佐藤
Public P4
 
499252

P4 chapter2:油断大敵

4月頃の話。うっかり事件に巻き込まれる(全11話)


11.インスタント・コミュニケーション

(あーそうか、いつ救出しても復帰の日は決まってるんだっけ)

小腹が空いたからと放課後、仕事の合間に立ち寄った購買でカップ麺を物色していたところへ、小走りでやって来た天城雪子の顔を見て三琴はぼんやりとゲームシステムを思い出した。
いつも忍耐力に限界が来るまでレベルを上げ、数回程度の探索で早々ボス戦に挑むことにしている三琴としては期限までに救出が間に合うかと少しだけ心配していたのだけれども、すっかり回復している様子の雪子に小さく安堵の息をついた。
しかしそんなこととは知る由もない雪子はそれを特別意に介すこともなく、三琴のすぐ隣に立つと、商品の並べられた棚を見つめてからすっと棚に手を伸ばした。
瞬間、さらりと揺れる黒髪、ふわっと香る甘やかな匂い。

しかしこう近くでみるとホント綺麗な人だなあ、色白黒髪ロングの和服美人ってすごい二次元設定まぁ私からしたら実際二次元なんだけど。あと割と身長もあるし……っていうかそれは私が低いだけか。

溢れ出る雅な空気に思わず目を引かれて、半ば感心しながら三琴もまた適当に棚へ手を伸ばす――と。

「あ」

不意に横から聞こえた声にぴたりと動きを止めて振り向くと、僅かに頬を赤らめた雪子がはっとした顔をし右手で口を抑えていた。

「あ……その、急にごめんなさい、何でもないの。気にしないで」

……あー)

なるほど、緑のたぬき。
しかもラストワン。

慌てた様子で謝罪する雪子と自分の手が掴んだカップ麺を交互に見つめて三琴は即座に事態を察した。
そういえば今日は屋上で特捜隊の三人が復帰した雪子に話を聞く日であり、雪子が特捜隊に加入する日であり、雪子と千枝が主人公と花村に赤いきつねと緑のたぬきを無残にも具ごと全部頂かれてしまう日だ。
そこまで思い出すとほぼ同時に三琴はちらりと雪子の左手をうかがった。その手には赤いきつねが一つキープされている。
今は放課後だし、おそらくは今日が雪子の復帰初日だし、きっとまさにこれから屋上で集まるに違いない。
そう思ったら三琴がやることは一つしかなかった。

………えーと、あの。良かったら、どうぞ」
「えっ」

三琴がすっと緑のたぬきを持った右手を差し出すと、雪子は再度口を抑えて目を丸くした。
それからやはり慌てて小さく首と手を振り、遠慮の意を露にする。

「やだ、そんな。私の方が後から来たのに、譲ってもらうなんて」
「やー、別にいいですよ、私ちょうど赤いきつねと迷ってましたし。お気になさらず」
「でも、えっと……

口篭る雪子を見て、三琴はへらりと唇に弧を描いてみせる。
あまり上手いとは言えない作り笑顔だったが、それは悪いものではなくむしろ至って普通に、友好的に振舞おうとしてのものだと雪子は感じ取ることができた。そしてそう思うと同時に自然と、彼女もまた口元を緩ませ顔を綻ばせていた。

……それじゃ、お言葉に甘えて」
「はいはい。どーぞ」

二つの手の間を緑のたぬきが移動する。
微かに指先が触れ合い、視線が交差して、雪子はふふっと安心したように笑みを零した。
その柔らかさに思わずどきりとしてから三琴もほろりと表情を崩す。

「ありがとう。友達のお使いだから、助かっちゃった」
「お礼を言われるほどの事では。お友達は緑のたぬきで、天城さんは赤いきつね派なんですね……というか、天城さんもカップ麺とか食べるんですね」
「うん。たまにだけどね、これのおあげが結構おいしくって」
「あー、わかります。たっぷりだし汁含んでるのがたまらないですよねー」
「そうそう…………あっ」

先程までより幾分か増して砕けた空気に乗せられて、二人はその場で適当な会話、所謂世間話のようなものを始める。それはさもすればそのまま女性特有の長話に発展するかとも思われたが、しかし間もなく雪子の声がその流れを唐突に分断する。
急な停止を不思議に思って軽く首を傾げる三琴を、雪子は真っ直ぐ見据える。その顔にはやはり笑みが浮かんでいて、どこか上品にも快活さを帯びていた。

「ねぇ、お名前教えてくれない?」
「へ、」
「さっき、天城さんって言ったでしょう?でも、私はあなたの名前知らないから
「あー……

なるほど、と返してから三琴は一瞬考える。まずいことをしてしまっただろうかと。
――凄く自然に名前を呼んでしまったが、まぁ、天城さんは有名人だから大丈夫か。名前を一方的に知られていてもおかしくないし、別に不自然には思われていないはずだ。どちらにせよ取り敢えず今の状況からして特に悪くは思われていないだろう。
トリップもののセオリーから行けばこちらの世界の人間とあまり関わりを持つのはよろしくないというものだが、この流れではむしろ名乗らないほうが変だ。
数秒もかからずそんな判断に至った。が、それでもなんとなく言いづらい気がしてしまう。

「えーと、一年の平和島三琴、です。先月から稲羽市に越してきました」
「そっか、道理で見ない子だなと思った。あ、ほら、稲羽って小さい田舎町だから、学校が一緒になるような年の近い人の顔って案外覚えちゃうの」

躊躇いがちに捻り出した自己紹介。返された言葉に若干ひやりとしつつ、三琴はそうなんですかと当たり障りの無い相槌を打つ。笑顔を取り繕いながら顔色を窺ってみても、雪子の表情に別段変化は見えない。
……大丈夫だ、違和感など与えていない。

「えっと、それじゃあ改めてよろしくね、平和島さん。今度は私が譲るから」
「はは、よろしくお願いします。期待してますね」

何故かきりっとした顔をする雪子に小さく笑いかけながら、三琴は赤いきつねを手に取った。


<了>