ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 ダ・ヴィンチちゃんの検査の結果、岡田以蔵の霊基に異常は無かった。
 そして彼から坂本龍馬の記憶の殆どが失われていることが判明した。土佐勤王党で共にあった思い出すら彼には無く、かろうじて龍馬に勝海舟の護衛を頼まれた事を覚えているのみ。
 岡田以蔵にとって坂本龍馬はただの他人に成り下がっていた。


「リョーマ、最近寝てないだろう? 大丈夫か?」
 顔色を窺うお竜さんに龍馬は笑ってみせる。お竜さんが言う通り、龍馬は以蔵とあの特異点から帰還してからのこの数日眠ることが出来ないでいた。
 昼に近いこの時間、カルデアの廊下には人通りが少ない。ほとんどの者が食堂に向かっているからだ。
 だが、一部例外もある。龍馬はその人物に用があった。
「サーヴァントは睡眠を取らなくても大丈夫だよ。―――以前、以蔵さんが生前の事を語った音声データがあるらしいんだ。それを聞けばきっと」
 言いながら龍馬は通称・作家部屋と呼ばれる図書室へと入り込む。
 壁一面に並べられた英霊の資料。歴史に偏った蔵書は常ならば龍馬の心を弾ませてくれるものだったが。今はただの背景に見える。

「遅かったな。馬鹿め。岡田以蔵の音声データならここだ」

 低い声に振り返ると青い髪の少年がタブレットを軽く掲げて椅子に座っていた。行儀悪く片膝を抱えたその姿に子供らしさは全くなく、妙なふてぶてしさが目立つ。
「アンデルセンさん」
「前にも言っただろう。アンデルセンでいい。坂本龍馬、オマエが探していたものはこの中に入っている。端末を出せ」
 まったく締め切り前だと言うのに手間がかかるとぼやきながらアンデルセンは、龍馬が取り出したカルデア支給の端末にタブレットからデータを転送する。
「東洋の殺人鬼に話を聞けるなどなかなか無いからな。根掘り葉掘り聞き出してあるぞ」
「以蔵さんは殺人鬼じゃない」
 龍馬の固い声にアンデルセンは片眉を上げた。
「ヒトキリか。それは殺人鬼とどう違うんだ? ああ、暗殺者だったか」
 無言で端末を仕舞おうとする龍馬にアンデルセンはにやりと笑った。

「怒ったか? だが否定は出来ないだろう? こうやって事実は見るものによって形を変える。―――ところで維新の英雄。お前と人斬り以蔵が幼なじみだったという物証はどこにある?」

 アンデルセンの揶揄うような声色が一転して真面目なものへと変わる。
 物証。坂本龍馬と岡田以蔵の幼少時の接点は記録に残されていない。だが、当人同士が覚えていれば物証など必要ではないのではないだろうか?
 龍馬の疑問を読み取ってアンデルセンは笑みを深めた。

「岡田以蔵がお前の事を忘れたと言うが。お前達は『本当に』幼なじみなのか。敵対していた人物の護衛を受けた岡田以蔵と依頼した坂本龍馬はよっぽどの仲だったと、後世の人々が思い込んだために『そうなった』のではないか?
 案外岡田は記憶を失ったのではなく、『正しい』記憶が蘇ったのかもしれないぞ」

 そう語るアンデルセンの手足には彼の作品の読者の呪いがかけられている。無辜の人々に『こんな物語を書く男は血も涙もない男に違いない』と思われた結果、少年の細い四肢には彼が書いた物語の主人公達と同じ傷が刻まれ、この瞬間も彼を苛み続けている。
 聞く話によると人々の噂から犯していない罪を着せられ自己を失ったサーヴァントもいるという。

 記憶の捏造など有り得ない、と断言出来る根拠は無かった。

 動けない龍馬の背後で生前の以蔵と出会わなかったお竜さんが肉食の海洋生物のようにゆったりと宙を泳ぐ。
「子供。言いたいことはそれだけか?」
 赤い瞳に見据えられてアンデルセンは苦笑を浮かべた。

「苛めすぎたな。許せ。―――岡田が最近子供連中の相手をしていないらしくてな。とばっちりがこっちに来ているんだ。要するに八つ当たりだな」

 カルデアにいる子供のサーヴァントはふたり。ナーサリー・ライムとポール・バニヤン。そのどちらも『人』ではなく人に育てられた経験がない。そのため暴走しがちになる彼女達を以蔵と、そして彼に付き合ってキアラがなんとかあやしていたが、ここ最近は以蔵が龍馬の記憶を失った一件でばたばたしていたのだろう。
「分かったよ。以蔵さんか殺生院さんに会ったら子供達の相手もしてあげるように伝えておく」
 了承した龍馬にアンデルセンは眼鏡の縁を押し上げた。

