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黒竹
2022-05-30 22:11:18
32290文字
Public
スタリラ
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黄金の地平 銀の地図
【スタリラ】【晶栞】
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一週間は長すぎただろうか。裏庭の方角を気にしながら心の中で呟く。
やちよと栞に言いつけた罰掃除は今日でおしまいだが、この一週間、日に日に栞の元気がなくなっていった。仕事はそつなくこなすしレッスンも真面目に受けているが、覇気は薄れていくしまったく目を合わせないし必要最低限の会話しかない。
もちろん栞の様子がおかしいことは他のメンバーも気づいていて、メイファンなどはこっそり掃除を手伝ったりしている。バレていないと思っているようだが声が大きいのでバレバレである。それとレッスン中もなにくれとなく栞の世話を焼いていた。ペアを組む時は率先して栞に声をかけるようになったし、フォローも手厚い。
ああいうことは、己にはできない。
あなたが心配で手助けをしたいのです、と、てらいなく言える
善人
ヒーロー
の資質を、己は持ち合わせていない。
「晶」
「なんだ」
ミチルの声が静寂を破った。ミチルはデスクに頬杖をついて、どうしてか唇を尖らせている。
笑っていないのは珍しいなと思っていたら、こちらの心を読んだように相好を崩した。
内包している何かを隠している時の、彼女の笑顔。
「気になるなら様子を見に行ってみたら?」
「
……
なにがだ」
「素直じゃないなあ」
お前に言われたくはない、と思ったが黙った。
「栞が心配なのはこっちも同じだからね。あの調子のまま戻らなかったら、『エリュシオン』に間に合わないかもしれないし」
「ちょっと励ましてきてよ」近所のコンビニまでお使いしてきてよ、くらいの口調で言われたが、そんなに簡単ではない。少なくとも雪代晶にとって。
慰めるための語彙が入った辞書は、限りなく薄い。
「メイファンがついているのだ、それほど心配いらないと思うが」
「うーん、ミチルもそう思ってたんだけどねー。やっぱりちょっと違ったみたい」
「そうか? 仲が良いだろう、あそこは」
「どれだけ仲良しでも埋められないものはあるよ。友情は唯一無二だからね」
ミチルはどこか遠くを見つめながら、独り言のように後半を囁いた。
まあいい。彼女が言うなら、そうなのだろう。
「では、少し出てくる」
「うん。いってらっしゃい」
「ありがとうミチル。おかげで気が軽くなった」
「え?」
「お前がそうやって笑う時は、いつも全部うまくいくからな」
ドアを閉める直前、これもまた、彼女にしか見せない笑顔で雪代晶は笑い、鳳ミチルは不覚にも虚をつかれて反応できなかった。
裏庭では後輩たちが真面目に掃除をしていた。初日にネイルが削れてテンションを下げていたやちよも、思っていたより作業の手を止めない。メイファンは矢継ぎ早に他愛もない話をして、栞が時々それに返事をしていたが、会話はあまり盛り上がっていないようだった。
「っと、晶センパイ、お疲れさまで〜す」
いち早くこちらに気づいたやちよが声をかけてくる。「ああ、ご苦労」「あれ、晶センパイ
……
?」こちらの顔を覗き込んで、不思議そうに首を傾げるやちよ。
訝りながらそのままにしていると、不意に得心したような顔をして、「ふぅん」と浮ついた声を洩らした。
「じゃ、あたしちょっとゴミ捨ててきま〜す」
「うむ」
やちよと入れ違うようにメイファンがやってきて、飼い主を見つけた大型犬のテンションを見せる。
「あ、晶さん! お疲れさまです!」
「ああ。ところでメイファン、お前には掃除を言いつけていないが」
「うっ! 鋭いご指摘です。しかし、これは私が自主的に裏庭の掃除を用務員のおじさんに申し出ただけのこと! 場所がたまたま栞たちの掃除と一緒だっただけです!」
隠す気のない大声だなとは思っていたが、益体もない裏工作をしていた。
自信満々に胸を張り、持っていた竹箒を構える。
