八上
2026-03-17 17:22:38
16185文字
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鬼の打掛

夜昂と玖寂の話。夜昂の因習実家関連の決着話(予定)


■天つ鬼

 かつて、一族に苗字すらなかった頃、とある一家の家長は禁を犯した。
 唯一の男子だった長男が種無しであったが故の凶行であった。

 ――嫌だ、父上の子など産みとうない……
 ――助けて、兄様たすけて……

 狂った悲鳴を上げながら子を産み落とした妹は、その狂気がかの身に怪異を呼び寄せたのか、既に人ではなかった。己を穢した父親を殺し、見て見ぬふりをした母を殺したが、産み落とさせられた我が子は殺せぬまま、運命に呼び寄せられたかのように居合わせた旅の法師によって、後に金翠かなすい山と呼ばれるようになる山へと封じられた。
 自ら望んで山へ入った、彼女の兄を足枷として。

 ――妹を殺さないでくれ……

 鬼女が退治されず、山に封じられるに留まったその訳は。
 そして、鬼女が産み落とした子のその後は。


 木々の間から覗いた満月が、月光で地面を照らしている。
……うぅ……
 宙から地面に放り出されたかのような衝撃に、夜昂は呻いた。嫌な、短い夢を見ていた気がした。
 地に手をついて身体を起こすと、そこは山を下りる時に通り過ぎたはずの、祠があるあの空間だった。しかし、先程と違う点がある。
……壊れてる」
 ボロボロだった祠は打ち壊されたかのように砕け散り、古い木材が辺りに散乱していた。同じように、傍にあったはずの立て看板も壊れ、破片が夜昂の近くにも落ちていた。
 さっきは読めなかったはずの看板の破片から、何故か今は一部分を読むことが出来た。
――翠御前の――
……みどり?」
 そう呟いた時、背後に大きな気配を感じた。
――!」
 慌てて振り返ると、そこには打掛を身に纏った鬼女の姿。その目は爛爛と夜昂だけを見据えている。
 ――傍に玖寂はいない。自分ひとりだけが連れて来られたのか。
――兄様――
 鬼女の囁くような声が聞こえる。
 俺はお前の兄なんかじゃない! そう叫びたかったが、喉が引き攣れたようになって上手く声が出なかった。

 ゆっくりと迫ってくる鬼女に思わず後ずさると、すぐ背に木の幹が当たる感覚。目の前には鬼女。逃げ場はもうない。眼前に鬼の爪が迫る。

 ――ええい、ままよ。

――ッ、翠!」

 ――

 ――鬼の爪は、夜昂の首を引き裂く寸前で止まっていた。

 夜昂は腕を伸ばして、鬼女の頬に触れた。

――もういい。もういいから、帰ろう」

――兄様――

 悲しげな女の声がして、そして。

 夜の山の中、後には夜昂と、美しい金翠の打掛だけが残されていた。


 何が起こったのか分からず呆然としていると、ぴよ、と耳に馴染んだ鳴き声と共に、頭の上に僅かな重みを感じた。そっと手を頭上に持って行くと、ふわふわした感触がして。
「ひよこ?」
「ぴよ」
 せやで、とでも言っていそうな鳴き声に、緊張が解けた夜昂は全身の力が抜け、その場に座り込んだ。そのまま大きく息を吸って吐いて、としているところに、枝を踏む足音が聞こえた。音の方へ顔を向けると、夜の闇に溶け込んでいきそうな黒髪の男の姿があった。
「玖寂さ、ん」
「生きてますか」
「なんとか……
 玖寂が差し出した手を取り、なんとか立ち上がる。
 ――そして、傍に落ちている、金と翠の打掛を拾い上げた。
「持っていくんですか」
「うん……
 連れて帰ってやらないといけないから、と呟いた。