佐藤
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P4 chapter2:油断大敵

4月頃の話。うっかり事件に巻き込まれる(全11話)


03.運命の赤い糸は頑丈な仕上がり

覚悟はしていた、と言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
授業が終わってすぐの放課後、ちょっと用があるからと呼び出された先が稲羽署。警察署なら人目があるはずだし、本当に単純にちょっとした用があるだけなのかもしれないと思って訪ねたところ、しかし忙しなく動きまわる人達のほとんどは目の前にある自分の仕事で手一杯といった様子だった。
それから通されたのが取調室。静かで人通りの少ない廊下に、鍵をかければ完全密室の小部屋。ご丁寧にやや大きめの薄型テレビが1台備え付けられている。

(小西先輩もここで入れられたのかな)

だとすれば、ここからは小西酒店に落ちることになるし、助かる可能性もなくはない。
けれども記憶の限り、おそらくこのテレビは小西が落とされたものと配置も大きさも違う。
おそらくは全然見たこともない、知らない場所に落ちるだろう。

腹をくくるべきか、と三琴は唾を呑んだ。

「ねえ、平和島さん」

足立の呼びかけと共に、扉を閉める音が控えめに広がる。
廊下からの光が遮られて、室内が少しだけ暗くなった気がした。

「どこまで知ってるの?」

ゆるりと口元だけに笑みを貼り付けている足立の瞳は、以前見たそれよりもどこか濁っている。
どくどくと跳ね回る心臓の音が頭の中にまで響いて、三琴は僅かに目を伏せる。

………どこまで、というのは、」
「しらばっくれちゃって」

有無は言わさない。無言でそう押し付けるように、足立は三琴にゆっくりと歩み寄る。
足立の歩が進むのに合わせて三琴は後ずさったが、彼女の歩が止まるのにそう時間はかからなかった。
ぴたりと薄型テレビを背後にして三琴が棒立ちになるのとほぼ同時に、足立は三琴の両肩を掴んだ。
足立が腕に力を込めても、三琴はじっと突っ立っている。

「あれ、抵抗しないんだ。」
……………っ、」
「怖くて声も出ないって感じ?
ってか、ぎゃーぎゃー騒がないってことはやっぱ知ってるんだね、コレのこと」

ぐい、とテレビの画面に肩がくっつく寸前まで追い詰められる。
力を抜けば今にも頭がテレビに入ってしまうのだろうと思って、三琴は精一杯首をもたげつつなんとか足立の顔から目を離さないようにしていた。
僅かに震える身体を見て足立はくつくつと喉を鳴らす。

「せっかく女子高生と仲良くなれたってのに、ホント残念だよ。
僕一人っ子だからさ、妹みたいで結構可愛いなんて思っちゃってたし?」

言いながら足立はどこか遠くを見るように目を細めた後、いつか三琴が喫茶店で見たものと同じ、へにゃりとした憎めないような笑顔を浮かべた。すぐ鼻先までそれは近づいて、吐息が唇を掠める。
身長差のせいでやや伸し掛るような体勢になっている足立のネクタイが、さらりと撫でるように三琴の制服のリボンの上にかかった。

「でも、一人も二人も三人もどうせ一緒だし、もしうっかり喋られでもしたら、困っちゃうんだよね」

そうして笑顔の先から再び現れた瞳は、やはり濁ったものだった。

「それじゃ、バイバイ」



もし彼女が初めから知っていたのなら何故今まで何も動きがなかったのかは気になるところではあったが、とにかく泳がせておいたところで特にメリットもないというのは確かだと思った。
強いて言えば彼女と会ってから短い期間ではあるがそれなりに色々あったし、僕だって人の子だから少しの情はわかないでもなかったけれど、自分がしょっぴかれては困るので仕方ない。そう思ったから落とすことに決めた。
決めてからは戸惑いもなかった。小西早紀と同じように、取調室に連れ込んで落とすだけ。どんなテレビであろうと手を突っ込むことができるのは知っていたから、僕は小西のときとは違ってもう少し大きい、より入れやすそうなテレビの置いてある部屋をわざわざ選んで事に及ぶことにした。
それが間違いだなんて思いもしなかった。

初めは惜しむようにゆっくり沈めようとしていたが、既に諦めているのかあまりに抵抗がないので、僕は一気に少女の肩をテレビへ押し込んだ。
瞬間、思い出したように手が振り上がったが僕の顔までは届かなかったし、少し身体に当たったくらいで引っかかりにもならない。

これでおしまいだ。
そう思うと思わず顔が歪むのを抑えられず、僕はテレビから離れ、肩から離した手を口元へ持って行こうとした。

けれどもその時、僕は首のあたりに妙な力を感じた。
それはまるでテレビから僕を呼ぶように、テレビに向かって僕を引っ張る方向に強く働くものだった。

「は………………っ!?」

わけのわからない力に思わず口を開けているうちにそれはぐいぐいと僕を捕まえて引きこみテレビの中へ飲み込んだ。

真っ白い世界の中で黒い長方形の枠がいくつも重なって、どんどんと果てしなく落ちて行くような感覚に襲われる。

若干の吐き気さえ覚えるその世界の中、僕はすぐ目の前にいる少女から目が離せないでいた。
彼女は笑っても怒ってもいない、ただ自分でも何をしているのかわからないと言いたげな複雑な表情をして、その手に長い赤色の布を握り締めている。

その布の続く先は目で追うまでもなくすぐ近く、僕の首元だ。

僕がそう気づいた瞬間、真一文字に結ばれていた少女の唇がふにゃりと歪んで、あの困ったようなひきつり笑いを浮かべた気がした。


<了>