佐藤
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P4 chapter2:油断大敵

4月頃の話。うっかり事件に巻き込まれる(全11話)


01.まもなくデッドラインに到着です

暦も4月に入り、三琴は焦燥を募らせてきていた。

もうすぐ新学期、入学式。けれども彼女の心境をじりじりと追い詰めているのはそのことではない。

沖奈市にある喫茶店シャガールにて、三琴は紅茶の入ったカップ片手に、机に肘を付きながらまた青緑色の手帳を開いていた。3月末頃からここのところというもの、手帳に書かれた予言が自分に関するものではないと確証してからは特にやることもなく一人ずっとそんな調子で日々を過ごしてばかりいる。そうせざるを得ない、手帳を見ずにはいられない心情が彼女にはあった。
何故ならば、彼女はゲームとして、この後の展開を既に知っているからだ。

4月12日の欄には「始業式」と書いてある他まだ何もない。
しかし、その文字列だけで、彼女にはその日起きる事件の記憶が呼び起こされる。

……山野アナの死体が上がるの、この日だったよな、たぶん)

そう心中で呟くと、ずしりと重いものがのしかかって来たような気分になった。
山野アナ――山野真由美は、ゲーム上ではグラフィック登場後間もなく亡くなってしまうし、決してそこまで思い入れを深められるキャラではない。さらにここでは縁もゆかりも会ったことさえもない、完全に赤の他人だ。
しかしながら、そうとはいえ、死ぬということが既にわかっているとなると、どうにも気にならずにはいられない。

(天城屋に雲隠れする、っていうのも逆に厄介だなあ)

そもそもローカル局とはいえ女子アナウンサーと個人的にコンタクトを取るなど無理なように思えてしまう。仮にそれが可能であったとしても山野アナは確か天城屋に宿泊中女将へ辛く当たっていたというし、まともに話をできるかと言えば些か分が悪そうだ。天城屋を通して連絡するというのも悪戯か何かかと思われるかもしれないし、と思うと、なかなか上手い手が思いつかない。

「はぁ…………

カップに口を付け、一口だけ紅茶を飲んでから三琴は深くため息を吐いた。

「そんなに深いため息ついちゃって、何か悩み事?」
「、っ!?」
「っと、ごーめん。驚かせちゃったかな」

突如上から降ってきた声にびくりと思いきり肩を震わせてからさっと声の方向に振り向くと、そこには頬を掻きながら苦笑いする足立がいた。どくどくと心臓の音がまだ落ち着かない。

「あ、足立さん、こんなところで奇遇ですね……?」
「あぁ、僕はさっきまでそこの……ほら、交番あるでしょ?あそこにお使いでさ。
でもホント奇遇だよねえ、ちょーっとサボ………じゃない、一息ついてから帰ろうと思ったら、平和島さんがいるんだもん」

結構久しぶりだよね、なんて言いながら足立は三琴の相向かいに置かれた椅子へ座った。
確かに、クッキーとマフラーを渡してからというもの、三琴は昼過ぎに起きては一日中ごろごろしたり沖奈まで来てゲームに興じたりと自堕落な生活を満喫していたが、足立は社会人でしかも刑事だし、そんなに毎日暇しているわけではないだろう。お互い用がなければ自分から連絡を取ることもしないタイプであるのか、隣人ではあるがそれ以上の何者でもないのでメールも電話もしていなかったし、基本的に活動時間も場所も異なっているためあまり会う機会がなかった。

しかしこうして席を共にされても別に悪い気はしなくて、困ったような緩い笑顔も別に嫌いではない。
三琴は思っていたより自分が足立に親しみを感じているのかもしれないとも思った。

「今日は買い物か何か?」
「あ、はい。それと、ゲーセンに」
「あーわかった、またクレーンゲームでしょ。好きだね~……いいなぁ学生は、遊び放題で」
「はは、そうですかね……勉強についていけるか心配ですが」
「だーいじょうぶだって。それより、遊ぶのは今のうちだよ~?大人になってからの人生なんてクソつまんないことばーっかなんだから……っと、未来ある青少年に言っちゃマズかったかな」

そう言うと足立は丁度到着したコーヒーに焦った様子で口を付けてみせたが、三琴には彼が一瞬憂いを帯びた目をした気がしてならなかった。クソつまんないことばっかり、という彼の言葉に、ゲーム中で彼が説いた大演説がフラッシュバックする。

……完全悪、ではないと思うんだよな、個人的に)

紅茶を啜りながら、三琴は新宿で情報屋なんて胡散臭い職業をしているかの青年を思い出す。
ゲームで共犯者エンドを見たときに足立と彼はどことなく似ていると思った。しかし何度か会話を交わしている今となっては、足立と彼は本質的に似て非なる人物であるという気がしている。
もしかするとこの人畜無害そうな顔の奥底にあの人と同じ、歪んだ感情が潜んでいるのかもしれないが、そうであってもそれはおそらくこの人が世の中の理不尽に疲弊した大人だからだ。
少なくとも今現在の誰も殺していない足立は、その歪みも大きなものではないはず。

(この人をなんとかできれば、それが一番いいのかもしれない……けど、)

しかし、「あなた、近いうちにテレビの中へ人を突っ込んで殺しますよ」なんて、どうしたら言えるというのか。

別の角度を探せば別の問題が発生してそのジレンマに三琴は眉をひそめたが、目の前の足立と目が合いかけて咄嗟に表情を整えた。足立は一瞬不思議そうな顔をしたものの特に何も言わずにただコーヒーを飲んでいた。

「そういえばさ、」
「、はい?」

ほっと胸を撫で下ろしたところに突然声が降ってきて三琴は思わず一拍吃る。

「平和島さんに渡したいものがあって」

足立はそんな彼女を見て小さく笑った後、椅子の背もたれと背中の間に挟んだ鞄をごそごそとまさぐったかと思うと、ことりとテーブルの上に何かを置いた。

「もうすぐ学校始まるんだよね?はいこれ、入学祝い」
………え、?」

そう言って差し出されたのは長方形の箱だった。落ち着いた緑色の包装紙、キャラメル包みで綺麗にラッピングされていて、その右上には小さなリボンが貼りつけられている。大きさからしてボールペンか何かだろうか。
じっくり観察し終えてから三琴はハッとして素早く足立の方に視線を移し直した。足立はにこにこと人のよさそうな顔で笑っている。

「え、こんな、悪いです」
「いやー、平和島さんが来てからここのところ、怪我の手当とかクッキーとか結構色々もらっちゃってるしさ。
あ、別にそんな高いもんじゃないから気にしなくていいよ!
まだまだ長い付き合いになると思うし、今更だけどお近づきの印ってとこ」

まぁ取っておいてよ、それよりクッキーおいしかったし、また作ってくれないかなあ。
そんなことを言いながら今度は眉尻を下げてへにゃりと笑う足立の顔は、どうにもこれから殺人犯になる男には見えなくて。

……あだち、さん」
「うん?」

「女難の相、が、出てますね」

三琴は、願わくば今日ばかりはどうか足立が意外と信心深いことを、と切に祈った。


<了>