Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
黒竹
2022-05-30 22:11:18
32290文字
Public
スタリラ
Clear cache
黄金の地平 銀の地図
【スタリラ】【晶栞】
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
3
シークフェルト音楽学院舞台俳優学科一年、リュウ・メイファンは生徒たちに親しまれている。
留学生ながら言語が堪能で、故郷では有名な子役だったがその成功を笠に着ることもなく、誰に対しても礼儀正しい。加えて、スラリと伸びた肢体に凛とした顔立ちを持ち合わせているとなれば、当人にその気がなくても接した生徒たちの感情を揺さぶってしまうのは仕方ないことだろう。
そう、問題は、当人にまったくその気がないことなのだ。
「弱りましたね
……
」
生徒会の業務がかさんでいつもより遅くなった帰宅時間。夕食を済ませたメイファンはリビングで難しい顔をしていた。
うんうん唸っていると、不意に背中を叩かれた。振り返ると小さな先輩がこちらを覗いている。敬愛する副会長の登場にメイファンの背筋が伸びた。
「ミチルさん、何かありましたか?」
「それはこっちのセリフ。どうしたの、おでこにシワ寄せながら唸っちゃって。何か悩み事?」
「悩みというか、いえ、悩んではいるのですが
……
」
跳ねるようにミチルが隣に座ってくる。自身の悩みに付き合わせるのも悪いと思ったが、もうすでにミチルは話を聞く気満々で待機中だ。「ミチルさんには関係ないことなので」なんて口が裂けても言えない状況である。
メイファンはひとつため息をついてテーブルに置いてあった手紙をつまみ上げた。
「なにそれ、ラブレター?」
「
……
だそうです」
「あれ、当たっちゃった」
冗談口調で言ったのに的へ当ててしまってミチルが唇をすぼめる。気楽な様子だが面白がってはいない。こちらも幼い頃から他人の演技を見続けてきた自負がある。先輩はけしてからかってきてはいない。
どちらかというと何か探られているのだろうなと思いつつ、探られて痛い腹もないのでメイファンは素直に話し始める。
「ホームルームの後、生徒会室に向かう途中で渡されたのです。知らない子です。たぶんですが今まで話したこともないと思います。中身は
……
そうですね、告白、でした。
そういった申し出を受ける機会がこれまでなかったわけではないですし、もちろん今までと同じようにお断りするつもりです。ですが。
手紙には、恋人になれないなら友達でも良いと書かれていました。
それが、私には分かりません。私にとって友情は尊いものです。何かの代わりにはなりません。私は現在、恋をしていませんが、やちよや栞に感じる友情はとても大切ですし、ミチルさんへの信頼も、もちろん晶さんへの憧れも唯一無二です。それが他の感情より上だとか下だとか考えたこともありません。
納得がいかないんです。
たとえ恋人ができても、私の一番の目標は晶さんを超えることから変わらないでしょう。この手紙はまるで、まるでそれを
……
すみません、この気持ちをなんと言うのか、私には分かりません。勉強不足です」
なるほどね、と、鳳ミチルは小声で相槌を打った。
リュウ・メイファンは
人気者
ヒーロー
である。そして
正直者
ヒーロー
であり
勧善懲悪
ヒーロー
だった。
「おそらく私は、この人と友達にはなれません。私はこの人の
何にもなれません
﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅
。でもそれが、
気高き君
エーデル
として正しい振る舞いなのかと問われれば、うなずくこともできないのが事実なのです」
「そっか」
その称号の通り気高く、優秀で、公平であれと求められる
気高き君
エーデル
。その姿と己の意志が相反してはいないか、メイファンは真摯に頭を抱えていた。
リュウ・メイファンはあまりにも
正当
ヒーロー
で、だから
博愛
ヒロイン
にはなれない。
「メイファンは真面目だなー」
「そう、でしょうか」
「きっと、メイファンはミチルたちへの思いを否定された気になっちゃったんだね。メイファンが晶に憧れて、晶を超えたいっていう目標を大事にしてることは、ミチルたちは知ってるけど一般生徒はそうじゃない。その手紙の子も、そんなつもりで書いたんじゃないと思うよ。カニチャーハンがないならかた焼きそばで、くらいの気持ちだったんじゃないかな」
「今日のメニューですね。私はカニチャーハンをいただきましたが、たしかに、チャーハンがなかったらかた焼きそばを食べていたでしょう」
「その子がどれくらい本気かミチルは知らないけど、でもま、メイファンの大切なものも知らずに告白するくらいだし、なかなかミーハーな感じがするよね」
「話したこと、ないですしね
……
」
「別に断っても不公平なわけじゃないよ。生徒たちを導くのも私たちの役目だし。ちゃんと説明して分かってもらえたら、それでいいんじゃないかな」
「そう
……
そうですね! ありがとうございます、ミチルさん!」
光明を見出したメイファンが顔を輝かせる。礼には及ばないよと謙遜しつつ、ミチルは優しくメイファンの肩を叩いた。
