葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】

3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)




 労働中毒症の患者を、家に送り届けるというありがたい仕事を拝領した俺は、広海とともに電車に乗り、彼の住まいへと向かった。ちなみに鞄は、「自分で持つ」と何度も乞われたが、無視をした。これが俺の仕事ですからね、と言うと、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 さて、世間一般的な弁護士のイメージとは、高給取りである。ただ、それは事務所を新しく立ち上げて独立したときの話であって、いわゆる居候弁護士である現在の広海は、渡辺所長ほどは稼げていない。

 なぜ収入のことを考えたかといえば、連れてこられた広海の自宅というのが、まるで貧乏学生が暮らすアパートであったからだ。俺の方がよほどいい部屋に暮らしている。

 馬鹿みたいに狭い、ワンルーム。家具は小さなローテーブルがひとつと、クッションがひとつ。すぐにでも横になってもらいたいものだが、残念ながらベッドは見当たらなかった。ロフトがついているので、そこで寝ているのかと聞けば、首を横に振る。梯子の先には、法律関係の専門書籍しか置いていないらしい。

「じゃあ、どこで寝てるのさ」

 俺の質問に、広海は答えない。その様子でピンと来た。

「まさかと思うけど、クッションとそこの毛布だけで、床に寝てるんじゃ……
……

 下を向いたのが答えだった。

「今は夏だからまだしも、いや、全然休めるわけないんだから今すぐやめてもらいたいのは当然なんだけどさ、冬はどうしてんの!?」

 そこそこ大きな身体を小さくして、彼は床に正座した。

……寝袋をレンタルして、それで……

 毎日家の中でキャンプしてんじゃねぇよ。

 思わず天を仰いでしまった。

「で、でも本当につらいときにはビジネスホテルとかに泊まったりしてるし」
「とか?」

 細かい部分だが、引っかかった。「とか」が指し示すものの中に、宿泊施設じゃない場所が含まれているんじゃなかろうな、と。

 案の定、「漫画喫茶とか……?」と、リラックスして眠れるはずのない場所が登場して、呆れかえる。

 喉元まで、「早死にするぞ」と出かかった。安易に死について口にすれば、「それもいいかもしれない」と言いそうな危うさが、この人にはある。

 ガシガシと頭を掻いて、ひとまず横になるように言った。スマホを弄り、通販で布団を買う。忙しさにかまけて、万年床になる可能性は高い。そのあたりは信じるほかはない。

 俺はここの住所とアパート名を聞き出し、自分のポケットマネーで支払いを済ませた。

「冷蔵庫も……なんもないじゃん」

 すんでのところで舌打ちを止めた。小さな冷蔵庫の中は、いくつかの調味料と野菜ジュース、事務所でもよく飲んでいるカロリーゼリー。

 賞味期限の切れた豆腐は、危ないので捨てておいた。手軽に食べられると思って購入し、結局手つかずのままなのであろう。判断力の落ちた状態では日付も確認せず食べて、食あたりを起こす未来が目に見えていた。

「お」

 冷凍庫には、宝が眠っていた。霜のついた冷凍うどん。それから刻みねぎ。自分で刻んだやつだったらゴミ箱行きだったが、スーパーの冷凍食品コーナーに置いてあるもので、しかも封が切られていない。安心して使える。

「うどんでいいね?」
「え、別にいいよ。ゼリーでも栄養クッキーでも……

 この期に及んで、まだそんなもので済ませようというのか。夏でも温かい食事は必須である。

「いいから。シャワーでも浴びてきなよ」

 ひとりで行ける? と尋ねれば、広海は首肯した。子どもじゃないんだから、と笑う顔色は、オフィスにいるときよりも少しよくなっている。
ワンルームのシャワーブースは狭く、キッチンからそう離れていない。水が跳ねる音を聞きながら、電子レンジでうどんを調理する。ラクでいい。

