ちよど
2026-02-19 06:14:14
33967文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

自覚する坂本さんと記憶を無くした以蔵さんの話【帝都騎殺】

タイトル通り以蔵さんが記憶喪失になる話。捏造多めです。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ3。pixivからの再掲





 時は遡って数時間前。坂本龍馬が以蔵の部屋から出て行くとキアラは以蔵の隣にぼすん、と腰を下ろした。

「キアラ」
「わたくしが今更殿方の寝床に潜り込んだところで誰も気にしませんわ」
 言葉通りにキアラはばたりと以蔵のベッドに仰向けに倒れ込む。以蔵は手を伸ばしてその頭を撫でてやった。

「すまんな。―――どいてわしにここまでしてくれるがよ」

 以蔵が記憶を失ったのは坂本龍馬の事だけでありキアラには関係ない。だというのにキアラは龍馬から以蔵を庇うかのように振る舞っていた。
 彼女を子供扱いする手をキアラは捕まえる。以蔵の手は硬く、武器を握ったこともないキアラの手とは違いすぎた。
 そのまま、もみもみと以蔵の手で遊び始めたキアラに以蔵は息をつく。これは言う気がない。
「明日の昼はわしのおごりでええか?」
 せめて礼ぐらいはしたいと提案した以蔵にキアラはくしゃりと表情を崩した。

「そんなものいりませんわ。―――ただ。わたくしの事は忘れないでくださいませ」

 ―――わたくしにはあの男と違って次の機会はないのですから。

 続いたキアラの言葉に以蔵は息が詰まった。
 キアラが以蔵の記憶から消された龍馬へと向けた態度は不安の裏返しでもあったのか。
 ここに居る以蔵が記憶を失ったからといって『座』にある岡田以蔵には影響はない。当然次の機会に呼び出された以蔵は幼なじみの龍馬の事を覚えているだろう。
 一方、カルデアに来てから親しくなったキアラの事は今の『以蔵』が消滅すれば記録に成り下がる。

「ああ、『わし』はキアラの事は忘れんぜよ」

 以蔵のニュアンスを正確に受け取ったキアラは出来ない約束はしない男の手を頬に寄せた。
「そう願いますわ。―――でも、もし私の事を覚えたまま、別の『私』に出会ったなら。その時は必ず、―――逃げてくださいませ」
 キアラの月色の瞳が水分を含んで潤む。
「奇跡のような巡り合わせは二度は起きないものですわ。わたくしは生きとし生けるもの有象無象の区別なく味わい尽くす魔性菩薩。本来ならわたくしのようなモノに関わらない方がいいのです」
 
 震えを押さえたキアラの声に以蔵はもう片方の手で彼女の額を弾いた。
「きゃ!」
「そんな難しい事を言われてもわしには分からん。けんど、おんしが人である限り逃げるのはおんしのほうぜよ」
 以蔵はふてぶてしく笑った。

「わしは人斬り以蔵じゃ。わしに斬れん人などおらん」

 断言した以蔵にキアラはややあってくすり、と表情を綻ばせた。
「わたくしを人と言うのは以蔵ぐらいですわ。―――では、次は殺し合いですわね」
「サーヴァントはもともとそういうもんじゃ」
「そうでしたわ」

 そう言ってビーストのアルターエゴのキアラと人斬りのアサシンの以蔵は笑い合う。
 きっとビーストのキアラに出会っても以蔵は当たり前のように戦いを挑むだろう。対等な存在として。
 それがキアラにとってどれほど得難いことかきっと以蔵には分からない。
 以蔵の手がキアラの頭を子供のように撫でる。

「おんしはまっこと優しい女じゃのお」

 キアラを優しいと言うこの男がキアラを優しくしているのだ。その心地よさにキアラは目を閉じる。
 ふと、以蔵も誰かに優しいと言われた事があるのだろうかと思った。





 そのまま以蔵のベッドでキアラが寝入ってしまったため、以蔵は部屋にいることが出来ずにカルデア内をさまよっていた。
 いつもどこかで開催されている飲み会に混ざろうかとも考えたが、酔って帰った時にまだキアラが寝ていたらと思うとその気になれず。マスターの部屋を訪ねたり、仲間内の賭博に顔を出したりしたが手持ちが尽き、行くところもなく足の向くままに行ったりきたりしていた。
 カルデアは広いだけではなく、以蔵には分からない魔術的な処置がしてあるため間取りを把握することが難しい。施設での攻防を考えるのは他のサーヴァントに任せて、以蔵は暗殺者の視点で廊下を歩く。
 自分ならこの角に隠れられる。全室の入室許可を持っているマスターを殺すなら、一太刀で行わなければ逃げられるし、令呪で助けを呼ばれてしまう。だとするならば出来るだけ近づく必要があるが、いっそ仲間の振りをしていつものように近寄れば
 以蔵はその先を想像して頭を振った。あの少年は以蔵のマスターだ。お人好しのきらいがある蒼い目に最期に映るのが、刀を振りかぶった自分であってはならない。

 だが、まあ裏切り者には気をつけんといけんな。

 そう考えたせいだろうか、微かに聞こえてくる人の声に以蔵は足を止めた。端末の時計を見るまでもなく今は真夜中だ。
 企み事は夜行われる事が多い。以蔵は気配を遮断して声のする方に歩いて行った。

 そこに居るのはふたりの男女だった。逢い引きかと一瞬思い、ふたり共に見覚えがあることに気づき以蔵は瞬きした。
 マスターの盾の少女と、坂本龍馬。
 珍しい組み合わせは親しいというには微妙な距離を開け並んで出窓に座っている。穏やかな様子で二人は何かを話し込んでいるようだ。
 耳をそばだてた以蔵は、内容が自分の事だと分かり顔を顰めた。

 少女が言う。以蔵が坂本龍馬の記憶を失ったのは坂本龍馬が大切だったからだと。
 勝手に決めるな! と以蔵は叫び出したかった。
 以蔵は頭が悪いと散々言われてきたが自分のことは自分で決めてきた。武市先生について行くことも、そこから離れてしまったことも、決めたのは以蔵で誰のせいでもない。

 ―――じゃあ何故勝先生の護衛を受けたか覚えているか?

 見えない誰かが以蔵に問いかける。あれは明らかに以蔵の人生の転機だった。
 以蔵は答える。そりゃ口の上手い奴に騙されたんじゃ。あの坂本龍馬という男は本当に口が上手かった。だからつい、護衛なんて似合わない事を受けてしまったのだ。
 今の以蔵は覚えていないが、坂本龍馬は岡田以蔵の幼なじみらしい。
 以前の以蔵は彼の事を裏切り者と恨んでいたらしいのに、以蔵に自分の事を思い出させようとするおかしな奴だ。
 その坂本龍馬が不意に口元を押さえた。

―――好きだと伝えることが出来るうちにたくさん言っておけばよかった」

 誰に。と考えるまでもない。彼らは以蔵の話をしていた。
 視線を感じて以蔵は身をすくめた。いつの間にか集中が切れていたようだ。
 一瞬此方に視線を投げたような白い軍服の男に耐えきれず以蔵は逃げ出した。理由も分からないまま。

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