ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 胸に異物を流し込まれるような不快感に以蔵は眉を寄せた。
 見覚えのあるこの場所はカルデアの召喚ルームだ。サーヴァントは夢を見ない。この見覚えのある光景はいつかの過去の繰り返しだ。これはきっとマスターに付き合って召喚陣をまわした時の記憶だろう。
 突然バチバチと火花が散ってアーチャーのカードが銀から金へと色を変えた。
 以蔵の時にはなかったという金演出だ。
 マスターが目を輝かせて召喚陣を見つめる。そこに現れたのは黒い男だった。

「お前がマスターか、ひどい面構えだ。まあいい、おかしななりをしているがこれでもアーチャーだ。精々上手く使え」

 なんつう言いぐさじゃ。センパイとしてここは一発締めてやろうと以蔵は刀に手をかけ。マスターの悲鳴に手を止めた。

「エミヤオルタ!! ああ、来て欲しかったけど来て欲しくなかった!」

 意味が分からないと思ったのは以蔵だけではないのだろう。エミヤオルタと呼ばれた男も不審そうに顔を顰めた。
 そいつにマスターは深々と頭を下げる。

「ごめん。エミヤオルタ。俺はあなたを育てる気は無いんだ。―――あなたが、好きだから」
「お題目はいい。不要なサーヴァントは処分すればいい」

 エミヤオルタの言葉に以蔵は内心頷く。
 そうだ。マスターは確かモナリザ礼装が必要とかでレアプリを欲しがっていた。目の前の霊基を処分すればそれが手に入るだろう。
 だがマスターは目の前の実利に首を振った。

「できないよ! 俺はあなたのことが好きなんだ!」

 好きだから飼い殺すというマスターは言う。それは戦うために召喚に応じた以蔵のようなサーヴァントには屈辱でしかない。武器を手に持つこの男にとってもそうだろう。
 サーヴァントは戦うためにある。
 だから、以蔵は結局唯々諾々とマスターのその提案を受け入れた男が嫌いだった。


 ―――まさか、霊基が満ちる程壊れてしまうサーヴァントだとは知らなかったのだ。


 エミヤオルタはマスターに必要とされなくても愛されているのだと以蔵は知ってしまった。
 どくどくと胸の違和感は大きくなる。岡田以蔵は人斬りだ。人を斬ることしか出来ないし、その他にマスターの信頼に応える方法を持たない。
 人を斬らない以蔵などレアプリにもならないのだ。

 アーチャーは他にもいるけど、エミヤオルタの代わりはいない。

 エミヤオルタの処遇についてマスターはそう言ったと聞く。
 以蔵の生前天誅をやりたがった者は大勢いた。以蔵は天誅の名人と呼ばれていたが彼が土佐勤王党を抜けた後も代わりがいただろう。

 お前の代わりはいない。

 並ぶ者が無い剣術を持ちながら、以蔵はそんな言葉をもらった事が無い。
 あの時代剣技を誇るものならばそれなりにいた。岡田家の跡継ぎなら弟がいる。勉学に秀でたわけでもなく、人を斬るしか出来なかった以蔵を見てくれるものなど。

 ―――以蔵さん。

 不快感があったはずの胸のあたりが熱い。垂れ目の幼なじみが自分を呼ぶ。
 いつの間にかカルデアの召喚ルームは消え、故郷の河原が広がっていた。明るい空の下、先を歩く見覚えのある少年が以蔵を振り返る。

「待ってくれ、■■」

 以蔵があげた声はかき消えた。踏み出した足には泥が絡んでいる。いつの間にか日は沈み、黒い孔が冷たく以蔵を見下ろしていた。
「■■、■■ぁ!」
 名前を思い出せない幼なじみを呼ぶ以蔵の足下でじゃりじゃりと石が鳴った。川を流れる水音が暗闇に響いている。
 闇雲に動いていた以蔵の体が何かにぶつかる。手で探るとそれは腰の高さほどの木の台のようだった。
 本能が逃げろと叫ぶなか、以蔵の指は操られたかのごとくそろそろと指先でその上を辿っていく。ぐに、となにか柔らかいものに手が触れて。以蔵はソレを見てしまう。
 
 闇に落ちた故郷の河原に『岡田以蔵』の首が晒されていた。





 ぱちり、と目を開けた以蔵の視界に最初に飛び込んできたのは垂れ目の男だった。

「以蔵さん、目が覚めた?」

 嬉しそうに笑ってその男は親しげに横になっていた以蔵の髪を撫でる。黒い髪に黒い瞳。白い軍服に青いシャツ。白い洒落た帽子を被った男は以蔵が目覚めたというのに髪を梳く手を止めようとしない。
 以蔵はその手を払った。

