ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 ぱちり、と目を開けた以蔵の視界に飛び込んで来たのは垂れ目の男だった。
「以蔵さん、目が覚めた?」
 どこか不安そうに表情を曇らせながら男は以蔵の顔を覗き込む。黒い髪に黒い瞳。白い軍服に青いシャツという異国の装束を身に纏っていても以蔵がその男を見間違えることはない。
「龍馬か、なに情けない顔をしちゅう?」
「以蔵さん」
 くしゃりと表情を崩した龍馬の上から長い髪の女が顔を出す。
「お竜さんもいるぞ」
「スベタか。このなきみそをどかせ。起きられん」
―――お竜さんは今気分がいいからな。雑魚なめくじの言うことを聞いてやろう」
 宙を泳ぐ女が龍馬の腕を後ろから引っ張る。以蔵の上に覆い被さるように体を屈めていた龍馬はバランスを崩したようにベッド脇の椅子に腰を下ろした。
 以蔵は体を起こす。ここは見覚えのあるカルデアの医務室だ。ベッドの周りを囲むカーテンを開けて今度はメディアが顔を出した。
「気分はどう? 何か思い出したかしら?」
「悪うない。どうでもええことを思い出したぜよ」
 ちらり、と以蔵は龍馬を見る。―――生涯一度も、以蔵を馬鹿にしなかった幼なじみを。英雄として名前を残した男を。

 以蔵の生涯は間違いだらけだったが、最後だけはなんとか間違えなかったようだ。
 まあ、度重なる拷問に必死に答えているうちに憎しみだけが霊基に刻まれてしまったのは、自分でもどうかと思うが。

 記憶を取り戻してみれば、龍馬が以蔵の行動にあれこれ言うのは心配性なだけだと分かる。昔から以蔵には見えないものがこの年上の幼なじみには見えるのだ。彼からすれば以蔵は森で迷っていた子供のままなのだろう。
 その龍馬が子供のように眉を下げた。
 
「どうでもいいって、以蔵さん。本当に僕の事を思い出したの?」
「ハァ?」
 自分が以蔵に軽視されることはないといいたげな龍馬に、以蔵は片眉をあげた。その以蔵に龍馬は太陽の位置を語るように言う。


「だって、以蔵さん。僕のこと好きでしょう?」


 以蔵はノータイムでその顔を殴りつけた。


「わしは、おんしの、そういうところがいっとう嫌いじゃ!」

 
 以蔵の攻撃をとっさによけた龍馬がバランスを崩して椅子から転げ落ちる。
 その体を蹴りつけてやろうと以蔵はベッドから飛び降りたが、お竜さんが龍馬を庇うように抱きかかえたのを見て舌打ちした。

「わしはおんしの事なんぞ知らん」
「えっ!」
「あんまりわしになれなれしゅうしなさんなや。―――坂本」

 自分がなにか失言をしたらしいと気づいた龍馬が口を開こうとするのをお竜さんが止めた。
「今のはリョーマが悪いと思うぞ」
「なんで?」

 なんで?
 心底分かってなさそうな甘ったれに以蔵は拳を握り込んだ。
 愛する人に愛されるのが当たり前な龍馬には分からないだろう。
 何もかも失った以蔵が手の中に残されたわずかなものをどれほど必死に握りしめているか。
 その重みを、この男が分かることはないだろう。

 ―――いや。知らんでええ。

 死に際まで坂本龍馬を罵り続けた岡田以蔵の霊基には幼なじみへの憎しみが刻まれてしまった。『自分』はその理由に気づくことが出来たけれども、『座』にいる本体にこの記憶が届くかどうか分からない。
 抑止力と契約した坂本龍馬は『岡田以蔵』に会うのは自分で三回目だと聞く。
 『自分』がここで岡田以蔵が坂本龍馬をこれほどまでに憎んでいる理由を本人に教えたなら、この甘ったれは他の『岡田以蔵』の憎しみに平静でいられるだろうか。

 自分が、土佐で拷問を受けていた頃。龍馬は祝言を挙げていたらしい。
 そんな龍馬に誰も自分達土佐勤王党の窮地を知らせなかったのは当たり前だ。もし、あの時の自分が拷問に負けて『なかったこと』を自白していたら、今のこの男はへらへら笑っていられなかっただろう。

 じゃあ、今の龍馬が以蔵の憎しみの理由を知ったなら。

 流れた思考に以蔵は心の中で首を振った。

 ――――わしはこいたぁに恩に着せたかったわけじゃないき。

 やったら全てを黙っていよう。わしは嘘が苦手だけんど黙っちゅう事なら出来る。

「メディア姉さん。お手数取らせてしもうてすまん」
 面白そうに二人を眺めていたメディアに深々と頭を下げた以蔵に、彼女はおかしそうに笑った。
「いいわよ。迷惑料はまた体で払ってもらうわね」
「おん」
「体って何っ!?」
「坂本、うるさいぜよ」
 両者が合意しているというのに、お竜さんの腕の中から騒ぐ龍馬を追い払うように手を振って以蔵はベッド横に置いてあった刀を腰に差した。
 なんとなく、昔龍馬に貰った刀をすぐに売り払って酒代の足しにしたことを思い出す。
 大人になってからの岡田以蔵は坂本龍馬に迷惑をかけてばかりだった。勝先生の護衛を受けた程度では借りを返せないくらいに。
 思わず以蔵の口の端が上がる。
 その肩を龍馬が掴んだ。

「以蔵さん。僕が以蔵さんのことを好きだって知っているでしょ!」

 当然のように自分の想いが尊重されると思っている男に以蔵はため息をついた。

「おんしが好きなのはわしじゃのうて、幼なじみの岡田以蔵やろう?」

 ぴたり、と龍馬の動きが止まった。
 大人になってからの岡田以蔵は坂本龍馬に好かれるようなことはしていない。何の気なしにそう言った以蔵が龍馬の大仰な反応に振り返ると、そこには目が据わった男がいた。

「以蔵さん。―――僕は以蔵さんが幼なじみやき好きなんやないぜよ。例え、わしの記憶が作られたものでも、わしは以蔵さんを好いちゅうぜよ」

 龍馬の言っていることは時々以蔵には難しい。
「記憶が、つくられる?」
「そういう事もあるんだよ。でも、―――僕は以蔵さんが好きだから」

 幼なじみではなくても岡田以蔵が好きだと龍馬は言う。
 それは、岡田以蔵が岡田以蔵だからだろうか? いいや、そんなはずはない。

「坂本、わしはマスターを裏切ったりせんぞ」

 以蔵の言葉の意味をくみ取って龍馬は微笑んだ。
「僕は以蔵さんを利用しようと思った事はないよ。―――以蔵さんのことが好きだから」

 坂本龍馬に岡田以蔵が必要なくても好きだと、彼は言う。
 利用しない。人を斬らなくてもいいと龍馬は言う。

 ―――それは岡田以蔵が生涯欲しかった言葉だ。

 これで充分じゃ。と以蔵は思う。この言葉を胸に以蔵は消滅するまで秘密を守れるだろう。
 その以蔵の両肩を龍馬が引き寄せる。黒い深い瞳が以蔵を見つめる。

「にゃぁ、以蔵さんもわしの事好きやろう?」

 確信に満ちた声に以蔵は口を閉ざした。
 どれほど好きか口走ってしまいそうで引き締めた唇に、龍馬の唇が重ねられる。返事を求めるように繰り返される口づけは甘くて、まるで地獄のようだった。

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