ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 以蔵に連れられて龍馬が初めて訪れたメディアの部屋は別世界だった。
 カルデアの廊下からドアを開けた瞬間に広がった空間は、まるで中世ヨーロッパの屋敷の中に入ってしまったかのようだ。壁には美しいレンガが積まれ、龍馬と以蔵がいる玄関ホールからはいくつかの部屋が続いている。どこからともなく差し込む光がモザイク模様の床を照らしていた。
 キャスタークラスには陣地作成スキルがあるというが、ここまでの異空間を構築するのは並大抵の術者に出来る事では無いだろう。
 魔術師の工房は侵入者に対する完璧な備えがしてあると聞く。この空間がメディアの工房ならば、自分達は彼女の手の中も同然だ。
 お竜さんを連れてこなかったことを後悔した龍馬の横で、以蔵は慣れた様子ですいすいと続き部屋に入っていく。
「待って、以蔵さん」
「坂本。ええか。絶対に余計なものに触りなさんなや。―――メディア姉さん。どこじゃあ?」
「いぞー。こっちよ」
 以蔵が声をあげると、さらに奥の部屋からメディアが呼ぶ。
 声を頼りに足を踏み入れたこの部屋は工房として使っているのだろうか、壁には様々な薬草が吊され、鼻につく甘ったるい匂いが流れている。
 この部屋の主は龍馬を見て美しい眉を寄せた。

「その男をつれてきたの?」
「わしの記憶が戻るかもしれんという話やったき。こいつも居た方がええろう?」
「申し訳ない」
 帽子を取って謝意を示した龍馬にメディアはあからさまに顔をしかめた。

「連絡してから以蔵があなたの部屋に行く時間はなかったはずよ。―――こんな夜更けに何してたの」

 龍馬の泣き顔をごまかすために途中さっと洗面所に寄って顔を洗ってきたが、それがかえって何かの誤解を加速させてしまったようだ。
「わしが散歩しちょったら偶然坂本と会うただけちや」
「本当に?」
「おん」

 メディアは以蔵の返事に納得出来ないかのように、目を眇めて以蔵の上から下まで視線を滑らせた。
まあいいでしょう」
 何をチェックしたのか。頷いたメディア自身は少しやつれたように見える。藤色の髪はわずかに乱れ、目の下には薄く隈が出来ているようだ。
「メディア姉さん。疲れちゅうのか」
 以蔵が尋ねるとメディアは乱暴に髪をかき上げた。
「なんでもないわ。ちょっと根をつめただけよ」
 そういえばここ数日。メディアの姿を見かけなかった。もともと社交的な性格の彼女ではないが龍馬が最後に彼女を見たのは、―――以蔵が記憶を失った日だ。

「ありがとう」
「嫌な男ね。―――元はと言えば私の責任よ」

 嫌そうに顔をしかめるメディアは先程『以蔵の記憶が戻るかもしれない』と連絡してきた。きっと以蔵が記憶を失った日からずっとここに籠もって解決策を模索していたのだろう。

 以蔵は龍馬とメディアの会話の意味を読み取れなかったのか、不思議そうに目線を二人の間に行ったり来たりさせている。
「出来たのよ」
「なにが?」

「あなたの記憶を取り戻す霊薬に決まってるでしょ!」

 怒られて以蔵は猫のように首をすくめる。
 懐かしい癖に龍馬は胸が痛くなった。龍馬の記憶が無いだけで以蔵が以蔵であることは間違いないのだ。

「薬で治るがか?」

 すごい、と顔に書いて以蔵がメディアを見る。そんな以蔵にメディアは手に平ほどの大きさの小瓶を何も無い空間から取りだした。
 瓶の中で半透明の液体がたぷん、と揺れる。
 これで以蔵さんの記憶が戻る。のか。

 だが、メディアは首を振った。
「記憶が戻るかもしれない、と言ったでしょう。―――これは忘れた記憶を蘇らせる霊薬。記憶のえり好みは出来ないわ」

「以蔵さんが忘れたくて忘れた記憶も蘇ると?」
 龍馬の質問にメディアは目を伏せた。
「浜辺の砂のひと粒ひと粒を選り分けることがあなたに出来て?」
 人が一生の間に得る記憶は膨大なものだ。さらにメディアの生前の知り合いでもない以蔵の記憶ともなれば神代の魔女とてどうしようもなかったのだろう。

 岡田以蔵の人生は決して幸せなものではない。

 そもそも人は自分を守るために忘却する生き物だ。喪失、屈辱、痛み、等など抱えきれない感情を時間という重しで思い出に沈めることで、現在の精神の安定を得ている。
 龍馬は横でよく分かっていない顔をしている以蔵を見た。
 以蔵は意外に繊細だ。忍耐心が薄く、感情の起伏が激しい。―――少しの痛みで大きな傷を受けてしまう。


 彼に傷を与えてしまう記憶の中には、きっと龍馬との出来事も含まれているだろう。


 ―――ついさっき、以蔵は龍馬の涙を拭いてくれた。


 昔のように、龍馬のことをなきみそと言って膝枕までしてくれた。
 今の以蔵にとって龍馬は幼なじみですらない。必要なら龍馬を殺すことを躊躇ったりしないだろう。
 でも、それは再び龍馬が以蔵を置いていったとしても彼は傷つかないという事だ。
 一緒に、昔の話をすることはもう出来ないかもしれないけれど。記憶を失う前に以蔵が吹き込んだ音声データが残っている。―――それで、充分だ。
「失礼」
 まさか龍馬がそう動くとは思っていなかったのだろう。無防備なメディアの手から易々と小瓶を奪い取って龍馬は以蔵を見つめる。

「以蔵さん。お願いやき。これは飲まんで欲しい」

 驚きに猫のように丸まっていた飴色の目がぎゅんと険しくなる。
「なにかわしに思い出して欲しゅうないことがあるがよな」

「思い出して欲しくないことなんてない! 出来るなら全部思い出して欲しいよ。
 以蔵さん。―――わしはもうこれ以上わしのことで以蔵さんを傷つけたくないんじゃ」

 生前も、今も、酷いことばかりしてきた。以蔵の気持ちを理解しないまま何度も踏みにじった。
 さらにまた、龍馬との記憶を取り戻すためだけに以蔵の心を傷つけることなんて出来るはずがない。

 龍馬の説得に、以蔵の目がどんどん険しくなる。その手が腰の刀に伸びた。

「おんし、どこまでわしを馬鹿にするがよ」

「えっ」
 一瞬で龍馬の喉元に刃が突きつけられる。

「おんしはわしのなんじゃ? おんしにわしの事を勝手に決める権利はないぜよ。―――寄こせ」

 そうだ。今の坂本龍馬に岡田以蔵の意思に介入する権利はない。しかも理由が自分のために傷ついて欲しくないという傲慢な理由ならなおさらだ。
 いや、今までも幼なじみだからと甘えて龍馬は以蔵に介入しすぎていたのかもしれない。

 龍馬が小瓶を渡すと、以蔵は刀を納めた。
 そして瓶の蓋に手をかける。

以蔵さん、勢いだけで飲まない方が、」

 どうしても言ってしまう龍馬を以蔵は睨み付けた。

「わしはおんしのために飲むんやない。思い出したい奴がおるき飲むがよ」
「それって、僕、」

「しわい。だまっとれ! わしが好きなのはおんしやない!」

 叫んで、以蔵が小瓶を呷る。ごくん、ごくん、と喉を鳴らし中身を飲み干した以蔵はそのまま後ろに倒れ込んだ。

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