 計量カップは見当たらなかったので、めんつゆは目分量だ。卵があればよかったのだが、ナマモノは基本的に購入しないようにしているようだ。賢明である。

 唯一存在した小鍋でつゆを温めていると、大きな音がして振り返った。もちろん、音の出どころは浴室である。

 慌てて火を止めて、ノックもなしに遠慮なく踏み込む。案の定、倒れていた。

 言わんこっちゃない。

「誰が子どもじゃないって?」

 足を滑らせて転んだ広海の手足をチェックして、骨に異常はなさそうだと安心する。情けなさに呻くことしかできない彼の頭のてっぺんから足の先まで丁寧に拭いてやる途中で、ふと目につく。

……

 背中に、無数の火傷。肩甲骨の周辺を執拗に炙られた痕に、ついタオルを動かす手に力が入った。

「強いよ」

 されるがままの広海からの苦情で、我に返る。

……痛い?」

 俺の問いが指す真の意味に気づいているのかいないのか、彼は笑った。

「ううん、全然」



 いったいいつから着ているのかという、襟がだらしなく伸び切り、ところどころに染みもあるTシャツが、彼の寝間着であった。鎖骨は丸見えだし、上から覗き込めばそのまま乳首まで見えそうだ。そう考えて、自己嫌悪する。

「美味い?」

 何も言わずにずるずると麺を啜っているのを眺めつつ聞いた。市販のめんつゆに冷凍うどんだ。誰が作ったって不味いはずがないのだが、聞かずにはいられなかった。

 エアコンで適度に涼しくなった部屋の中で、あつあつのうどんを食べ、浴室で転んだときの不憫な様子はどこへやら、頬が上気している。満足そうに頷く彼に、「そっか」と、俺はなんとなく恥ずかしくなり、視線を逸らしてそっけない態度を取った。

 洗い物は自分で、と主張した広海を強引に座らせて、キッチンに立つ。鍋とどんぶりと箸だけだから、すぐに終わった。手を拭くものを探したが、あいにく手近なところにはなく、仕方なく俺は、服で拭った。今日もこの暑さは夜まで続くという。すぐに乾くだろう。

 行儀の悪い姿は、広海にはあまり見られたくない。少し時間をかけて振り向いた俺は、彼とばっちり目が合った。

「えっと……

 ずっと、見ていた? 俺が洗い物をする、ただそれだけの姿を。どうして?

 気まずさに逸らされるかと思った目は、しかし、穏やかに細められている。

「似てるなぁ、と思って」

 誰が、誰に。

 聞かずともわかった。俺相手に、山波光次相手に、広海はこんな表情を見せない。腹の奥からマグマがせりあがってくる。

 村での久しぶりの再会のときも、そうだった。俺を通じて、この場にいない人間を見ている。そう感じた。俺のこの感覚は、決して間違っちゃいない。

 ドタドタと大きな足音を立てて、ちょこんと座っている彼のところに接近した。あまりの勢いに気圧されて、仰け反っている。後頭部に手を添えて、髪を引っ張れば、突然の苦痛に彼は小さく声を上げた。

 こんなんじゃなかった。あのとき、首を絞められ、背中を炙られ、恍惚としていた広海の声は、もっと。

……本当に似てるかどうか、試してみる?」

 カラダで。

 首筋を撫でる。喉仏が隆起して、しっかりと男であることを主張している。そこに指の痕が見える。今の自分の手と同じくらいの大きさで、力いっぱいに絞められた痕跡が。幻覚である。

 低い声に、広海はサッと青ざめた。病人らしい土気色になったところで、俺は手を離した。冗談だよ、とは言えなかった。本気だった。もしも広海が健康体だったなら、渡辺所長に「くれぐれも無理をさせないように」と頼まれていなかったら、きっとそのまま――

 立ち上がり、広海とは目を合わせずに背を向けた。

「歩けるようになったら、早めに食糧買っておきなよ。無理そうなら連絡」
「あ……
「明日、布団届くからちゃんと寝て」

 返事を聞かず、俺はアパートの部屋を飛び出した。

 駅に着いてから、ようやくまともに息ができるようになった気がした。

「あ~……

 しゃがみ込み、あまりの情けなさと恥ずかしさに呻いた。

 大嫌いないとこと似ていると言われて腹が立った。なのにあいつと同じことをしようとした自分に、心底嫌気が差したのだった。