「知っているか坂本。岡田はマスターに頼まれたわけでは無く自主的に子守りをしていた。―――昔、近所の子供の面倒をみていたからと言ってな」

「え、僕?」
 突然自分の話題になって驚く龍馬に、アンデルセンはにたりと笑った。
「なるほど。やはりお前の事だったか」
 その笑みはすぐに拭い去られ、真摯な表情を浮かべた少年は白い軍服を着た青年に忠告を投げる。

「心しておけ坂本龍馬。聞けばあの女と岡田の最初の出会いは童話の読み聞かせだったそうだ。そこでの第一印象が岡田のあの女に対する態度に大きく影響しているのは間違いない。―――お前に対する幼なじみという第一印象がなくなった岡田を今までと同じと思うなよ」





「またおんしか。帰れ」
 夕暮れ時にお竜さんを連れて自室を訪ねてきた龍馬に以蔵は冷たかった。
 龍馬と同じワンルームの以蔵の部屋は元はカルデアの一般職員のものだ。4人入れば手狭な空間にはベッドとPCが置かれたデスクと椅子。あとはクローゼットしかない。
 そのベッドに深く腰掛けて以蔵は子供のように足を揺らせていた。
 くつろいだ様子の以蔵の前には椅子に腰掛けたキアラがいる。だから以蔵の部屋に鍵がかかっておらず、龍馬は門前払いを受けずにすんだのだろう。
 密室にしなかったのは成人女性であるキアラに対する気遣いか。以蔵はがさつなようでいて意外と細かいところを気にする。
 そのキアラが龍馬に向き直った。
「何の用です?」
 部屋の主を差し置いての質問に龍馬はゆっくりとポケットから端末を出した。
「以前、以蔵さんが僕について語った音声データがある。聞いてもらえれば思い出すと思って」
「必要ありませんわ」
 間髪入れず以蔵ではなくキアラが首を振る。
「生前の、しかも仲が悪かった人物との記憶なんてカルデアで必要ないでしょう?」

「それはあなたが決めることじゃない。僕は以蔵さんに聞いているんだ」

 普段の以蔵ならその龍馬の強い口調に何かを感じただろう。だが、そこにいるのは龍馬に対する知識がほとんど残っていない男だった。

「どうでもええ」
 興味なさそうに答えた以蔵に龍馬は彼の警戒心に触れないぎりぎりの量の笑みを向けた。
「そう言わずに。興味が向いたところだけでもいいから」
「しわいちゃ。わしはおまんの事なんか知らん」

 にべもない以蔵の態度に気分を害したのは龍馬の背後を漂う蛟の方だった。
「おい、雑魚ナメクジ。いいかげんにしろよ」
 彼女の言葉にいつもの以蔵ならムキになって言い返しただろう。だが、そこにいるのはお竜さんの知る以蔵ではなかった。
 飴色の瞳が暗く光る。

―――なんじゃ、おんしは」

 底冷えする声にお竜さんが息を呑んだ。
 アンデルセンからの忠告で半ば予測出来ていた以蔵の様子に、龍馬は急いで端末を操作する。
 数瞬後、険悪な雰囲気を濁すように以蔵の懐から単調なメロディが響いた。

「どうぞ」

 龍馬に言われて以蔵が嫌そうに懐から端末を出す。
 カルデアから以蔵に支給された端末の画面にはデータ受信のメッセージがポップされていた。

「おんし、わしのアィディ知っちゅうのか?」
「以蔵さんが教えてくれたんだよ」

 カルデアの施設は広くサーヴァント達は自由気ままだ。彼らを放送で呼び出そうにも聞こえない場所に居ることもあり、また個別連絡の必要性もあって、全サーヴァントと職員にはひとつずつ端末が渡されている。
 悪用を防ぐためにそれぞれの端末に割り振られた固有のIDは本人の他は基本的にマスターとダ・ヴィンチちゃんしか知らず、例え本人から聞き出したIDでも本人の許可無く拡散する事は固く禁じられている。

「以蔵さんの端末にも僕のIDが入っているはずだよ」

 言われて以蔵はおぼつかない手つきで画面をスクロールする。確かに自分の端末のメンバーリストに坂本龍馬の名前があった。
 ログを開く。
 そこには、紛れもなく自分の端末と坂本龍馬の端末とのやり取りが残されていた。

