kaisou
2026-04-14 12:53:12
11711文字
Public 1740年コンクラーヴェ話
 

Habemus Papam.  我らは教皇を得たり

1740年コンクラーヴェ話・別視点7

コンクラーヴェ後の話。新しい教皇を得て、世界が前へ進みはじめる。自分だけは手放さない

※歴史創作なので悪しからず

▼本篇まとめ
Aliquid est quod memoria mea non relinquit.
私の記憶を離れないものがある

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全7章/幕間含む
1740年コンクラーヴェ話の本篇その2
視点違いの2つの話のうちの1つ。



 声が戻ってきたのは、鐘ではなく、人のざわめきのほうが先だった。

 石の回廊。冷えた空気。足の裏に伝わる硬い床。それらがひとつずつ、意識の表面に戻ってくる。遠くで続いていた祝意は絶えず、壁も、扉の向こうの空気も、すでに新しい中心を持った街の呼吸に従っている。
 コシアはそこでようやく、いま自分がどこに立っているのかを思い出した。
 
 コンクラーヴェの終わったあと。
 新しい教皇を得て、世界が前へ進みはじめた、その只中。 

 何も乱れてはいない。乱れていてはならないのだと、コシアは知っている。人々は新しい名を受け入れ、街はすぐに次の秩序へ馴染んでいく。そうでなければ困ることも、コシアにはよくわかっていた。

 わかっている。そのうえで、なお動けない。

 さっきまで胸の内にあった夜の気配は、消えたわけではなかった。むしろ、現在へ引き戻されたことで、かえって輪郭を増している。取り立てて何も起きなかったはずの一夜の断片ばかりが、祝意のざわめきの下で重く沈んでいる。
 コシアはもう、あの人のそばの者ではない。そのことを知らぬほど愚かではなかった。いまの自分に与えられている位置も、失われた位置も、どちらもわかっている。わかっているからこそ、抜けどころがない。
 身体は歩ける。返すべき挨拶も、取るべき距離も、崩してはならない顔も、まだ間違えずにいられる。だが心のほうは、そこから一歩も出ていない。あの夜の部屋に、まだ半分残っている。帰り損ねたというより、帰り方がわからないまま、ここまで歩いてきた。
 遠くでまた声が上がった。誰かが新しい名を口にし、別の誰かがそれに応じる。その自然さ、その迷いのなさが、コシアには今さらのように堪えた。
 問題は、その流れを知ったうえでなお、自分だけが止まれないことだった。人にとっては取るに足らない断片でしかないものが、自分の中では歳月を経るほど沈まず、むしろ深く澄んでいく。それが何であるかを、もう言い訳できないほどよく知っていた。

 コシアは歩みをゆるめなかった。

 ゆるめたところで、追いつけるわけでもないからだ。祝福された世界の外へ出ることはできない。その中に立ったまま、自分だけが過去の細部に沈んでいく。そういうかたちでしか、いまの自分は前へ進めなかった。