「生徒会の仕事はしていますので、他の時間で私が何をしていても問題ないでしょう」
「
……
そうだな」
時々、彼女を相手にすると疲れる。
「それに、掃除をすると清々しい気持ちになります! さすが晶さん、罰掃除といえど、生徒の健やかな精神を育もうというお心遣いなのですね! ねえ栞」
「え? あ、はい、そうですね」
確実に聞いていなかっただろう生返事をしてくる栞。そんな彼女の表情は清々しさとは正反対に曇っていた。
「栞」
「は、はい
……
」
「あー
……
。元気か」
栞がきょとんとした。そりゃそうだ。
元気がないから励ましにいけと言われたのにこの質問はないだろう。自分でもそう思う。
「いや
……
、このところ、少々覇気がないようなのでな。何か気になることでもあるなら、相談に
……
」
乗れるんだろうか。この薄っぺらい辞書で。彼女が元気づけられるような言葉を、果たしてかけられるのだろうか。
まったく自信がない。得手不得手で言えばまったくの不得手だ。そういうフォローは主にミチルの役目だった。そうだ、なんでミチルが来なかったんだ。彼女ならその類まれな話術で栞を慰めることなど造作もなかっただろうに。
「そうですね、最近の栞は少し落ち込んでいるようです! 私も悩みを聞こうとしているのですが栞は全然教えてくれないので困っています!」
「
……
お前には聞いていない」
「ですから、見方を変えて運動を勧めようと思っていたんですよ。どんな悩みかは知りませんが、素振りを百本くらいすると、気分が良くなりますから。どうです栞?」
無理やり会話に入ってきたメイファンを鬱陶しく思いつつ、それでも彼女の発言をいったん受け止める。
運動、か。
なるほど、そちらのほうが良いかもしれない。
薄っぺらい辞書に頼るより、よほどやりやすい。
「
……
妙案かもしれんな。来い、栞。私が稽古をつけてやろう」
「ええ! 晶さん! 私も一緒に!」
「お前はまだ掃除が終わっていないだろう」
「そ、そんな
……
」
がっくりと肩を落とすメイファン。「
……
お前は明日だ」なんとなく哀れでそう約束してやる。
「ほ、本当ですか!? やったー!!」
飛び跳ねそうな勢いで掃除に戻り、竹箒を振り回すメイファン。落ち葉がかき回されているだけでまったく掃除になっていないがいいのだろうか。まあ、やちよが戻ってきたらうまく落ち着かせるだろう。
なんだかんだと、良いチームワークだ。
ミチルが全体を回し、栞はミチルの指示を的確に捉え、メイファンは後輩のフォローが細やかで、やちよは暴走しがちな同輩をコントールする。
どれも王冠に必要不可欠な宝玉だった。心からそう思う。
「さあ栞、行くぞ」
「あ
……
はい
……
」
あからさまに気乗りしない表情でついてくる栞。歯車がうまく回らない。
殺陣の練習に使われているスタジオで、晶は制服姿のまま備え付けの木剣を取り出して栞に差し出した。
「何を悩んでいるのか知らんが、ストレス発散の相手になってやる。私を打ち倒すつもりで、本気で来い」
「あ、あの
……
」
「なんだ」
遠慮がちな上目遣いでこちらを見やってくる栞。小動物のようなか弱さなのに、その視線だけ強い。
「では、本気で、かかります」
ああそうだ。
彼女は、こう見えてひどく負けず嫌いなのだ。
王を相手取るのに、ストレス発散のための遊びだなどと、思えないのだろう。
剣を片手に待ち構える。栞も半身を晒して剣先をこちらに向けた。
「やああぁぁぁ!!」
重さを感じる大ぶりの一撃。ひらりとかわして一閃。
そうだ、そうだった。彼女の殺陣はこうなのだ。何度となく打ち込まれながら晶は思う。
繊細さのない、力づくで叩きつけるような速くて重い剣閃。この小さい身体から発せられるとは思えない裂帛の気迫と、髪を振り乱してなお美しいその表情。
「ははっ」
思わず笑い声がこぼれて、栞はバカにされたと思ったのか顔を歪めてますます激しく打ち込んできた。そのすべてを受け止めて晶は。
──ああ、私は。
お前のそういうところが好きだよ、栞。
ここ最近の演目は現代劇や抒情物が多くて、久しく彼女と殺陣をしていなかった。
いつの間にか、この激情を懐かしく思うほどに彼我の距離は遠のいていた。
力任せでも無策ではない、確実に相手を仕留めようとする剣。それで何かが断ち切れるのだと言わんばかりの一閃にひどく高揚する。
