佐藤
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P4 chapter2:油断大敵

4月頃の話。うっかり事件に巻き込まれる(全11話)


10.不器用な子ども

何月何日何時何分何秒だったか正確にはわからないがおそらくテレビに入った日から、向かい合った相手の顔をじっと見つめると、相手に関する直近数日程度の予言が頭をよぎるようになった。
とはいえそれは手帳に書かれる予言と同じでたった一言だけのものだったから、初めは勘みたいなものかと思っていたのだが、聞くところによるといつも屋上にいる女生徒の、外れない天気予報と同じくらいの精度らしい。

「あの、今日はありがとうございました。また来ると思うので、よろしくお願いします」
「いーえ、こちらこそ、ありがとうございました」

ぺこりとお辞儀をする物静かそうな女生徒にお辞儀を返し、せいぜい五・六分程度話をしただけなのに丁寧な子だなあと思いつつ、扉の先に消えるその背を見送る。彼女はもう今日で三人目のお客だけれども、全然時間が進んだ気はしない。取り敢えずポケットから携帯を取り出して時刻を確認してみる。まだ終業から30分すら経たない。

……………………

何とはなしに始めた占い師のまねごとは、意外にもそれなりに需要があって一応商売としての体を成していた。話のタネにという文句で足を運んでもらえるよう初回はお試し価格300円、以降は一回500円。高校生の財布にも優しい価格設定のおかげか、はたまた娯楽の少ない田舎町だからか、気の向いたときに適当な空き教室でひっそりとなんてやる気のない営業形態でも日に二、三人程度は訪ねてきた。大した宣伝はしていない。やったことといえばクラスメイトに「課題明日提出になるからまだ余裕あるよ」「今日廊下で滑るからあまり走らないように気をつけて」などと予言に基づく助言を何度かちらつかせたことと、会話の中で占いができるのだと僅かに零したことくらい。占って欲しいと声をかける人が出てくるのにそう時間はかからなかったし、おそらく後はいわゆるクチコミで広まったということだろう。
しかし一件の依頼は早ければ五分以内、長くても十分はかからないうちに終わってしまうので、お小遣い稼ぎには良いが客がまばらだとどうにも退屈で仕方ない。
一人きりのまだ明るい教室で携帯を弄びながら、三琴は深くため息を吐いた。

(マヨナカテレビの件もそうだけれども、本当にここの人らは噂が好きだな……
……あぁでも、よく考えたらあっちでもダラーズやら黒バイクやらとなんやかんや色んな噂があったか)

ふと、つい先月まで過ごしていた世界とその日々を思い出す。
いつも優しい二人の兄、会えば必ず声をかけてくれるワゴンのメンバー、会う機会は少ないけれどもやはり話し相手になってくれる黒バイクと闇医者、それにやたらと目の前に現れては本気なのか冗談なのか恥ずかしくなる程の愛を囁いてくるあの胡散臭い青年。

………心細い、とか、やっぱ女々しい)

ぎゅ、と胸のあたりを締め付けられるような思いがして、三琴は強く瞼を閉じた。

途端、応えるように携帯が震える。
画面に表示された名前を見て一抹の戸惑いを抱きながらも、寄る辺のない手指は徐にそれへと伸ばされて。

『今から来ない?』

少女の心情を知ってか知らずか、電話の先の声は優しく囁きかけた。



別に誘いを受ける理由もないけれど、それと同時に断る理由もなかった。
強いて言うなら暇を持て余していたから、ただそれだけだ。

「天城雪子が行方不明になるって件も、事前に知ってたの?」

水槽が放つ青い光に照らされながら、三琴と足立は赤い布張りのソファに座って、壁に取り付けられたディスプレイを眺めていた。
その周囲には鉄球を繋がれたライオンや厳つい顔をした二足歩行の牛のような奴が取り巻き、さらに三琴のすぐ横ではパンダのぬいぐるみやチョウチョの群れやヒゲを蓄えた小さい王様がぴょこぴょことじゃれ合っている。
それぞれネメアンアニマル、ミノタウロス壱号、真面目カロシー、移り気のパピヨン、ぐれぇとキングというらしい。
彼らが出入口まで案内してくれたのだという足立の言葉をにわかには信じがたかったが、人懐こく擦り寄ってくる彼らに三琴は間もなくほだされてしまい、同席を許したのだった。

…………まぁ、一応」

三匹の戯れる様子を横目で見ながら、三琴は物憂げな顔をする。それを見て足立は短くため息を吐いた。

「そこまで辛気臭い顔しなくてもいいじゃない。君がやったんじゃないし」
「忠告くらいは、」
「しても僕みたいに聞かなかったかもよ?」

慰めるような、諭すような、諦めさせるような、そんな口調だ。
そのうちのどれで取っていいのかわからない、そんな口調。

「気にしても仕方ないって。過ぎたるは及ばざるが如しだよ」
「すごい開き直りようですね」
「変えられないことをずるずる引きずってても実際どうにもならないの。人生は臨機応変、気楽に生きなきゃ」

足立の言葉をぼんやりと聞きながら三琴はテレビに視線を戻した。
眼前の大きなテレビ画面には、学ラン姿の男の子二人と制服にジャージを身につけた女の子一人とが連れ立って、ゴシック調の雰囲気漂う赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いているのが映っている。

………ま、生田目が落とした奴らを、助けだす役がいるんでしょ?
なら尚更、人が死ぬわけじゃないし、君がやたらと気負うこともない」

相変わらず物憂げな表情のままの三琴を気遣ってか足立はそう言ったが、三琴の顔はやはり晴れない。

「それとこれとは……というか、彼らの妨害はしないんですね」
「んー、邪魔して彼らが死んじゃったら困るじゃない?
バカみたいなイタチごっこしてるのを見るのが最高に面白いと思うんだよね」
……はあ」

続く足立の言葉に三琴はほとんど呆れ声で応えた。
すると何が面白いのか足立はくつくつと喉を鳴らす。
三琴は足立の方を向いてようやく別の表情、怪訝な顔をした。

「趣味悪い、って?」
……そりゃそうですけど、だからといって別に、なんでも。
私にはストーリーを大きく変えることができないし、するほどの気力もないです」
「ホントやる気のない子だねぇ……若いうちからそれじゃ、今後が危ぶまれるなあ」
「こんなものだと思いますよ、実際、私みたいなのは言うほど珍しくもないかと」

そう言うと三琴はつまらなそうに足立でもなくシャドウ達でもなくテレビでもない所、塵や埃すらも何もないカーペット状の床に視線を落とした。

やる気がない子、と言われても何も感じない。実際そうだから。
何も出来ないと言われても反抗することはできない、それは事実だから。
事実に刃向かう気はない、それは聞き分けのない子供のすることだから。
ただ、知っているのに何もしないということに引っかかりを感じない程三琴は未だ達観していない。
それに何も出来ないということを受け止めることと受け入れることは少し違うように思う。

(一人じゃ何も出来ない、……なら、何かに縋るしか、ないのだろうけど、)

「ねえ、今日はもう終わりみたいだし、そろそろ僕らも帰ろっか」

差し出される手を取るのは、霧が深くて何も見えないから、取らざるを得ないからだ。
そう言い聞かせて、三琴は足立の手にそっと触れた。


<了>