八上
2026-03-17 17:22:38
16185文字
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鬼の打掛

夜昂と玖寂の話。夜昂の因習実家関連の決着話(予定)


■金翠山の鬼女

 急激に距離を詰める鬼女に、二人の猟兵はそれぞれ距離を取った。反射的にその場から飛び退いた夜昂は、さっきまで自分が立っていた地面が、鬼女によって大穴を開けられるところを見た。狙われているのは自分だと考えて良さそうだ。

 ――お前も……
 ――お前も……になれ……

 煌々と輝く金の目が夜昂を見る。そこには憎悪の色しか感じることは出来なかった。唸り声を上げる口の隙間から、怨嗟の声が頭に響く。直接呪詛を叩きつけられるような感覚に、夜昂の身体が揺らいだ。
「う……
「ぴよ!」
 しっかりしろ、とでも言うように、頭の上の赤いひよこが鳴き声を上げた。ひよこの声を聞いてから不思議と、締め付けられるようだった頭が軽くなったような気がした。なんとか持ち直し、足をしっかりと地につける。
 再び夜昂に狙いを定めた鬼女が鋭い爪が生えた腕を振り上げ、彼に迫る。
 ――が、その腕は振り下ろされなかった。
「少し大人しくして頂けると」
 木の裏にいた玖寂の手が、何かを引き絞るように動く。張られた鋼糸が鬼女の腕を捕らえていた。
 ギリ、と細い金属の音が空気を響かせる。
――――!」
 鬼女が吼える。思い通りに動かない腕に苛立つように。
 そして、力任せに鋼糸ごと腕を引き下ろそうとする。
……くっ」
 玖寂が指に力を込めるが、膂力がまるで違う。このままでは糸も自分の手も保つまい。切るべきと判断して自分の指から糸の制御を切り離した。当然、鬼女の腕はそのまま振り下ろされる。が、その着弾点に既に夜昂の姿はなかった。
……おらぁッ!」
 左腕を振りかぶった夜昂が、脇から鬼女目掛けて握り拳を撃ち抜いた。鬼女がたたらを踏む。

 ――兄様……

 女の切ない声が聞こえた気がした。

 鬼女に向かって玖寂が針を投げた。しかし、針は岩かなにかに当たったかのように弾かれ、地面に落ちる。
――――!」
 再び鬼女が咆哮する。まるで断末魔のようなそれは頭に響く衝撃となって、二人に襲い掛かった。耐えきれず膝をついた夜昂に鬼女は迫り、そして。

 ――消えた。夜昂と共に。

……ッ」
 玖寂が夜昂がいた場所へ駆け寄る。そこには、赤いひよこが一羽、地面に落ちていた。
 手の上へ拾い上げると、ぷるぷると身体を震わせて、身体に付いた砂を落としていた。とても元気そうに見える。
……僕が砂まみれになるんですけど」
「ぴ!」
「痛」
 ガッ、とひよこが玖寂の手を手袋越しにつついた。つついたとは可愛すぎる表現かもしれない。こいつは嘴で抉るように突き刺してきた。「ごちゃごちゃ言うな!」とでも言いたそうだ。
……ぴよ!」
 ふ、と玖寂の手の上から赤いひよこが飛び立った。玖寂は飛べるのかあの鳥、と思った。恐らく、恐らくだが、あのひよこは夜昂の行方の目星が付いているのだろう。どうせ他に手がかりなどない。見失わないように、玖寂は山の中を飛んで行くひよこを追い始めた。