04.背中合わせの共同体
「で?もしかしてこのことも、女難の相ってやつに含まれてたわけ?」
スラックスをぱんぱんと手で叩きながら、刺のある声色で足立は言った。
「まさか。自分に関することも予言できてたら、さっきみたいに焦ったりしませんよ」
対する
三琴もまた制服のスカートと、上に羽織ったパーカーを叩いている。その声はどこか淡々としていた。
「
……焦ってたわりには、咄嗟にネクタイ掴むなんて、随分機転がきいたよね。」
「本当に喧嘩の強い不良って、ピアスとかの装飾品付けたり、腰パンしたりしないんですって。相手に掴まれて引っ張られたりするから」
「はあ
……?」
「スーツの前閉めて、ネクタイも緩めず、しまっておけばよかったですね」
「
……どこで聞いたのそんな話
……」
「昔から、本やらネットやら人の話やらで、色々なものを見聞きしているので」
「
………あっそ」
他人ごとのように機械的な受け答えをする
三琴がなんとなく気に食わなくて足立は不満をぶつけかけたが、今ここでそんなことをしても仕方がないと思いとどまった。深呼吸をひとつして、足立は
三琴に向かい合うと、幾分柔らかい調子になるよう気を遣いつつ言葉を投げかける。
「それじゃ話変えるけど、ここ、どこ?」
「さぁ
……私も初めてですし、わかりませんよ」
三琴は相変わらずの調子だったが、よく見てみれば、ひどく途方に暮れて脱力している様子だ。
この分ではおそらく嘘は吐いていないだろうと判断し、足立はまたひとつ深呼吸をした。
小西早紀をテレビに落としたのは、言わば確信犯的犯行だった。山野真由美を落とした後間もなくして彼女の死体が上がったということから、テレビに落とせば人は死ぬ、それも異常な死を遂げるとわかっていた。
山野の死体を見たときに吐き気を催したのは自分が意図せずしかも呆気無く人殺しを犯した事実にショックを受けたということも大きいと思うが、そうでなくてもあれはショッキングなものだったと覚えている。とにかく酷い状態だった。
だからテレビの中の世界はどんなにかむごたらしい場所なのだろうと思っていた。
しかし、実際に自分が入ってしまった今、そこは見渡すかぎり深い青が広がっている、酷く静かなところだった。
(水族館
……か、何か?)
壁に沿って右手には巨大な細長い水槽、左手には小さな水槽がいくつも並べてあり、そのそれぞれの中には魚そのものではないけれど魚のような形をしたものが色とりどりに泳いでいる。それ以外は水槽から放たれる青い光と、それが当たっていない部分の黒い陰。ほとんどその二つの色のコントラストで構成されている世界だが、目を凝らすと少し先の床と天井からは弱々しい水色の照明が、点々と薄暗い通路の奥へ誘導するように伸びている。
順路はあっち、ってことか。
足立には無言でこの場所がそう伝えている気がした。
「まぁとにかく、ちょっと歩いてみようか?ここにいても何も変わんないし」
「
……案外お元気ですね。もっと不平不満をぐちぐちつらつら言われるものかと思ったんですが、」
「それ、巻き込んだ側のきみが言うの?」
別に僕の今感じてる不平不満をありのままぐちぐちつらつら言われたいなら、いくらでも聞かせてあげるけど。
足立がそう言ってみると、
三琴は「遠慮します」と渋い顔をした。
わざと嫌がりそうな言葉をあること無いこと言ってやっても良いなと微かに揺れる嗜虐心を落ち着かせつつ、足立は暗がりの中へ続いていく通路を指さしてみせた。
「ほら、あっちの方とか道続いてるみたいじゃない、行ってみようよ」
「なんでそんなアクティブなんです
……というかよく見えますね、この中で」
「え?何が?」
「何がって、」
言いかけてぴたりと唇を止めた
三琴を、足立はきょとんとしながら見つめた。
それから「そうか、そういえばあそこでも眼鏡かけてなかったな」とかなんとか、小さくてよくは聞こえないけれどもそんなようなことを呟く彼女に置いてけぼりにされている気分がして、少し怪訝な顔をする。
「何の話?」
口元に手をやりながら一人で考えこむような仕草をしているところに足立が声をかけると、
三琴はぴくりと肩を揺らした。
しまった、とその顔は明らかに語っている。ご丁寧に汗まで一筋垂らして、どう見ても怪しい。
「
……もう一度聞くよ、何の話?」
足立はわざとらしく繰り返してみせた。
「いえ、
……あー、その
……足立さんは目が良いなあと」
「
……もしかして馬鹿にしてる?」
「滅相もない。私結構目が悪いんで普段眼鏡かコンタクトしてるんですけど、さっきコンタクト落としちゃったみたいで周りがぼやけてよく見えないんですよ」
「ふーん、そう。そりゃ大変だね」
ぺらぺらと言葉を紡ぐ
三琴に足立が形ばかりの労いの言葉を吐き捨てて、両者はそれきり閉口した。
「
…………………………」
「
…………………………………」
異様な程静かな空間で、暫し時間だけが流れる。
「
…君、頑固者って言われない?」
やたらと長い沈黙の後、先に沈黙を破ったのは足立の方だった。
「たまに言われますが、時と場合によっては長所にもなると思っています」
一方の
三琴はと言えば、足立の言葉に応えこそすれ、言い終わるや否やすぐに口を固く結んでしまっている。本当にとんだ頑固者だ、と思って足立は苛立ちを通り越しすっかり呆れてしまった。真面目そうな子だとは思っていたけれども口まで、それも今時の子にしては珍しいくらい固い。
どう扱ったべきかと考えるもすぐに答えは出てこなくて、手で顔を半分覆いつつ足立はがっくりと肩を落とした。
「
……はぁ。わーかった、取り敢えずもういいよ、そういうことにしておいてあげるよ」
「納得いただけましたか」
「納得じゃなくて譲歩だよ譲歩。このままにらめっこしてても埒があかないでしょ
……いつまでもだらだらしてないで、さっさと行くよ」
足立が白旗を揚げるなり急に嬉しそうな顔と声を覗かせた
三琴はしかし、次の瞬間首を傾げて頭に疑問符を浮かべていた。
やや見開かれた丸い瞳、その表面には
三琴へ向かって右手を差し出す足立が映っている。
「
…………は?」
「いや、『は?』じゃなくてさ。見えないんでしょ?迷子になったら困るじゃない。それとも、またネクタイでも掴む?」
「
……」
「人の厚意は素直に受け取っておくもんだよ」
押し黙ってしまった
三琴を見て足立がため息混じりにそう言うと、長めの袖に包まれた小さな白い手がおずおずと足立の差し出された右手を取った。まるごと包み込めてしまえそうなほど大きさの違う手同士。それらが重なった瞬間に軽く握りこんでやると、足立はぎゅっと力が返ってくるのを感じた。
なんだかんだ、怖いのかな。
やっぱり可愛いところもあるじゃないか、と言うのはやめておいてやろう。
見下ろせば若干渋い顔をして下方に視線を逃している
三琴がいたので、足立はそう心の中だけで呟いた。
<了>
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