そうなのだな、お前は。
メイファンに感謝だ。きっと言葉ではいくら待ってもこの解は得られなかったに違いない。
柄頭で刃の腹を思い切り殴られて切っ先が飛ぶ。がら空きになった身体、その真ん中に、栞の剣が一直線に振り下ろされる。
「ははっ」
再度、晶の口からこらえ切れない喜びが発せられた。
両断された白金の鎧。その内側で、雪代晶は解を得る。
「そうか。お前、私を斬りたかったのか」
たぶん、当人も分かっていなかったんだろう。栞は汗だくの顔をぽかんとさせて、うつろに晶を見上げている。
晴れやかな気分だった。レッスンでは倒してばかりだが、たまには斬られるのも良い経験だ。死にゆく王が斬られた時はこんな気分ではなかっただろうけれど、爽やかな緑の風に吹かれた彼は、この心地よさを感じていたに違いない。
剣を下ろし、額の汗を拭う。答えを見つけた雪代晶の目には色々なものが映っていた。数々のピースが次々にピタリと嵌っていく。
「良い剣だった」
「あ、ありがとうございます
……
?」
ふっと、苦笑のように息を吐く。
「いささか卑怯な気もするな、お前にここまでさせておいて、おいしいところを私がもらうのは」
「あの、雪代先輩?」
晶は最高の試合を終えたスポーツ選手みたいに穏やかな表情だった。薄く開いた唇から細く長い吐息がこぼれ、肩が自然に落ちる。
それはきっと、
白金の君
フラウ・プラティーン
が絶対にしない表情。
栞が小さく息を呑んだ。
雪代晶の語彙の辞書は薄い。口下手なのだ。
何かを感じ取ったのか、じり、と栞が一歩下がる。
晶はそれを無理に追おうとはせずに、両手を下げた無手のまま、まっすぐに小さな後輩を見つめた。
「私を斬った気分はどうだ?」
「
……
分かりません」
「ふむ。顔に出ているがな」
隠しきれない恍惚。暴きたかった夢大路栞と、暴かれたかった雪代晶。
思えばこの学院のすべてがステージだった。あるいは、あの公園での誓いからの人生が。
それが不満だったのか。それを壊したかったのか。この身を覆う鎧があっては風を感じられないから。
彼女が風の神に選ばれたのは偶然だったのだけれど、それを、あるいは、運命と呼ぶか。
生身で感じる風はずいぶん心地良い。
「栞」
「は、はい」
語彙の辞書が薄いのは、同じ言葉にいくつもの意味があるせいだ。
雪代晶は夢大路栞に向き合い、そっと唇を開いた。
「
雪代晶
わたし
には
夢大路栞
おまえ
が必要だ」
少女の瞳が潤む。
「
栞
おまえ
は、
晶
わたし
が必要か?」
「
……
ふっ
…………
」
我慢できなくて、少女はいっぱいに溜まった涙をとうとうその頬に落とした。たまらなくなって抱き寄せる。称号も資質も過去も取り払ってみれば、腕の中にいるのはただの小さな女の子だった。
「つらい思いをさせてすまなかった」
「いえ
……
私が、勝手に」
好きになっただけですから。声にならない声を聞いて、晶は眉を下げて笑う。
小さくて華奢で、柔らかい身体。それなのに内に秘めた激情は晶も手を焼くほどで、そのアンバランスさを愛しく感じている。
たぶん、あの時から。
「お前を泣かせるのは二度目だな」
「ふふ、そうですね」
「詫びをしても?」
「え?」
そっと頬を撫でる。そのまま手を滑らせて、親指でまぶたをなぞった。そうすると自然、彼女の両目は閉じて、その隙に晶が少しだけ身体を屈める。
「
…………
」
「
…………
」
身を離すと栞は耳まで赤くして固まっていた。
その姿を幸福の象徴と重ねながら、晶は淡く目を細めた。
軽く曲げた指の背で彼女の頬を撫でる。悪戯心で真っ赤に染まった耳をつまむと「ひゃっ」弾かれたように栞の身体が震えた。
その意味は、まだ二人とも知らない。
ぽふんと栞が晶の胸にもたれかかった。顔を見られたくなかったのかもしれない。
「あの
……
」
「ん?」
「さっきのは
……
私が泣かないと、してもらえないんでしょうか
……
」
「
……
そんなわけがあるか」
その時の晶の表情は、生まれて初めて浮かべたものだったのだけれど、生憎、誰の目にも触れることはなかった。
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