ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 カルデアの外れにその場所はあった。
 壁一面の大きな窓からは猛り狂う雪と真っ黒な闇が見える。地獄のような光景が見たくてここに来た龍馬は、思わぬ先客に足を止めた。
 その背後の吹雪とは対照的に穏やかな表情で出窓に腰掛けた少女は、白い獣を膝に乗せその毛並みをくしけずっていた。

「キリエライトさん。こんな時間にどうしたんだい?」

 時計の針は夜の2時をまわっている。龍馬の声にマシュは顔を上げて微笑んだ。
「こんばんは。坂本さん。―――なんだか眠れなくて」
「明日はクエスト?」
「いいえ。―――でも、先輩は朝から宝物庫に周回に出かけるそうです」
 聞かれてもいないのにマスターの動向を答えた少女に龍馬はどこか懐かしさを覚える。
 ああ、龍馬が土佐勤王党に居た頃の以蔵もこうだった。党のメンバーの話題を理解できず自分の事などだれも興味を持たないと、いつも隅にいた以蔵に何度も龍馬は声をかけて連れ回したものだった。
 それはまるで泣き虫だった龍馬の手を以蔵が引いていた幼い日の逆しまのようで、どこか楽しかったのを覚えている。

「隣、いいかな?」
 出窓は広く2人なら充分に余裕を持って座ることが出来る。真夜中の廊下にふたり分の影が落ちた。
「どうぞ。―――お竜さんはどうされたのですか?」

 マシュの質問に龍馬は困ったように帽子の位置を直す。
「お竜さんは部屋で休んでいるよ」
「すみません。私、帰りますね」
 それだけの情報で彼女は龍馬がひとりになりたかったのだと分かったのだろう。立ち去ろうと腰を浮かせたマシュを龍馬は引き留めた。
「気にしなくていいよ。君の方が先だった」
「でも、―――岡田さんの事ですよね?」
 以蔵が龍馬の記憶を失ったことは誰でも知っている。優しい少女は自身の胸に手を当てた。
「私は誰かに忘れられた事はないですが、少し想像しただけでもここが苦しくなります。忘却はきっとされる方もする方もつらいから」

―――以蔵さんも、つらいのかな?」

 龍馬の事を思い出そうとする様子もない以蔵がつらいとは彼にはとても思えなかった。
 そんな龍馬に座り直したマシュは目を伏せる。
「これは私の想像でしかないのですが。―――あの特異点の聖杯の泥は『悪であれ』と汚染されていたんですよね? そして岡田さんはその泥と接触した後に魔力枯渇状態に陥った」
 マシュは考え込むように膝に乗る獣の頭を撫でる。
「あの状況で魔力が枯渇した場合一番簡単に魔力を得る方法は聖杯に汚染されて反転する事です。そうすれば聖杯そのものとパスが出来て魔力が供給されますから」
 ざわりと胸が波打つ感覚に襲われながら龍馬は無言で少女の推測の続きを待つ。
「反転するには『悪である』自分の側面を受け入れなければならない。でも、岡田さんはすでに中立・悪でしたから、さらに『悪』になるためにはどうしても手放さなければならないものがあった」

「それが、僕との記憶だと?」

 震える声に少女は頷く。
「もし私が悪いことをしなければならなくなっても、先輩との日々を覚えている限り私は先輩を悲しませるような事は出来ません。だから、」
「だから、以蔵さんは」
「そのまま放置しておけば岡田さんは反転していたと思うんです。だけど、その前に坂本さんが魔力を供給されましたから」
「反転は行なわれず。僕との記憶だけが欠落した」
「はい。―――あくまで私の想像ですが」

 少女の言葉に龍馬は目を閉じた。
 失ってしまったものの大きさはこんなにも重く。龍馬を打ちのめす。

 以蔵の事を善人という人は少ないだろう。
 借りた金は踏み倒す、貸したものは質に流す、博打が好きで、我慢が嫌いで―――ほんの小さな理由で容易く人の命を奪う。
 だけど、身内と決めた人間には甘くて、信じた人の言うことを鵜呑みにしてしまう。
 そんな以蔵の心の中に龍馬が住んでいて彼の行動の基準のひとつとなっていたのだと、正確な意味でカルデアの外に出たことがない少女は言う。

「なぜでしょうか、本来聖杯は無色の力のはず。―――『悪であれ』と誰かが望まないと汚染されたりしないのに」

 聖杯を汚染した人物にまで思いを馳せた少女は『比較』のビーストⅣを膝に嘆く。
 人間の欲望を食べて成長する獣は人理焼却のため隔離された天文台で1年過ごしても小動物のままだった。
 それがどれほどの奇跡か、きっと彼女は知らない。

 人理修復の旅は綺麗なモノばかりではなかったはずだ。それでも悪を願う気持ちが分からないと人造の少女は言う。
 空が見えないほどに渦を巻いている雪に室内の僅かな光が反射して彼女を淡く照らしている。
 それは龍馬に生前見た幼子を抱く女性の油絵を思い出させた。

 坂本龍馬は生前一度だけ、世界を呪った事がある。
 故郷からの手紙ひとつで、幼なじみや昔の師や知り合いが刑死したと知った時だ。
 あの時、もし手元に聖杯があったのなら自分はあの泥と同じモノを生み出していただろう。実際に龍馬の元に来たのは抑止力の勧誘だったが。

「僕は君達を守るよ。だから君達は大切な人に恥じないように生きていくといい。―――僕みたいに失ってしまわないように」

 生前、以蔵は龍馬より先に逝ってしまった。
 今の以蔵は龍馬の事を覚えていない。ふたりの思い出すら不確かだと言われ、今の以蔵は龍馬を斬ることを躊躇わない。
 自覚した想いは縋るものを見つけられず悲鳴を上げ続けている。
 叫び出したい衝動を年下の少女の前でぶちまけるわけにもいかず。龍馬は口元を押さえた。

「好きだと伝えることが出来るうちにたくさん言っておけばよかった」 

 彼らがいる暗い廊下の向こうで息を呑む気配がした。

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