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黒竹
2022-05-30 22:11:18
32290文字
Public
スタリラ
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黄金の地平 銀の地図
【スタリラ】【晶栞】
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どうも最近、夢大路栞に対してうまく話せない。
何度か説教をしたことがあるし、レッスンではもちろん手加減などありえない。
そのせいだろうか。どうも、彼女のこちらへ対する姿勢が及び腰で、それにつられてこちらも距離感がつかめなくなっている。
──以前はもう少し自然に話せていたと思うのだがな
……
。
そう、二人きりで、この生徒会室で本音を叫びあった時とか。
あれには驚いた。才能はあるが内気で控えめな性格だと思っていたのに、あれは溜め込んで爆発するタイプか、と納得させられたものだ。
あのときのことを思い出すと今でも口元が緩む。そうちょうど、この窓から二人並んで、いなくなってしまった人物へ恨み言を声の限り叫んだ。聞こえるはずもないのに。
あれほどの大声、舞台でしか出したことがない。こらえ切れずに口の端から笑声が洩れる。ミチルが耳ざとく聞き止めてきた。平静を装いつつ、内心慌てて別の思い出を引っ張り出す。ここではしたなく大声を出したなどと知られたら何を言われるか。
うまくごまかして席につく。しばらくして他の面々もみんな集まってきた。
「
紅玉の君
フラウ・ルビン
リュウ・メイファン、入ります!」
「
真珠の君
フラウ・ペルレ
鶴姫やちよ、入りま〜す」
「
翡翠の君
フラウ・ヤーデ
夢大路栞、入ります」
最後に入ってきた栞と、バチンと目が合う。あまりにも真正面から視線が激突したので栞が弾かれたように一歩引いた。「栞? どうかしましたか?」妙なステップを訝ったメイファンが振り返る。
「い、いえ、少し躓いてしまって。大丈夫です」
「ああ、気をつけてくださいね。栞は小さいので転んで怪我でもしたらと心配になります」
「そ、そんなに小さくないですっ」
長身のメイファンに対抗するようにグッと背伸びをしてみせる。その様子もまた、小さい。器が。
何をしているんだ、と半ば呆れながらその様子を眺める晶。
注意しようかと口を開きかけたところで、やちよが二人の間に割って入った。
「はいはーい、じゃれてないでさっさとお仕事しましょうね〜」
「くっ、やちよに言われるとは屈辱です
……
っ」
しかしじゃれていたのは事実なので言い返せないメイファン。晶は開きかけた口を真一文字に結んだ。
それぞれの席について、やや私語が収まる。「これ合計おかしくない?」やちよの口調だけは怠惰な呟きが聞こえてくる。
視界の端に、ひょこんと淡い金色が入った。無意識にやや身構える。
「あの、雪代先輩。老朽化した来客用椅子の交換についてお聞きしたいことが
……
」
「あ、栞それはこっちで見るよ。この前ちょうど先生と話してたところだから」
質問の途中でミチルが割り込んできた。「はい、ありがとうございます、ミチル先輩」とてとてとミチルのそばに向かう後ろ姿を、特に理由もなく目で追って、それから自分の仕事に戻った。
なぜ、身構えたのだろう。
「晶さん、先日の協賛企業との打ち合わせ議事録をまとめました! ご確認お願いします!」
「分かった。そこに置いておけ」
「はい!」
無駄に元気なメイファンの声で気が紛れる。騒がしいだけだと思っていたが有用なものだな、とひっそり感心した。
「メイファン先輩、この書類の書き方なんですけど
……
」
「どれどれ? あー、これは複雑で難しいんです。椅子を持ってきてください。一緒にやりましょう」
席に戻ったメイファンを栞が捕まえている。言われたとおりにメイファンの隣に並び、書類と首っ引きになる栞。頬がくっつくのではと思えるほど至近距離で、二人は書類作成を始める。晶はそれを横目で見やり、半ば無意識に声を発していた。
「栞」
「は、はい。なんでしょうか?」
少し近すぎる気がするのだが。
「晶センパーイ、こっちに承認のサインお願いしまーす」
横から割り込んできたやちよに意識が移る。一瞬前に自分が何を言おうとしていたのか、もう忘れてしまった。
「分かった。ついでにこれも頼む」
