05.I'll knock down myself
テレビの中に落ちたからには、きっと避けられないのだろうと思っていた。
大きくて立派で明らかに怪しい扉の先にはきっとそれが待っているのだろうと覚悟はしていた。
巨大な水槽からの光を浴びて鮮やかな青に色づけられた霧の中、ゆっくりと現れたそれに息を飲む。
「ようこそ、みんな大好き永遠のアクアリウム『ムーンライト水族館』へ」
にっこり、不気味なほど整えられた笑み。私はそんなふうに、そんなに上手く笑えない。
そろりと覗いた金色の瞳に寒気が止まらず、私は無意識に後ずさった。
(
……実際に自分がこの立場に立ってみると、思ったよりえげつないっつーか、まぁ、展開読めてんだから回避余裕だろなんて思ってたけどそういうわけにはいかないのね
……)
そう思いながら、私は黄色い目をした私を見つめた。彼女は瞳の色を除けば今の私とそっくり、容姿も服もまるでおんなじだ。
思わず鏡を見ているような気分になるけれども、それを唯一の異なる点である黄色が鮮やかに邪魔してくる。
「いやー、見事な場所だね。ところで私は今丸腰なんだけど、見逃してくれないかな、また今度来てあげるからさ」
「そんなの関係ない、でしょ?」
あなたもわたしならわかってくるせに。私はそう言って続ける。
「むしろ丸腰なら都合がいい、そうでしょう。自分に都合のいいときだけそんなふうに言うの、よくないよ?」
「
………あー、たしかに、そうだね。まったく私らしくない。私だったら大人しく棒立ちでぶちのめされるのを待ったほうがいいかもね」
「ぶちのめされたいの?どんなふうに?」
「いや、痛いのは嫌だから、どうせなら即死魔法使ってくれないかな。使える?」
「そんなの使ったらつまらないよ。色んな方法、試したくない?」
「
……マジかよ、勘弁してくれ。痛いのは嫌いだろ、きみだって」
「こっちの私は痛くないから平気だって。それに、死にたいんでしょ?」
「
………………………は、?」
唐突な台詞に私が言葉を失うと、私はゆるりと唇を歪めた。
「違わないよね、いきなり一人で訳の分かんない世界に来ちゃって、でもそんなの話したって誰も信じてくれやしないし、そもそも私が何言ったって無駄、それはあっちの世界でも変わらない。おんなじ。だあれも私の話なんて聞いてくれないし私が何かを変えることなんて出来ないし、私が居ても居なくてもなんにも変わらない。だったら別に死んじゃってもよくない?私がいることに意味なんてないんだから。たまたま生まれて、たまたま今の今まで生きてるだけ。容姿も別に良くないし、何か秀でたものがあるわけでもない。なんの得があるのか、そんな私でも好きだと言ってくれる奇特な人があっちの世界にはいたけれど、こっちに来てからはずっと一人ぼっち。自分からじゃ誰とも話せやしない、根暗で陰気で何のとりえもないどころかマイナス要素しか持ってないような碌でも無い人間。そうやって考えてるうちに死にたくなったこと、数えきれないくらいあるでしょう?あ、痛いのとか苦しいのは嫌だから死にたいんじゃなくって消えたいんだった。でもそんなことそうそうできないから、とりあえず生きてる。それだけのことでしょう?」
一息で急激に流し込まれる言葉に頭がくらむ。なんとか正気を保とうと私は私をじっと見つめたが、その背景の、気が狂いそうなほど深い青が目に眩しくてチカチカする。
「
……それは、」
「否定出来ない。違う?」
「
………先に言うなよ、イラッとするな」
「しょうがないでしょ。私はあなた、なんだから」
「面倒くさい女だな
……我ながら」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すよ」
返す言葉を即座に紡ぐことができなかった私を、くすくす、と喉を鳴らして私は笑った。
「いいじゃない、私があなたになってあげる。そしたらあなたはもう無意味に生きなくて済むし」
「君が私になったところで、私は必ずしも幸せにはなれないよねえ
……」
「考えるのが疲れたっていうくせに、小手先なことばかりよく考えてよく喋るね。本当、負けず嫌いで屁理屈屋で面倒くさい女だなあ。それでいてできるだけたくさんの人から愛されたいと思ってるなんて、身の程知らずにも程があるよ」
「別に、私は一人でも」
「生きていけるって?馬鹿じゃないの?愛されなきゃ生きていけないくせに」
「うわ、そういう台詞寒気がするからやめてくれない?私らしくない」
揺らぐ頭を抑えつつ私が吐き捨てた瞬間、私ははっとした表情をして、すぐにまた笑みを零した。
「あ、
……あぁ、そっか、ふふ。そうだねえ。私らしくない。そこが私の一番認めたくないところ、だもんね」
どきり。心臓が跳ねて、私は思いがけず驚いた。
口の中が急に渇いた気がして、言葉を返そうにも何故か喉のところで引っかかる。
「
…………………………」
「図星のときは黙っちゃう?」
「
…………うるさいな」
また、喉の鳴る音が聞こえる。
「本当のこと言われると何も言えなくなっちゃうもんねえ。素直なんだか馬鹿なんだか。カッコ悪いよ?どうせならいつもみたいに達者なお口でぺらぺら適当に喋っちゃえばいいのに。どうせ誰も彼も、皆自分に都合のいいものしか見てくれないんだから。適当に誤魔化して口当たりのいい言葉だけ選んで喋って、そしたらたくさんの人から好かれたでしょ?好かれたいからそうしたんでしょ?一人じゃ寂しくて仕方ないからそうしてるんでしょ?『インスタントな友人をいくら多く広く持ったとしても、孤独の傷は癒されず、自分を愛するようにはなれない。ごまかしにすぎないからだ』
……っていうけれど、インスタントじゃない友人を持つのも怖いんだよね。自分は親友なんて作れるような大した人間じゃあないし、もしも愛想をつかされたときに、一人にされるのも怖くてしょうがない。だから特定の人と親しくなりすぎるのを怖がって、適当に広く浅く友達ごっこしてる。切り捨てられても傷つかないようにってね。それでいいんだよね?一人ぼっちじゃ何も出来ない、誰かに好かれていない自分なんかいらない。とんだ八方美人のクソビッチだねえ。でも、それが私。誰かに好かれることでしか自分の存在を認められない、浅ましい承認欲求の塊みたいな人間、」
「
…………………黙れよ、ふざけんな」
渇いているはずの口が相向かいで流暢に動いているということに、私は言い知れない気持ち悪さを感じた。
「あれ、言っちゃっていいの?
それを言ったらどうなるか、あなたにはわかってるんじゃない?」
揶揄するような笑いを含んだ声がどこか遠くに聞こえる。わかってる、わかってる。
わかってるよ。今ここでそれを言ったらおしまい、どうにかできる保証もない。私に何かができるわけない。
わかってる。わかってる。私はゲームの主人公じゃない。
わかってる。けれども。
けれども、その声を出しているのはこの私の喉じゃない。
胸のあたりになにか濁ったものがぐるぐる渦巻いているような感覚。ズキズキと頭の奥が痛んで目がくらむ。吐き出したくてたまらない。吐き出さずには、いられない。
「うるさい、女々しい、気持ち悪い。私はあんたを認めない。
………………おまえなんか、私じゃない」
私は私を睨みつけた。
<了>
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