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葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】
3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)
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実家から戻ってきた。東京は相変わらずの高温である。高層ビルのせいで風は強いのに、まるで涼しくないのが余計に絶望感を煽った。
「お疲れ~」
「あ、お疲れ様でした」
ファミレスでのバイトは、いつも以上に大変だ。もう二年以上勤めているから慣れたものだが、あちこちで子どもが、やれジュースを零しただの、やれりんごじゃなくてぶどうゼリーがよかっただの、泣いたり喚いたり暴れたり、賑やかなこと、この上ない。
学生バイトは、「あたし、子ども育てる自信なくすわ」と、怪獣ばかりが集まるファミレスの休日を見て、疲れた笑いを浮かべていた。たぶんこの国の少子化は止まらないだろう。
今日も夕方まで労働に励んだ俺は、スマホを取り出す。いつ登録したのかわからない、店舗からの宣伝メッセージに埋もれて、「そろそろ溜まってるんじゃない?」と、グループトーク画面が動いていた。
俺はそれに既読だけつけて一度無視をした。今は女とかセックスとかで頭をいっぱいにしていいときではないのだ。
登録だけして、一度も通話ボタンを押したことのない番号。〇三から始まる固定電話は、彼個人のものではない。
広海からもらった名刺には、「ワタナベ法律事務所」の文字。肩書は「弁護士」。
あの事件が起きるまでは、村始まって以来の秀才、神童だと崇められていた広海は、現在若手弁護士として、東京で働いている。
村人のほとんどが、「先生」と呼ばれる人間には下手に出る。政治家とか医者だとか。
唯一の例外は、学校の「先生」だ。教師に対しては、自分の子どもを通じて上に立てるからだ。悪しき前例を作ったのは、太一とその親である。山波本家のやることには、右に倣う連中ばかりであった。
ようやく電車がやってきて乗り込むも、弱冷房車であった。チェックを怠った自分が悪いのを棚に上げて舌打ちをし、隣の車両に移る。キンキンに冷えた車内は、帰宅ラッシュの時間にはまだ早く、座ることもできたが、あえて立ったままでいた。連結部分近くで揺れるがままになりながら、スマホの画面をカメラロールに切り替える。
俺には写真を撮る趣味がない。SNSも、ほとんど見るだけだ。直近の投稿は、「葬式で帰省。だる」であり、「いいね」をつけるのも憚られる内容だったからか、スパムアカウントの外国人しか、ハートマークを押していなかった。
そんな有様なので、アルバム内の写真量もたかが知れている。すぐに表示されたのは、太一の死体であった。こんなものネットにアップしたら、即座に通報される。
なんでこんな写真を撮ってしまったんだか、自分でも呆れているくらいだ。
告別式での自分は、ちっとも冷静ではなかった。
広海の「一目でいいから、会いたかった」という感傷に引っ張られて、厳かに執り行われるべき葬儀のラストを汚した。伯母に引っぱたかれ鼻血を
出し、後から父親にも説教をされた。
まぁこの辺はどうでもよくて、俺が一番堪えたのは、母が悲しい顔をしていたことであった。俺がちゃんとしていないと、全部母のせいになるのを思い出し、「ごめん」と謝罪をした。他の人間には、何も言わなかった。
死化粧を施されていても、醜さの消えない太一の顔。顔色をよくしたって、高校時代の輝きは戻ってこない。そんな顔を、本当に広海は見たいのか?
