もまだあまり整っていない。
くすくす、と喉を鳴らす掠れた音が部屋を震わせる。

「もう諦めちゃったの?ねぇ……死にたくも生きたくもない、それでいて寂しがりで、空回りしてばかりの面倒くさい消えたがりさん」
「うる、っさいな………暴走してるやつに言われたくない」
「またそうやって他人ごとみたいに言うんだから。まぁ別にどっちでもいいけどね、今からあなたは消えるし、それに、」

怪物の黄色い目がぎらりと光る。三琴が顔を強ばらせる。
あらゆるものが静まり返り、張り詰めた空気の中、空気を読まずに頭痛だけは延々と足立を蝕んでいた。

「私は、あなた…………そうでしょう?」

たっぷりの間を置いて怪物がそう吐き出したと同時。

「ッ、うぁ………!?」

ずきり、と一際大きな痛みが駆けて、足立は思わず呻きを上げぎゅっと両の目を閉じた。
瞬間、その痛みと共に、聞き覚えのない嗄れた低い声が頭の中に響き渡る。

………れは、なんじ………なんじ、汝、は、われ…………?)

どくどくと胸が早鐘を打つ。汗がぶわっと噴き上がってきて、身体の奥が熱い。わけのわからない事態に足立は半ば思考停止していた。

(そうぼう、………双眸、見開きて…………

今こそ、発せよ。

そろりと、閉じた瞼をゆっくり開くと、一枚のカードが掌に収まっていた。

……………ペ、ル……ソ、ナ」

唱えた瞬間に、激しい旋風が巻き起こった。今までに感じたことのない何かが身体中を駆け巡る。
いつの間にか頭痛と汗はすっかり引けていて、ただ心地良い程度の熱だけが残されていた。

……………マジ、か」

ぽつりと呟いた三琴の顔を見下ろせば、呆気に取られたという顔でこちらを――否、足立の顔よりは少し上方を見つめている。その視線に倣って振り返ると、そこには全身に真紅を纏い、鋭利な剣を逆手に携えた、禍々しいオーラを発する異形が佇んでいた。

「マガツ、イザナギ…………?」

よぎった名を呼べば、応えるようにそれは霧散し足立の身体に重なるようにして消え失せた。
掌を見ればまたもカードがそこにある。

…………え、え?ちょっと待って、これって」
「足立さん、それ、強く握って、もう一回呼んで」

超常的な現象に混乱しかける足立に三琴がやけにはっきりとした口調で言った。足立は僅かに躊躇したが、いいから早く、とでも言いたげな表情に、足立は顔を引き締め思考を落ち着けた。
ひとつ、深呼吸をする。カードを乗せた手に力を込める。

――マガツイザナギ」

するとカードは弾け、再び異形が顕現した。今度はそれと同時に、いくつかの名詞が頭の中を泳ぐ。
どうしたものかと足立が頭を悩ます前に、三琴はやはりしっかりと明確な意志を持って言葉を紡いできた。

「いま、どんな感じか、教えてください」
「どんな感じ、って…………なんか、頭の中によくわかんない単語が」
「何でもいいから強そうなの、読み上げて」
「えぇ?!」

はっきりした口調のわりにはざっくり過ぎる指示に足立は思わず素っ頓狂な声をあげたが、少女の顔は真剣そのものだ。
ええい、こうなりゃもう、なるようになれ。
ほとんど自棄気味にそう思って、足立は一片の言葉を叫んだ。

「木っ端微塵切り!!」

足立の叫びが部屋に響くと、無数の青白い剣筋が怪物に向かって舞い乱れた。
小気味の良い音を立てて襲いかかる刃に怪物は小さく呻きを上げながらよろめき、その身を守るように掻き抱いている。

「うそ、マジで……効いてる……?」
「物理弱点とか……このタイミングでの覚醒もそうだけど、ホントご都合設定サイコーだな……

怪物の反応を見ながら目を丸くする足立を尻目に、三琴は顔を手で覆いながら渇いた笑いを零していた。


<了>