「ミチルとしても、メイファンには晶への憧れをこれからもずっと大切にしてほしいんだ」
「もちろんです! 晶さんに認められ、そして追い越すために日本に来たのですから!」
メイファンの視界からは霧が晴れて、いっそ歌い出したいような気分だった。
「やっぱりミチルさんはすごい。あれほど悩んでいたのがものの五分で解決してしまいました」
「あはは、メイファンの役に立ててミチルも嬉しいよ。これからもよろしくね」
「はい! 今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。さて、それでは早速手紙の返事を書くことにしましょう」
ありがとうございました、と再度頭を下げ、リビングを後にする。
リュウ・メイファンにとって一番大切な人は雪代晶で、その理由は恋ではない。
それを間違いとは思わなかった。
「あ、栞の具合を聞けば良かったです」
自室に戻ってレターセットを取り出したところでふと気づいた。生徒会室に会長と副会長しかいなかったから事情を聞いたら、可愛い後輩である夢大路栞が体調不良で先に帰ったというではないか。自分が手紙を受け取るために呼び出されている間に、やちよが栞に付き添っていったと聞いてほぞを噛んだメイファンである。ならばせめて看病をと思っていたが、帰宅してすぐにもらった手紙を開封してしまったためにその機会も逸していた。寝ていれば治ると晶は言っていたが栞はまだ中等部だし、幼い頃は身体が弱かったという。もしものことがあってはいけない。
気になることは確かめないと落ち着かない性分のメイファン、ペンを置いて立ち上がる。
栞の部屋のドアをノックすると、存外しっかりした返事が室内から届いた。
「お邪魔します。栞、風邪を引いたと聞きましたが大丈夫ですか?」
「あ、はい。先に帰らせてもらってゆっくり眠れたので、もう熱も下がりました」
栞はベッドから出てメイファンを出迎えてくれた。言葉に嘘はないらしく、顔色も良いし足取りもしっかりしている。その様子にホッと胸を撫で下ろす。
「それは良かった。明日は来られそうですか?」
「大丈夫です。生徒会のお仕事も溜まってますし、明日は出ないと」
「ああ、栞の分の仕事なら私が片付けておいたから心配いりません。無理をせず、本当に治ったら来るんですよ」
「え? あ、ありがとうございます。すみません、メイファン先輩、自分の仕事もあるのに」
「いいえ、やちよが押しつけてくる仕事より少ないくらいですから問題ありません。なにせやちよと来たら、ブランドの新作発表会があると言えばサボり、手芸店に限定ビーズが入ったと聞けばサボり、ずいぶんと私に借りを溜めてるんです」
腕組みをして頬を膨らませてみせると、栞は気の抜けた表情で小さく笑った。
彼女が笑っているとホッとする。可愛い後輩以上の感情はないにせよ、それも好意に違いはない。彼女自身の強さは分かっているつもりだけれど、そう、やはり、その小動物のような愛くるしい姿には庇護欲をかき立てられる。
「それにしても、またしても栞を看病する機会を逃してしまいました。いえ、元気でいるのが一番なのですが」
可憐な少女を見下ろしながら「そうだ」と手を叩く。
「栞、ずっと眠っていたから髪が乱れています。私が整えてあげましょう」
これは名案とばかりに言い出すメイファンに、栞が小さく目を丸くした。突然の提案に戸惑ったようだ。
「いえあの、平気です、自分でできますから」
「遠慮しないでください。それとも、私に髪を梳かされるのは嫌ですか?」
「そんなことないですけど
……
」
ならば是非と食い下がり、最終的に栞は照れくさそうにうなずいてくれた。
栞を椅子に座らせ、にこ毛のような柔らかい金の髪を、大ぶりのクッションブラシでゆっくりとくしけずっていく。ウェーブがかかった髪は繊細で、メイファンは慎重にブラシを入れた。
「栞の髪はふわふわで気持ち良いですね」
「メイファン先輩の真っ直ぐな黒髪もかっこいいですよ」
「どちらも良いということですね」
「はい」
なごやかに会話をしながらブラッシングしていくメイファン。わずかに絡まっていた髪が綺麗に流れていく。
形を整え、よし、とひとつうなずいた。
「完成ですお姫様。これでいつ王子様が迎えに来ても大丈夫ですね」
パジャマ姿なのが難だが、それでも整えられた錦糸は濡れたように艶めき、その相貌は疑う余地もなく美しい。
栞の肩に手を置き、自身の仕事ぶりに満足していると、向こうを向いた栞が、ふと小さくつぶやいた。
「
……
王子様なんて、いません」
「ん? そうですね、栞にはまだ少し早いかもしれません。私が言えたことではありませんが。でもそのうちきっと、素敵な人と出会いますよ」
「私は、王子様より
……
」
「え? なんですか?」
「い、いえ、なんでもないです。ありがとうございました、メイファン先輩」
振り返った彼女はいつもどおりの少し気弱な、けれど可愛らしい笑顔でいて、メイファンも満面の笑みで大きくうなずいた。
すっきりとした気持ちで自室に戻ったメイファンはそのままの気持ちで手紙の返事を書き、翌日、相手に誠意を込めて渡した。
泣かれたけれど、惑わなかった。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
広告非表示プランのご案内