八上
2026-03-17 17:22:38
16185文字
Public テキスト
 

鬼の打掛

夜昂と玖寂の話。夜昂の因習実家関連の決着話(予定)


■裏切りの対価

 随分長い間、車を走らせて連れてこられたのは、大きく年季の入った日本家屋だった。敷地は高い塀に囲まれており、傍から見れば堅気の住居とはとても思いづらい。
 屋敷の中を無理矢理引き摺られ、広い部屋へ放り込まれる。
「痛って……
 床に放り出され、呻きながら辺りを見渡すと、そこには老若男女十人ほどの人がいて、皆が夜昂を見ていた。その視線に含まれる感情は様々で、誰が何を考えているか判別しづらかった。
 ――その中から、夜昂の方へ足を踏み出した中年の男がいた。夜昂の傍でかがみ込み、掛けていたサングラスを指でずらす。濃い色の遮光グラスの向こうにあった瞳の色は、夜昂と同じ金ががった翠色をしていた。
「お前が夜千流と俺の息子か」
 その言葉に、男が"誰"なのかを察した夜昂が、勢いよく身を起こした。
「ッ、お前が!」
 夜昂は父親だという男の胸倉に飛びつくように掴み掛かっていた。周囲がざわつくが、天槻・敬悟は周囲を押し止めるように片腕を上げた。
「何で今まで助けてくれなかった!? お前の都合のいい時だけ都合のいいようにしやがって! 何で……!」
 父親の胸倉を掴んだまま、夜昂は項垂れた。
「何で母さんを助けてくれなかったんだ……
……そうだ」
 天槻・敬悟は静かな声で言った。サングラスの向こうにある目に映る表情は見えない。
「夜千流のことも、お前のことも、元を辿れば全部俺の所為だ……

 ――あの後、無理矢理『父親』から引き剥がされて、自分のために用意したという別の部屋に押し込められた。
 夜昂は部屋の隅で不貞腐れたように胡坐をかき、その膝の上で頬杖をついた。部屋には机や座椅子も設えてあったが、使う気にはなれなかった。
「ぴよ」
……ん」
 ずっと夜昂の着物の袖の中にいて着いてきていた赤いひよこが夜昂の膝の上で鳴いた。まるで夜昂を元気づけるように。本当にそうかどうかは夜昂には分からないけれど。
「ぴよ」
……うん」
「ぴよ」
 指先で小さな頭を撫でてやると、ひよこは気持ちよさそうに真ん丸な目を閉じた。
 そんな時。
「失礼します」
 と、廊下に続く襖の向こうから若い女性の声がした。夜昂は慌ててひよこを袖の中に隠した。
「は、はい」
 返事をすると、襖が開き、若い女性が部屋に入ってきた。茶髪に眼鏡を掛けた、凛々しい翠の瞳をした娘だった。この顔はついさっき見たような。
「えっと」
「睡蓮です。天槻・睡蓮」
 一応あの阿呆の当主の娘です、と言う彼女に、夜昂はつまり、と頭を働かせる。彼女は二十歳前後に見える。ということは。
……妹ってこと?」
「そうなりますね」
 その表情に嫌悪などの悪感情は無いように見え、逆に夜昂は困惑した。
……俺のこと何とも思ってないのか?」
「あの父親が阿呆なだけなので。私も一昨日殴りましたし」
「え?」
「あなたのことを私に白状したのが一昨日だったので」
「ええ?」
 流石に急すぎないか、間際まで娘に黙ってたってことかよあいつ、と夜昂がイラつきを抑えていると、睡蓮――異母妹が持っていた風呂敷包みを部屋に置いた。
「急ごしらえですが、お着替えを持ってきておきました。下着類は後で別の者が持ってきます」
「あ、ああ……ありがとう」
「何か必要なものがあれば柏崎さん……金髪に染めてる派手な家政婦さんに言ってください。あの人は話を聞いてくれますから。見た目はやんちゃですけど」
「わ、わかった」
「では私はこれで。……ああ、あと……
 襖に手をかけた睡蓮が振り返った。
「この家の人間をあまり信用しないように」
 それだけを言い残して、睡蓮は去って行った。
……どういう意味?」
 困惑する夜昂に、袖から出てきたひよこがぴよ、と鳴いた。


 ――用意された彼の着替えは仕込みがないか自分で改めた。信用できる使用人も教えた。今自分にできることはこれくらいだ。
……早くしないと……
 ”あの”大伯母が提案した今の状況に強い違和感を感じていた。この家で何かが起こる。その予感を天槻睡蓮は感じていた。



 この屋敷に連れて来られてから二週間が経った。
 屋敷の中に軟禁されてはいるが、思ったよりは過ごしやすい。睡蓮が紹介した金髪の家政婦(確かにやんちゃな見た目をしていた)は、見かけによらず優しかったし、あの後下着類を持ってきてくれた強面の男性(遠縁だが一応親戚で、普段は睡蓮付きの運転手らしい)も、夜昂を尊重するような雰囲気だった。睡蓮が気を利かせて手を回したのかもしれない。

 睡蓮本人とも時折茶を飲みながら世間話をした。彼女は大学生らしく、日中は大抵大学へ通っているようだったが。
 その世間話の中で。
「知ってます? あの忍者みたいな人」
「え?」
「黒髪で眼鏡かけて、いつもスーツ着た男の人なんですけど」
 睡蓮が湯呑みを傾けて、中の茶の水面を眺めている。
「父から仕事を受けていたみたいで時々この屋敷に来てたんです。あなた関連なのかと思って」
 目の前にいても全然足音も気配もしないんですよね、と言う睡蓮に、夜昂は苦虫を噛み潰したような顔をした。
……
 知っている。知っているのだが、正直思い出したくない人物だった。
 ……そういえば。
……あのおっさん、く……あの人にどんな仕事を頼んでたんだ?」
「そこまでは」
 肩を竦める睡蓮に、夜昂は考える。玖寂は天槻・敬悟から仕事を受けていた。その結果、夜昂はこの屋敷に連れて来られた。その過程は?
(「……あのおっさんの依頼で、俺を守ってたってことか?」)
 久しぶりにあの綺麗な顔を思い出した気がした。

 他の家人や使用人については、よく分からない。顔を合わせても、見た目では遜っているが、その目は夜昂を小馬鹿にしているように見える。父親についてはあの後から姿を見てもいない。
……
 信用するな、ってそういう意味なのか? と自分の部屋の中でぼんやりと思った。
 こんな悪意塗れの屋敷の中で、あの異母妹は大丈夫なんだろうか、と思考が向いたとき、俄かに屋敷の中が騒がしいことに気づいた。
……?」
 立ち上がり、廊下へ続く襖に手を掛けた。屋敷の中を歩き回る分には文句を言われていない。あの家政婦を捕まえて話を聞いてみようか。
 廊下に出て襖を閉め、家政婦が普段詰めている台所の方へ顔を向けた瞬間――背後から布で口と鼻を押さえられ、夜昂は意識を失った。