写真は平面的である。肌の質感や、抹香の匂いを感じることはできない。わかりやすく血を流しているわけでもなく、太一が死んでいる事実を突きつけるのは、パンチが弱い。
この絵を見て、広海は何を感じるのか。死体だから醜いのではない。この男は生きているときから、あんたの記憶とは違って、ずたぼろだったんだと、理解してくれるだろうか。
そもそも、お節介すぎやしないか。たった一言、思わず漏らした言葉に、深い意味はなかったのかもしれない。泣きそうだったのだって、人間の死を聞いたときの当たり前の反応に過ぎないのでは。
ぐるぐると思い悩んでいたら、自宅の最寄り駅に着く。そこから歩いて十分、ひとり暮らしの学生マンションに到着した。もっと大学の近くにすればいいのに、と実家通いの友人に言われたが、一・二年時のキャンパスで散々溜まり場にされた苦い経験から、絶対電車通学すると心に決めていたのだ。
ファミレスの賄いで、早めの夕飯は済ませている。途中にある激安スーパーで買った缶チューハイ一本を冷蔵庫に避難させ、まずはシャワーを浴びた。
頭から水を被っていると、どうしてもあの日の広海のことを思い出す。もっと言うなら、濡れ透けた肌を。執着している自覚はある。ぺったりと貼りつく白いシャツ。肌寒さで、その下の乳首が勃っていないか、確認しておけばよかった。くだらない後悔が浮かんだ。
「
……
よし」
電話をかける決心をしたのは、酒の力を借りてのことだった。アルコール度数の低い酒一本で酔うほど弱くはない。だが、景気づけの一本という奴で、腹を括った。
登録した番号にかける。何度目かのコール音で、通話に切り替わった。
「あの
……
っ」
勢い込んで話し始めようとして、「現在、営業時間外です」の自動音声が返ってきて、気持ちは完全に挫かれた。そうだ。名刺にも時間が書いてあったではないか。完全に見落としていた。定時はとっくに超えている。
今日はレモンチューハイで電話をする気になったが、明日はそんな気分にならないかもしれない。ああ、俺はまた、太一の死体の写真を消すに消せず、悶々とした日々を過ごすのか。このまま夏休みを終えたらどうしよう。
溜息とともに、通話を切ろうとしたそのときだった。
『
……
はい。お電話ありがとうございます。ワタナベ法律事務所です』
男の肉声に切り替わり、うっかり舌を噛みそうになった。息を呑んだ俺を不審に思い、「もしもし?」と、追撃してくる。
早く話さないと、いたずら電話だと勘違いされたら困る。
「あ、あの、俺、いや僕、山波と申しますがっ」
バイト先では流暢に電話のやり取りをしているのに、しどろもどろになった。
「えっと、
風間
かざま
広海さんは、」
弁護士相手だから、「先生」の方がいいのか? 法学部生であっても、実際に法律事務所に電話をかけるのは初めてだし、不意打ちでの会話だから、何が正しいのかわからない。
混乱の極みにいる俺を救ったのは、電話の向こう側の彼であった。
『光次くん?』
電話を通した声では気づけなかったが、広海本人が応答してくれていたのだった。余計に慌てそうになるが、「どうしたんだ? 落ち着いて話してほしい」と優しく言われ、深呼吸をする。
……
何かまずいことをやらかして、弁護士を探していると勘違いされていると途中で気づいた。
「あの、渡したいものがあって、それで名刺もらったから、連絡を」
『ん? え、ああ
……
ああ! そうだ、僕も返さなきゃならないものがあるよ。あの日は本当に、ありがとう。助かった』
村の人間に見つかって、ぼこぼこにされる(肉体というよりは、精神的に)こともなかったようで、安堵した。
広海は雑談をしている時間も惜しいのか、サクサクと待ち合わせ場所を指定した。時間も、俺は夏休み中の学生のため、バイトの時間を除けば融通が利く。
三日後、水曜日の午後一時に、彼の勤め先の近くにある喫茶店で落ち合う約束をした。
電話を切ってから、俺は脱力し、そして再び広海に会えることを思って、ドキドキした。落ち着くために手を伸ばした缶は、すでに空っぽであった。
曲りなりにも法学部に在籍している以上、自分が近い将来受ける予定になっている司法試験については、よく知っている。現行の制度だと、法科大学院に通って受験資格を得るのが一般的だ。
今年二十八になる広海は、すべての試験を一回でパスするという偉業を成し遂げたとしても、弁護士バッジを得てからまだ二年ほど。若手も若手で、それほど大きな事件に関わってはいないだろう。
俺は広海とは年が離れすぎている。村にいた当時、噂話は親から入ってきていたが、彼の頭の良さを実感するエピソードを具体的には知らない。
