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黒竹
2022-05-30 22:11:18
32290文字
Public
スタリラ
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黄金の地平 銀の地図
【スタリラ】【晶栞】
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一房だけ跳ねた前髪を揺らしながら生徒会室のドアを開けると、おなじみの生徒会長が一人黙々と書類をさばいていた。生徒からの要望をプリントアウトしたものだ。元のファイルは学校から貸与されているノートパソコンでまとめられているので直接見ればいいようなものだが、なにせこの会長、なんでもできそうな顔をしているくせに機械音痴である。何度かチャレンジさせたが成果は芳しくなく、諦めて紙とペンで処理するようになった。
しかし、真面目に仕事をするのは良いが、なぜか上着を着ていない。日は高いがカーテンを閉めた生徒会室は特に暑いということはない。どうしたんだろう、と首をかしげてから、もうひとりいることに気がついた。
「晶」
「ん? ああ、ミチルか」
声をかけられてようやく顔を上げてくる。幼なじみであり全校生徒の憧れであり生徒会長であり、なにより
白金の君
フラウ・プラティーン
の称号を持つ雪代晶。名前通りの、温度感のない透き通った視線がミチルに向けられる。それをごく自然に受け止めて、ややオーバーに眉をしかめてみせる。
「栞、どうしたの?」
顎先でソファを指し示すミチルに、晶が書類を机に置いて手を組んだ。
ソファの上に少女が横たわっている。ゆるいウェーブのかかった金髪は床につかないように背もたれ側へ流され、そのせいで表情と首筋がよく見える。あどけなさの残る顔はわずかに歪められていて見るからに苦しそうだった。うっすらと汗をかいているのに身体は小刻みに震えている。ミチルが腕を組んで、視線を下に動かした。きっちりと着込まれたジャケットの上にかけられた、同じ意匠のジャケット。彼女のものより少しサイズの大きいそれが誰のものかなんて、考えるまでもない。
「また熱が出ちゃったの? けっこうつらそうだけど、こんなところに寝かせてないで保健室につれてってあげなよ」
「私の指示だ。保健室に行けと言っても聞かないのでそこに寝かせた」
「ふーん。で、お優しい晶は自分の上着までかけてあげてるわけだね」
皮肉交じりに言ったら、どうしたのか晶が妙な顔をした。今日のご飯はカレーだよと言われていたのに食卓にシチューが置かれていたときみたいな顔だった。
「以前、どこかの生徒がマラソン後に寒がっていたら、ミチルが上着を貸してやっていただろう」
「あー
……
、そんなことも、あったかもしれないね」
正直なところまったく覚えていないが、彼女がそう言うならそうしたことがあったのだろう。マラソン後ということは全校行事中の出来事だ。つまり教師や一般生徒が集まっている中で、
蒼玉の君
フラウ・ザフィーア
たる己が、人好きする笑顔で名も知らぬ生徒に見せた優しさ。さすが鳳ミチルさん、なんてお優しいのと称賛される行動。彼女は単純にその真似をしたらしい。
確かに常々、もっと人当たりをよくしろと言い聞かせているが、他に誰もいないうえに身内扱いの後輩にしてどうする。ミチルは内心でぼやきながら額を叩いた。
「なるほどね。状況は理解したよ。で、いつまで寝かせておくつもり? 熱も出てるみたいだし、今日はもう生徒会の仕事は無理でしょ」
「やちよかメイファンが来たら送らせようと思っていたのだが、二人とも遅いな」
晶がドアに目をやったちょうどそのタイミングで、音を立ててドアが開いた。「お疲れさまで〜す。
真珠の君
フラウ・ペルレ
鶴姫やちよ、入りま〜す」間延びした、しかしどこかにピンと糸が張られているような声。
「遅かったな、どうした?」
「ちょっと理事
……
おっと、いえいえ、歌唱テストのことで先生に捕まっちゃいまして」
彼女が張っていた意図は途切れたはずだが相変わらず思わせぶりな言動は健在である。根っからの舞台少女ということだろうか。
気の抜けた笑顔でいたやちよが、寝込んでいる栞を見つけて一瞬だけ眉根を寄せた。が、すぐにまたおどけた風情で肩をすくめる。ミチルはそのすべてに気がついていた。そこは隠さなくてもいいんじゃないかな、と心の中でつぶやく。
「メイファンは一緒じゃないの?」
「なんか途中でファンの子に捕まってましたよ。あれはたぶん告白タイムですね〜」
まあ無理でしょうけど。やちよが目で語る。ミチルもそれには同意だ。直情径行、猪突猛進の
紅玉の君
フラウ・ルビン
はプラチナを砕くことしか頭にない。良い傾向である。
「って、あらあら〜。栞、どうしたんです? かなり具合悪いみたいですけど」
「風邪だと思うよ。来たばっかりで悪いんだけど、栞を寮まで送ってくれる? 今日は生徒会の仕事も少ないし、ミチルたちとメイファンで二人の分はカバーできると思う」
「かしこまりました〜」
公然とサボれて願ったり叶ったり、という表情を隠そうともせずにやちよがうなずく。栞の肩に手を置いてそっと揺さぶると、いたいけな少女はおとぎ話の姫君みたいにほんのりと目を開けた。
ミチルがスッと後ろから腕を伸ばす。栞の身体にかけられていた大きめの上着をわずかな衣擦れとともに引き寄せて腕に乗せる。それから、「さっさと着て。生徒会長に服装の乱れなんてあっちゃいけないから」と目で訴えながら晶に渡し、栞の視界を埋めるように顔を覗き込む。
「栞、大丈夫? 歩けそう?」
「あ
……
はい、すみません、大丈夫です」
ミチルとやちよに覗き込まれて驚いたのか、栞が慌てて起き上がる。「ああ、いいよいいよ無理しないで」ミチルが栞の肩を押さえて座り直させた。
「顔も赤いし、熱があるだろうから今日は帰りなよ。やちよに付き添ってもらうようにさっき頼んだから」
「い、いえ、平気です、そんなにつらくないので
……
!」
「前に怒られたこと忘れたの? 悪化しないうちにさっさと休んで少しでも早く復帰すること」
「あ
……
」
忘れていたわけではないのだろうが、責任感が先に立ってしまっていたのか冷静に言われて栞が肩を落とす。「すみません
……
」
「ま、分かったらお姉さんと一緒に帰りましょうね〜。メイファンに見つかったらまた面倒なことになりそうだし、さっさと帰ろ、ね?」
やちよの言葉に栞は力なくうなずき、手を引かれておとなしく立ち上がった。足元はしっかりしている。それほど心配することもなさそうだが、やちよの言う通りメイファンが見たら顔色を変えそうなので、速やかに帰宅したほうが良いだろう。
「じゃあやちよ、お願いね」
「はいは〜い。任されました。それじゃあ晶センパイ、失礼しま〜す」
「ああ、手間をかけさせるがよろしく頼む」
上着をおろしたてのように几帳面に着込んだ晶はすでに要望書のチェックに戻っていた。紙面から目を離さないまま、抑揚のない声でやちよに応じる。
ミチルの視界の端、やちよに抱かれた栞の肩が小さく震えるのを、目ざとい副会長は見逃さなかった。
まあ、これに関してはよくやってるよね。
褒めてあげたいが、彼女は何を褒められたのか何一つ理解できないだろうから、鳳ミチルは笑顔のまま口を開かず、手を振って二人を見送った。
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