「ね? 僕と以蔵さんが知り合いだって分かっただろう?」

 龍馬の念押しに、キアラがくすくすと笑って足を組み直す。黒い尼僧服のスリットから伸びた白い脚がなまめかしく龍馬を指した。

「そんなモノなんの証拠になりますの? わたくしのIDだって以蔵の端末に入ってますわ」

「キアラ、それはちと行儀が悪いんやないか?」
「あら失礼」

 たしなめる以蔵に小さく舌を出してキアラは少女のように足を揃える。
 
―――殺生院さんは、さっきから僕に言いたいことがあるようだね?」
「もちろんありますわ!」

 押し殺した龍馬の声にキアラは晴れやかに笑った。


「このひとでなし」


 キアラの形良い唇が龍馬を撃つ。

「あなた。あの特異点で以蔵に自分が反転したら殺せって言ったそうですわね?」

 それは事実だった。確かに龍馬は聖杯の泥の雨の下で以蔵に反転した自分の始末を頼んだ。
 最悪、聖杯に汚染されて魔力量が上がったとしてもアサシンの以蔵ならライダーの自分を倒せる可能性があったこと。以蔵が人型特攻を持っていること。
 そして、万が一ふたりともが破壊衝動に侵されてしまったとしても以蔵が残っていた方が龍馬が残っていた場合より被害が少ないと思ったからだ。
 以蔵はもともと龍馬を斬りたがっていた。ならばちゃんと龍馬を斬ってくれるだろう。
 それらを考慮した結果。それはもっとも効率がよい方法に思われた。

 ―――以蔵が龍馬の事を嫌っていなかったと知るまでは。

 龍馬の思考をどこまで読んだのか、キアラが目を細める。
「しかも、以蔵がメディアの結界を発動するまではあなた方が以蔵の代わりに汚染された泥を受けていたんですって? 美しい犠牲の精神ですわねぇ。とても美しいわ。―――もし以蔵がひとり生き残っていたらマスターにどう説明したかしら?」

 ころころと楽しそうにキアラは笑う。蟻を踏みにじるように。
 その様子に龍馬は悟った。キアラは自分に説明しているのではない、以蔵に聞かせているのだ。

 坂本龍馬がいかに岡田以蔵の心を踏みにじったかを。

「リョーマ」

 お竜さんの手が龍馬の肩に触れる。その柔らかさに慰撫されて龍馬は息を吸った。熱くなっていた体内に冷たい空気がぐるりとまわる。
 何事においても、最初に平静さを失った方が負ける。
 
―――その事については僕が悪かった。ごめんね。以蔵さん」

 潔く頭を下げる龍馬に以蔵は驚いたように顎に手をやった。
「おんし、そんな男やったか。勝先生の時は口がよう回っていたやろう?」
―――そこは覚えてくれているんだ。嬉しいな」
 龍馬が笑うと以蔵は顔を背けた。

「なんちゃあない。ダ・ヴィンチちゃんに何度も聞かれたき」

 照れたようなその横顔は龍馬が知る以蔵の面影があって、龍馬の眼球がぎゅっと熱を帯びた。慌てて帽子を目深に引いて表情を隠す。
 思い知る。龍馬はもうずっと幼なじみに会えていなかったのだ。
 目の前にいるのは以蔵であっても、龍馬の幼なじみではない。
 生前は何年も離れていても平気だったのに、自分の想いに気がついてからのこの数日は万年の重さで龍馬の心にのし掛かっていた。

「以蔵さん―――

 思わず以蔵に向かって踏み出した龍馬に、キアラが椅子から立ち上がった。
「キアラ?」
 きょとんとする以蔵を彼女は守っているのだ。―――他ならぬ龍馬から。
「僕は何もしないよ」
「分かりませんわ。―――殿方は逆上すると何をするか分かりませんもの」
 海上油田基地セラフィックスを閉鎖して地獄に変えたビーストⅢのアルターエゴは、龍馬を威嚇するように微笑む。
 そんな彼女の心配を以蔵は笑った。

「わしは人斬り以蔵じゃぞ。ライダーの人型なんぞわしの敵じゃないぜよ」

 当たり前のように言う姿に龍馬は握ったままだった端末をポケットに仕舞う。自然な動作で俯けるなら何でもよかった。
 今の以蔵なら斬ろうと思えば龍馬を斬るだろう。急所を外したりすることなく躊躇わずに。
 ―――生前も今も、失ったものは、無くしてからその重さに気づくのだ。
 以蔵達に悟られぬよう龍馬は喉を駆け上がってくる嗚咽を殺しきった。

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