俺にとっての彼は、どちらかというと情けなくて、頼りない男であった。虫の居所が悪かった太一に八つ当たりされても、力なく笑ってすべてを受け入れる、お人よしだ。法曹の中でも弁護士、という選択肢は彼には合っている。検事や裁判官の厳しさを、広海は持ち合わせていない。
待ち合わせの喫茶店には、俺が先に到着した。カフェ、というよりも喫茶店というのにふさわしいレトロさで、老若男女がのんびりと過ごしている。
おそらく遅れるからと、先に注文をしているように言われたので、遠慮なくオーダーする。奢りかどうか聞かなかったから、一番安いランチにした。
セットのドリンクを食前に出してもらって、ストローをさして掻き回した。無糖のアイスティーである。何の意味もない。
注文したメニューが届いたときに、広海がちょうど入店した。
最初俺は、その人物が彼であることに、気がつかなかった。
百貨店でオーダーしたのだろう、高そうなサマースーツ。淡いグレーに、あの日はかけていなかった細いフレームの眼鏡も相まって、彼の美貌が冴えわたっている。シャツもお決まりの白ではなく、薄いブルーに濃紺のネクタイが涼しげであった。
撫でつけた髪までトータルで、いかにも仕事のできる社会人である。高校時代、そして再会の日の惨めさはどこにもない。
「お待たせ、光次くん」
向かい側の席に腰を下ろすと、常連らしく、彼はメニューを見ずに俺の頼んだのとは違うランチセットを頼み、ブレンドを食後につけた。おしぼりで手を拭いて、「どうぞ。冷めないうちに食べて」と、促してくる。
広海は俺が食事をしている間、ずっとこちらの顔を見ていた。落ち着かなくて、いつもより早食いになる。
「美味しいでしょう?」
食事が気に入って、よく通っているんだ、と微笑む男に、「味なんて正直わかんないよ」とはさすがに言えなかった。こちらをじっと見つめないでくれていたら、たぶん旨かっただろう。
「それで、これなんだけど」
俺が食べ終わったタイミングで、彼は大きめの紙袋を手渡してきた。
「なんです、コレ」
「服、借りたでしょう? 助かったよ」
礼を言われたが、俺の反応が微妙であることを、広海はすぐに察した。
東京暮らしも三年目。実家に置きっぱなしの服を返却されても困るのである。オシャレなスーツを着ているんだから、貸した服のセンスがガキの頃で止まっていることは、さすがに理解できるだろうに。
服を返してもらいに来たんじゃないのか、と首を傾げる彼の元に、パスタが運ばれてくる。紙ナプキンを器用に使い、ネクタイに零さないように注意深く、彼はスプーンとフォークを使って食べ始めた。
一応、俺も常識人で通っている。食べている最中に死体の写真を見せるのはいけない。
広海が食べながら、「用事ってなんなのかな」と促すのを、やんわりと微笑んで、食べ終わってからにするよ、と首を横に振った。
それを、「早く食え」という意味だと拡大解釈した広海は、口いっぱいにパスタを頬張った。こんなんじゃ、味わうどころではないだろう。慌てて、「ゆっくり食べなよ」と、水を渡すと、目と手振りだけで感謝された。
食後のコーヒーが運ばれてきた。俺の手元にあるアイスティーの色は、薄くなっている。
広海が落ち着いたところで、持ってきた封筒を差し出した。
「これは?」
目配せすると、彼は中身を確認する。
「一目見たいって、言ってたから」
広海の目が、驚愕に見開かれる。死体の写真である。食後には刺激が強すぎたか。いや、食事中や食前に出すよりはマシだろう。固まって以降、何の反応も示さない広海を、ヒヤヒヤと見守る。
瞬きすら忘れたように凝視していたと思ったら、今度は目を細め、ぽろぽろと涙をこぼし始めたので、ぎょっとする。
「広海さ
……
」
ペーパーナプキンを大量に取って渡そうとしたところで、彼が泣きながらも笑っていることに気がついた。
愛しさが溢れてしまうのだというように。
どこにも恨みの感情などなく、ただただ、彼の最後の顔が見られてよかったと、安堵している。
腹の底が冷えていく。同時に、胸にせりあがってくるのは熱だ。吐き出さなければ循環し、全身に毒が回ってしまうような、苛々である。
あの頃と、全然違うのに?
まだあんたは、そんな顔をして太一を見つめるのか?
「
……
そんなに好き?」
低い声が出た。写真に夢中になっていた広海が、パッと顔を上げる。涙に濡れた瞳に、俺が映っている。そのまま固定して、俺以外を見られないようにしてやりたい。
「ひどいことばっかりされていたのに、今でもあいつのこと、好きなの?」
彼は何も答えなかった。頷きすら返さず、俺の顔と写真を交互に見つめるだけだった。
その間にコーヒーは冷めきっていた。ようやく口にした広海は、眉を顰めた。すっぱかったらしい。俺は俺で、紅茶の味がほとんどしない水を、黙ってストローで啜った。
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