「おんし、誰や?」

 すぐ横に置いてあった刀を掴んで体を起こすとやっと周りの光景が目に入った。
 以蔵が今まで寝ていたベッドを囲むように生成り色の間仕切りカーテンが引かれている。カーテン上部の編み目から差し込む蛍光灯の光がぼんやりと以蔵と見知らぬ男ともうひとりの女を照らしていた。
「以蔵さん。こんな時に冗談はやめて欲しいな」
 見知らぬ男はへたくそな笑みを浮かべる。
「しわい」
 言い捨てて以蔵がベッドから降りようとした時、カーテンがするりと引かれた。

「目が覚めましたの?」
「なんじゃ、キアラか」

 こちらを覗き込むキアラの向こうに見覚えのあるカルデアの医務室の内装を認め、以蔵はいつでも抜けるように掴んでいた刀を腰に差し、手から離した。
 警戒を解いた以蔵の様子に隣に立っていた男が息を呑んだ。
「どうしましたの?」
 その様子に尼僧姿のキアラが不審そうに首を傾げる。
 以蔵は男を指さした。

「こいつ新入りか。わしのことを知っちゅうようやったけど日本のサーヴァントか?」

 その言葉にキアラの表情が強ばる。
「わたくしの名前は言えまして?」
「殺生院キアラ」
「そこの男は?」
「知らんちゃ」

 以蔵の答えに男が自身の顔をよく見せるようにか帽子を取った。

「わしの名前は坂本龍馬ちや。―――以蔵さん、本当に覚えておらんのか?」

 坂本。坂本龍馬。以蔵は生前の記憶を遡る。やっと思い至って、ぽん、と手を打った。

「坂本龍馬か。わしに勝先生の護衛を頼んできた男ぜよ。おんし英霊になっちょったのか」

 以蔵は思い出したというのに、男は氷の柱でも呑んだような顔をした。その後ろで浮いていた女が以蔵を睨み付ける。
「オマエ、冗談だと言うなら今のうちだぞ。さすがのお竜さんもこれ以上は我慢できない」
「なんじゃと」
 まるで以蔵が嘘を言っているかのような口ぶりに以蔵の手が刀の柄に伸びる。ここに来てからはマスターの顔を立てて押さえてきたが、本来以蔵は自分の事を馬鹿にする奴は片端から斬ってきたのだ。
 空中に浮かぶ様子からこの女は人ではないだろうが、その形はヒトのモノ。斬って斬れないことはない。

「やめとおせ!」

 以蔵と女との間に割り込んだ『坂本龍馬』は女を庇うようにその両手を広げた。その腰に刀と銃があるにも関わらず戦おうとしない態度に以蔵は舌打ちする。
 挑発に乗って銃なり刀なりを抜いてくれれば、以蔵の正当防衛をマスターに主張できたものを。
「以蔵」
 キアラの声に以蔵は手を柄に置いたまま振り返る。
「何故、倒れていたか覚えてます?」
 言われて以蔵は顎に手を当てた。首をひねる。

「確か、さっき、マスターにレイシフトに行くきと呼ばれて

 気がついたらここに寝ていた。そう答えた以蔵にキアラの後ろから現れた女が何故か腕まくりする。
「一時的な健忘症でしょうか? 衝撃を与えれば治ると聞いたことがあります」
 以蔵は震え上がった。
 この女の名はフローレンス・ナイチンゲール。カルデア有数のバーサーカーだ。彼女に本気で殴られればアサシンの以蔵はひとたまりもない。
 その以蔵とナイチンゲールの間にぬるりとキアラが入り込む。
「まずは霊基の異常がないか確認することが先でしょう? マスターにも報告しないといけませんわ」
「その報告は僕が行くよ」
 坂本龍馬が片手をあげた。帽子を深く被り直したその姿は落ち着いたものだ。
 キアラとナイチンゲールの様子から男の言っている事がデタラメではなさそうだと思い始めた以蔵に、その姿は知り合いから忘れ去られたにしては平静すぎるように見えた。

「殺生院さんは以蔵さんについていてもらっていいかな。今の以蔵さんは僕より君を信用しているようだから」
「言われなくてもそうしますわ」
 
 どこか険を含ませて答えるキアラに、まるで自分が以蔵の保護者のように男は会釈して黒髪の女を連れて医務室から出て行った。
 そのすぐ直後、どんっ、とまるで壁を殴りつけたかのような音がしたが、以蔵にはその原因は分からなかった。

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