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黒竹
2022-05-30 22:11:18
32290文字
Public
スタリラ
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黄金の地平 銀の地図
【スタリラ】【晶栞】
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鶴姫やちよの手はずっと夢大路栞の腕に添えられている。支えが必要には見えないが念のため、とそうしている気持ちが半分、ややメンタル面がナイーブな後輩を励ます意味が半分。
「どうしたの? 栞が頑張り屋なのは知ってるけど、倒れるまで頑張ったって誰も褒めてくれないって分かってるでしょ?」
「
……
はい、すみませんでした」
やちよ先輩にもご迷惑をおかけしてしまって。消え入りそうな声でされた謝罪にやちよが肩をすくめる。
「別にあたしはいいけど。生徒会の仕事も繁忙期を抜けてるし、舞台だって次なにやるかも決まってないし。そんな無理する時期じゃないよ〜?」
「それは、そうなんですけど
……
。久しぶりに生徒会のお仕事に戻れたので
……
つい
……
」
「あぁそっか、こないだまで中等部のほうでなんかやってたもんねぇ」
休日を挟んでいたのでうっかり忘れていたが、中等部は先週、全員参加のワークショップを放課後に行っていたのだった。もちろん事前に連絡を受けていたし、それに合わせてタスクも調整していた。むしろそのせいで滞りなく業務遂行できたから特別感がなかったのだ。なんとはいっても
気高き君
エーデル
は全員優秀である。
「そっかそっか〜。先輩たちに会いたくて頑張っちゃいましたか」
「
……
あの、はい、そうです
……
」
「それとも」
掴みどころのない笑顔を浮かべて、鶴姫やちよはのんびりと言う。
「先輩『たち』、じゃなかったりして」
「えっ」
栞が顔を跳ね上げた。おっといけない。やちよは「んふふ」と曖昧な意味合いで笑う。
「なんてね〜」
病人相手にこれはないか、と思い直してごまかした。興味半分につついて蛇が出ても良くない。
寮に到着し、栞を部屋まで送ってやる。体温計で熱を測ってみたら高熱一歩手前だったのですぐに着替えて休むように言いつけた。
「じゃ、あたしは外で待ってるから、着替えたら呼んで」
「え? あの
……
?」
やや警戒するような声音の栞。「あはは」やちよは苦笑気味に手を振った。
「子守唄も添い寝もしないって。悪い夢を見ないように、栞が寝つくまで横にいようかな〜と」
目の前の後輩はあからさまに落ち込んでいて、このまま一人で寝かせるのは忍びない。
遠慮するだろうとは思っていたが、案の定、控えめな後輩は恐縮したように身をすぼめて俯いた。
「ご心配おかけしてすみません。でも大丈夫です、お気遣いだけで充分です」
「そぉ? ま、あたしも今日はお役御免なんで、部屋にいるから寂しくなったら呼んで。薬飲んでゆっくり休みなね〜」
スマートフォンを振りながら言うと「はい、ありがとうございます」栞が丁寧な礼をしてくる。
パタリとドアを閉めて自室に戻る。それから一時間ほど、ファッション雑誌を眺めたり季節の新作をネットでチェックしたりしていた。いつもより早く帰ってこられたから、なにか小物でも作ろうかと思ったのだ。
思ったのだが。
「
……
う〜ん」
自嘲に似た響きで小さくうなり、開いていた雑誌を閉じた。「あたしも大概人が良いですねぇ」真贋曖昧な独り言を呟きながら立ち上がる。
「確か買い置きのスポドリがあったはず」
言い訳用にペットボトルを冷蔵庫から取り出して片手に持ち、向かう先はもちろん眠っているだろう後輩である。
栞の部屋のドアを音を立てないように開けて中を覗くと、ベッドで眠る彼女のかすかな呻き声が聞こえた。
ベッド脇に佇み栞の額に手を当てる。思っていたより熱は高くないようだ。けれど先ほどより顔が赤い気がする。これは、熱以外のものが原因か。やちよが小さくため息をつく。
原因はたぶん、栞の目尻から伝った水滴の跡が語っている。
「栞〜、ちょっと起きれる? 汗かくから水分取っておきなよ」
「
……
あ、やちよ先輩
……
」
うっすら目を開けた栞の表情はどこか胡乱だった。まだ目を覚ましきっていないようだ。柔らかな頬にペットボトルを押し当てる。「冷たい」気持ちよさそうに少女が笑った。
上体を起こした栞にペットボトルを渡してやると、「ありがとうございます」喉が乾いていたのか礼儀だったのか、すぐにキャップを開けて一口飲み込む。は、と呼気が洩れるのをやちよはベッドの横に持ってきた椅子に腰かけながら聞いた。
栞は少しだけうつむき、何かをごまかすように口元だけで笑みを形作っている。
やちよはその頭をポンポンと優しく撫でた。
「晶センパイに叱られた?」
優しくされた後輩は、「へへ」というように息を洩らして笑った。おそらくそれは新たな涙が落ちるのを避けるために洩らされた吐息だった。
「いいえ。
……
ただ、邪魔だからそこで寝ていろ、と」
「
……
おやおや。それはまた」
責任感が強く、王に忠実な彼女としては、叱られるよりつらかったろう。
「
気高き君
エーデル
としての責務も、私がやるべきことも、ちゃんと以前教わっていたのに、また勝手なことをしたから。きっと雪代先輩は呆れてしまったんだと思います。だから、今回は何も言っていただけなかったんです」
やちよが気にしたのもそこだった。帰ろうとしている自分たちに、雪代晶はなんの声もかけず、むしろ栞の存在が目に入っていないような態度を取った。あれだけ普段からチームワークが云々と言っているのにどうしたのだろうと訝ったのだ。
千尋の谷の獅子みたいなところのある人だから、あえて厳しく接したのかもしれないが、それにしても彼女の性格上、一言くらいあっても良さそうだ。
「どうしちゃったんですかね〜
……
」
「私が
翡翠の君
フラウ・ヤーデ
にふさわしくない振る舞いをしたからです。これからもっと頑張って、称号に恥じない人間にならないと
……
っ」
「ま、それはそうなんだけど。あんまり思いつめちゃ駄目だよ〜? ただでさえ栞は自分で自分を追い込んじゃうタイプだし」
「先輩たちの『エリュシオン』を、
汚
けが
すわけにはいきませんから」
それは彼女に似つかわしくない強い語調だった。まるで一度汚されたのだと言わんばかりの声音。彼女の心境をやちよはあえて推し当てない。
膝の上で拳を握る栞を視界から外し、内心でひとりごちる。
──長い間大切に守られてきた、ただ最高の輝きを放つために在る、汚れなき無垢の戯曲『エリュシオン』、か。
まるで、誰かさんみたいですねぇ。
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