「えー、来客スリッパの個数管理って庶務の仕事じゃないですかー」
「栞の手が空いていない。見れば分かるだろう」
その言葉に、呼ばれたまま置き去りになっていた栞は、なんだ仕事を振ろうとしていたのか、という顔で書類作成に戻った。やちよに割り振られたので自分には来ないと思ったのだろう。
それはまったくなんの不自然さもなくて、晶が言おうとしていた言葉は二度と表に出てこなかった。
生徒会の仕事を終え、各自準備をしてレッスンルームに再度集合する。以前雷を落とした成果か、遅刻ギリギリでくるような不届き者はいない。
「それではまず、二人一組で柔軟から」
トレーナーの指示に返事をして、軽く目を合わせていく。大抵は適当に目が合った相手と組んで、余った一人はトレーナーと組むことになる。ただの仲良しグループとは違うのだから、そこに遠慮はない。
たまたま、隣に栞がいた。首を巡らせたらちょうど視線が交差したので、晶は何を考えることもなく声をかけようとして「あーきらセンパイ。あたしと組みましょー」斜め後ろから腕を引っ張られた。
「む? ああ、構わん。やるか」
「よろしくお願いしまーす」
「では栞は私と」
「はい。よろしくお願いします」
今日も問題なく組み合わせは決まり、各々で柔軟体操を始めた。
やちよの背中を押している数メートル先で、栞が悲鳴を上げている。
「いたたたた! メ、メイファン先輩、もう少しお手柔らかに
……
」
真剣な表情で栞の足を押さえつつ、胸で背中を押すような姿勢を取るメイファン。
「栞は本当に身体が固いですね。はい、呼吸を合わせますよ。いち、に、さん!」
「いたたたた!!」
背中に覆いかぶさっているメイファンが身体を倒せば、下にいる栞も必然的に前屈をすることになる。しかも押さえつけられるから逃げられない。
そして、身体の固い人間はそうされるとめちゃくちゃ痛い。
たっぷり十秒かけて前屈させ、同じ時間で元に戻る。
「はい、もう一度いきますよー」
「〜〜〜〜〜!!」
栞はもう声も出ない。息を荒げ、涙目で耐える。
「頑張りましょう、栞。ちゃんとほぐしておかないと思わぬ怪我をしてしまうものです。レッスンが終わったらマッサージもしてあげますからね」
なんとも人好きのする純粋な笑顔でぐいぐいと栞の身体を押し込んでいく。とうとう栞が助けを求めるような視線を送ってきたが、ただの柔軟体操なので誰も助けなかった。
「いやー、メイファンってばスパルタ〜」
呆れているような、ぞっとしない声でやちよが呟く。
「よそ見をしている場合か。交代だ」
「はいはーい」
晶は床を見つめながら前屈を繰り返した。幼い頃から舞台少女を目指していただけあって、柔軟性は高い。先ほどの栞みたいに余裕のない状態にはならない。
「えいえいっ」
「ははは、もっと深く押し込んでくれてもいいですよ」
さすが、京劇仕込みの柔軟性を持つメイファンは交代して背中を押されても余裕の表情だった。
メイファンが床にはりつくような姿勢になったので、もうすでに栞はメイファンの背中に乗っているだけというような状態になっていて、それ以上負荷をかけられず栞が悔しそうに唇を尖らせている。
「うーっ」
「栞、柔軟体操は身体をほぐすのが目的で、相手に痛い思いをさせるためではありません」
「わっ、分かってますっ」
「あはは、仲いいですねえ、あそこ」
「
……
気高き君
エーデル
は馴れ合いの場ではない」
「そりゃそうですけど〜。仲悪くてギスギスするよりいいじゃないですか」
チームワークですよ、といつもの気抜けた声で言ってくるのを、晶は無言で受け止めた。
栞とメイファンは、あんなにも親しげだっただろうか。
身内としての気安さは前からあったが、あんなふうに親密な様子を見せていただろうか。
何か、二人の関係性が変化するような出来事が、あったのだろうか。
「
………
」
深く、一度呼吸。
レッスン中だ。無駄なことを考えている暇はない。
やちよが背中にもたれかかってきて、ゆっくりと体重をかけてくる。
「晶センパイ、今自分がどんな顔してるか分かります?」
「いつもどおりだ」
「ええそうです、いつもどおりです」
「でも」晶にだけ聞こえる程度の、つまらなそうな声。
「一度生まれちゃったものを、なかったことにはできないと思うんですよね、あたし的には」
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